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今日という日を、私は絶対に忘れませんの

 

 二人して小さく微笑んだのち、お父様も私もゆっくりと立ち上がりました。


 もう一度だけ墓石を目に焼き付けて、そしてぺこりと一礼させていただきましたの。



「それではお母様。また顔を見せにまいりますわね。

お次がいつになるかは分かりませんけれども……。

それこそ命日とかお彼岸とかになりますでしょうか。

それまでどうか健やかに眠っていてくださいまし」


 私の声に応えてくださったのか、辺りに咲いた紫苑の花々がもう一度ひらひらりと風に揺らぎ煌めきました。


 訪れたときと変わらぬ心地の良い風が私たちの間を吹き抜けていきます。


 私、優しげな香りのするこの丘がもっと好きになってしまいましたの。


 お父様がこの地にお墓を建てた理由も分かるような気がいたします。


 この明るくて温かな雰囲気が、何故だかお母様が抱擁してくださっているような気持ちにしてくださるのです。



 ……お母様。私の、たった一人のお母様。


 私もきっと、貴女のような健気で魅力的で母性溢れるオトナな女性になってみせますの。


 そしていずれは素敵な殿方をゲットして、可愛らしい子供をお見せしたく思っております。


 ねぇ、お母様。


 貴女の娘は貴女のように、いつまでもどこまでも強くあり続けましてよ。決して凹んだり折れたりもいたしませんの。


 だからどうか、お空の上から温かく見守っていてくださいまし。


 どんなに世の中に背を向けるような生き方をしようとも。あくまで泥臭く貪欲に生き抜いてみせますからね。


 貴女の惚れた殿方(お父様)と同じく、私は不器用な生き方しかできないのですから。


 私はお母様とお父様の娘なのでございます。

 それを大いに誇りに思って生きてまいりますの。



「こっほん。というわけでお父様。今日はありがとうございましたの。胸のつっかえがようやく取れた気がいたします。久しぶりに懐かしい気持ちになれましたし、それに……っ」


 私はまだ、見放されていたわけではないようでしたし。それが分かっただけで、今日はもう充分なのでございます。


 まだまたお二人にご報告しなければならないことはたくさんあるかとは存じますけれども。


 それこそ言葉に表したらこっ酷く怒られそうな行為も沢山しているわけではございますけれども。


 別に、全てを今日のうちに報告し終えなければならないわけでもないと思うんですの。


 父親と娘という間柄として。

 同じ、亡き女性を想う者同士として。


 以降はゆっくりじっくり、失ってしまったトキを埋めながら、お話していけたらなぁ、なんて。


 そんなふうに思えてしまった私は楽観的でしょうか。



 ふふっ。このままふわふわではいけませんわね。

 シめるときはキチンとシめてまいりましょう。



 もう一度大きくこっくりと頷いて、そして。


 今度は真剣な表情でお父様の目を見つめさせていただきます。


 ここから先はただの娘としての立場ではなく。

 悪の秘密結社の一員として。


 オトナになった美麗として接させていただきますの。



「お父様。誠に勝手ながら、私は貴方の跡を継ぐつもりも、その資格も、そしてまた政略の道具に成り果てる気もサラサラにございませんの。

むしろお仕事柄、貴方のご立場とは対立する形になってしまうこと……心の底から誇れるような娘ではいられなくなってしまっていること。一切変えるつもりもないこと。

すべて、何卒、ご了承いただければと存じます」



 改めて深々と頭を下げさせていただきます。


 私はもう正義の味方側ではありません。

 その逆、悪に与するただの一人の慰安要員でしかありませんの。


 お父様とお母様にいただいたこの身体も、今後はどこまで綺麗に保っていられるかも分かりませんけれども。


 それでも全て自らの意志で選び抜いた未来ですの。


 後ろめたさは一切として必要ありません。

 そして同じく逃げも隠れもしたくはないのです。


 お父様への誠意は忘れずに。

 ただひたすらに、そしてまっすぐに。


 この真剣さは決して偽装なんかではありません。


 ぜんぶ、蒼井美麗(この私)の100%の思いですの。



 恐る恐る、首を上げさせていただきます。


 片目でちらりとそのお顔のご様子を伺います。



「……分かった。お前に好きにするといい」



 お父様が溜め息をこぼしていらっしゃいました。


 それは明らかに諦めが含まれた……けれどもどこか安堵の微笑みも混ざっていそうな、とても複雑そうな、けれどもとっても優しげな溜め息でしたの。


 その意味を理解するのに数秒を要してしまいました。


 だって、さすがに否定されると思っておりましたし。



「ふぇ……え、あ、よろしいんですのっ!? ホントに私の好きにしちゃったら、それこそ実の娘があんなコトやこんなコトをし始めちゃうかもしれませんでしてよ!? 決して口には出せないアレとかでしてよ!?」


「ただし一つだけ条件がある」


「じょ、条件ですの……? ふぅむ……?」


 なるほどそう来ましたか。確かに私のワガママを黙って容認してくださるとは思っておりませんでしたし。


 こちらが呑むから、そちらも呑め、と。


 いやはや、果たしてどのような無理難題が突きつけられてしまうのか……!


 わ、私トリプルスパイとかそういう器用なコトはできませんでしてよ!? 


 基本的に嘘が顔に出てしまうタイプなのですし。


 まして命をお救いいただいた総統さんや、仲良くしてくださる怪人さん方を裏切りたくもありませんしっ! 


 できればそういう対応に困るヤツはやめて欲しいんですのっ!



「あ、あの。私に何をさせるおつもりですの……?」


 やっぱりお父様的には、放蕩娘というのは世間体的によろしくない感じでして?


 手綱を握っていないとご不安ですの?

 その気持ち、とっても分かってしまいますけれども。


 思わずごくりと喉が鳴ってしまいます。


 そして不安げに見つめさせていただきますの。



 お父様がゆっくりと口を開きなさいます。



「定期的に家に帰ってきて顔を見せろ。ほんの数分でいい。別に何を話さずともよい。

もちろんそのときは、あくまで悪の秘密結社の手先としてではなく、ただの蒼井美麗として、な」


「……え……はぇ……それ、だけですの?」


「ああ。強いていうなら妹の遊び相手にもなってやれ。アイツはまだ精神的に幼いからな。

あれでも多少はお前に心を許し始めたらしい。たまに顔を見せてやれば拗ねたり寂しがったりすることもなかろう」


「は、はぇぇ……ふ、ふぅむぇ……っ!?」



 あ、あのお父様がデレなさいましたの……ッ!?


 ハッと気付きまして、そのお言葉にちらりと後ろを振り返らせていただきます。


 ぷんすか顔の未来ちゃんがまだかまだかと腕を組んで待っていらっしゃるようでございました。


 それをなだめるかのように、お隣のメイドさんが頭をヨシヨシと撫でていらっしゃいます。


 今もこうして、私の家族たちが私のことを待っていてくださるのです。



「……ふふっ。帰れる場所が沢山あるのって、ホントに、ホントに……幸せなコトなんですのね」



 私はきっと、世界一の幸せ者ですの。

 心がとっても軽くなったのを感じました。


 今日という日を、私は絶対に忘れませんの。


 この胸に、そしてこの青空とお花畑に誓わせていただきます。


 

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