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色欲を司る血は少しも衰えていないようで!

 

 花畑の中の子道を通り抜けた先。


 少しだけ開けた場所にピカピカに磨かれた洋式墓石が鎮座しておりました。


 二枚の平たい石がノートPCのような形に重なり合っているのでございます。


 斜め側の表面に、そのお名前が刻まれておりましたの。しゃがみ込んでまじまじと見つめさせていただきます。



 蒼井(アオイ)美優(ミユウ)



 それが、私のお母様のお名前です。


 二十四歳の若さでこの世を去られました。

 亡くなるにはあまりに早すぎるご年齢でしょうね。


 あと数年も経てば娘の私が追い付いてしまいます。

 ……時の流れというモノは酷く恐ろしいですの。



「私はお母様から一字をいただいているんですのよね」


「ああ。〝親の名を継ぐと親より出世できない〟などという迷信もあるが、別に気にする程のものではない。俺より稼いでいる奴がこの世に何人いることか」


「超えたいだなんて一度も思ったことありませんの。それに私、お金儲けにそこまで興味ございませんし」


「だろうな。……いや、むしろそのほうがいい。金でしか勘定の出来ない奴になるよりは、ずっとな」


 ちらり見上げたお父様のお顔は、無表情と呼ぶにはあまりに険しい、とても複雑そうなものになっておりました。


 きっとこれまでのご人生で、沢山の苦い経験をしてこられたのでございましょう。


 それこそお金目当ての人がワラワラと寄ってきたり、無駄に面倒事に巻き込まれたりなど、一代で財を築き上げるまでにも、一言では終わらない苦労を経ていらっしゃるはずです。


 私はまだ物心の付かない子供でしたし、つく頃には既にメイドさんにおんぶに抱っこの状態でしたし。


 心労に沈むお父様をすぐ近くでは見ておりませんでしたゆえ、あくまで想像の余地からは出られませんけれども……。


 それでも。

 お父様が沢山頑張ってきたことは私にだって分かりますの。


 きっとお母様に良い報告をするためなのでしょう?


 表の世界を捨てた私にだって分かりましてよ。

 でないとこんな綺麗なお墓を維持したりなんてできませんもの。


 ヒシヒシと愛を感じますの。何故だかとっても。



「……ねぇ、お父様。聞かせてくださいまし。お母様って、どんなお人だったんですの?」


「……いいだろう」


 ふふ。なんでしょうね。お母様の前でなら素直になれそうな気がするのでございます。お父様も同じことを感じてくださっていると嬉しいですの。



「こう言ってはなんだが。今のお前は昔のアイツにソックリだ。お前らが親子だからか、それとも、そういうモノなのか」


「ほほう? 見た目がですの? それとも中身が?」


「両方だ」


「はぇぇー。意外ですわね。ビックリですの」


 見た目だけのお話であれば、私の半分はお母様の遺伝子から形成されておりますからね。そりゃ似るべきところは似ますの。


 写真でしか見たことはありませんが、端正な顔付きとかナイスバディなスタイルとかキューティクル抜群な髪質とか、その辺は確かにうまく受け継げているとは思います。


 けれども私の類稀なる美貌はお母様からだけの贈り物ではありませんの。


 お父様だって今は初老の草臥れかけたお顔をしていらっしゃいますが、お若い頃はきっとイケてるメンズ側の人材だったはずです。


 そんなフレッシュなお二人から生まれた私が美女にならないほうがおかしいですの。私の美貌は約束されたも同然の代物です。


 美男美女の夫婦とくれば、それはもう絵になる光景だったのでしょうね。


 あぁー生で見たかったですの。

 叶うのならば間に挟まりたかったのです。



 ……それにしても。


 愛する嫁の姿に血を分けた娘を重ねてしまうだなんて。


 下手すれば中性脂肪よりもドロドロな世界が訪れてしまいましてよ?


 そういう目で見られてしまうと困りますの。

 今は真面目なお話中ゆえに茶化しませんけれどもっ。



 いやぁ? むしろ和ませておいたほうがよろしいのでしょうか。ずっと重っ苦しい空気のままというのもしんどいはずですし。


 ならば善は急げですわね。


 マウントからかいは私の十八番も同然です。

 やってやれないコトは一つたりともございません。



「むむっ。お父様も相当な癖をお持ちのようですわねで。私がどんなにキュートで美人な存在に育っていたとしても、手だけは出さないでくださいましぃ?

実の親が国家権力のお世話になるところは見たくないですの。ただでさえ遅すぎた反抗期が更に終わらなくなってしまいましてよ?」


「…………はぁ。そういうところも、ソックリだ」


「あらま。お母様ってだいぶお茶目な方だったんですのね」


 かなり意外なエピソードですの。


 写真で見るお母様はいつもニコニコと優しげな微笑みを振りまいているような印象でしたもの。


 実際のところは体調が優れないときでも気丈に振る舞いなさるような、意地と芯を貫き通した方だったのかもしれません。


 そういうところも似ることができたのなら、娘として何よりも嬉しいものですわね。



「ふふふ。親の惚気話と馴れ初めを聞くことほど恥ずかしいモノはございませんけれども。

この際だから全部聞いて差し上げましょうか。それで告白はどちらから? おプロポーズは? 授かり物計画の発端は?」


「………………全部、美優のほうだ」


「あっらぁぁあ。実はお父様って草食系の分類だったんですのね。正直ビックリいたしましたの。

いやはや、そりゃあ世の中の殿方が皆ケモノだとは思っておりませんでしたけれどもぉぉ?

というよりお母様が超絶な肉食系でしたの? ああ、私の中のお母様像が今まさにガラガラと音を立てて崩れていっておりますのっ……!」


 でもよかったですの。となれば私の情欲過多も全て母親譲りの一言で片付けられてしまうんですものね!


 いやはや、一安心いたしましたの。ホントに私が一族の突然変異でなくて! 色欲を司る血は少しも衰えていないようで!


 ……ふ、ふぅむっ!?。

 もしや未来ちゃんにもそのケがあったりしますの?


 今はあの子はまだお子ちゃまですけれどもっ。

 あと数年経ったら開花するのかもしれませんわね。


 そのときは姉としてキチンと導いて差し上げましょう。


 無論、私と同じ道を歩ませるつもりはありません。

 私の向かう先は端的に言って修羅の道ですもの。


 できればあの子には普通の人生を知っていただきたいものです。


 そのときが来た際はお父様も是非ともお手伝いくださいましっ!


 苦笑い気味のお父様がお続けなさいます。



「美優は、とにかくよく笑うヤツだったよ。人のことをよくからかってきては、勝手に独りでケラケラと笑い転げていたものだった。

けれども、何故だろうな。その顔を見ても一度もイラつきはしなかった。アイツの天性の才能だったのか。それとも、その無邪気さも含めた全てが魅力だったのか……」


「お父様は、お母様のことが本当に好きだったんですのね。さっきから声が弾んでますの。

そして同じく……とってもとっても、寂しそうですの」


「…………まぁ、な」



 お父様も墓石の前にしゃがみ込みなさいます。

 そうして優しげな手つきで表面を撫で始めなさいましたの。



 呼応するかのように、辺りの花々が風に揺れて。

 サワサワと静かな音を奏でております。



 しばらくの間私たちはその場から少しも動きませんでした。


 温かな静寂だけがこの場を制しておりましたの。


 

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