……アイツが好きだった花だ
……えっと、どうしましょう。
私、ポヨからの身体能力補強を受けているはずですのに。
最近ちょっとばかり運動量が少なくなっているだけなんですのに。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……ふぁん……むへぇ……」
前言撤回させていただきたく思います。
登り階段が苦でしかありませんでしたの。
振り返って見てみれば乗ってきたリムジンが小さく見えるくらいには進んでこれたはずですのに、そしてまたおそらくもう少しで頂上に到達できると思いますのに。
もう、体力が限界ですの……っ。
これなら三日三晩夜通しおゲームの最速攻略を勤しんでいたほうが楽ですの……っ!
「ちょ、ちょっと皆さま待ってくださいましぃ……10秒でいいから休ませてくださいましぃ……どうしてそんなにお元気なんですの……?」
「お姉ちゃん、やっぱり最近気が抜けちゃってるんじゃないの? ご飯とかちゃんと食べてる?」
「も、もちろんですの……むしろ毎食おかわりをいただけているくらいには食欲旺盛MAXシーズンでしてよぉ……」
「あー。そっちのほうが原因だったか」
私、こう見えて三度の飯よりご飯が好きですの。
ゆえに食事から摂取できる栄養を、このお胸にもお尻にもキチンと蓄えているのです。
はっ。もしやたくさん運動していた修行前と変わらぬ食事量が続いてしまっているからこそ、栄養吸収のほうが大きく上回ってしまっていて、結果的にエネルギーを消化しきれずに贅肉に表れ始めておりまして……?
真理に辿り着いてしまったかもしれません。
これは本格的にダイエットを始める必要があるかもしれませんの。
あくまで無理に痩せるためではなく、あの健康体型を維持するための花嫁修行の一環として……っ!
そう思えばこの丘登りもより大きな意義があるモノと思えてまいりました。
やり遂げなければ、前には進めませんの。
「ほらお嬢様。あと少しの辛抱ですよ。頂上が見えてまいりましたから」
「ふぅ、むぅぅぅ……っ!」
私より十数歩先を進むメイドさんが活を入れてくださいます。
おっけですの。ようやくゴールが近付いてきましたの。
寒色ドレスに滲む汗も気にせずに、ひたすらに足を上げては下ろしてを繰り返します。ふとももとふくらはぎがパンパンですの。
アジトに帰ったら大浴場で揉み揉みマッサージいたしませんと。
ああ、魔装娼女か神聖法女に変身できたら、こんな斜面やら階段やらもひとっ跳びでクリアできましたのにぃ……。
まったく誰ですの? 今日は戦うつもりはないからとポヨを置いて単身でお出かけを強行したお馬鹿乙女さんはッ!
くっ。紛うことなきこの私ですのぉぉお!
前傾姿勢のまま息を吐き汗を垂らし、やっとの思いで最後の階段を登りきります。
凝り固まった筋肉を伸ばすつもりで、ぐっと背中を伸ばして、顔を正面に向けましたの。
すると、そこにはっ。
「はわぁ。綺麗なお花畑ですこと……」
「こちらは紫苑でしょうか。キク科シオン属の多年草、ですね」
一面が薄い紫色に染まっておりましたの。
微かに良い香りも漂っている気がいたします。
「……アイツが好きだった花だ」
「お母様が?」
遠い目をしたお父様もまた、広がる花畑を眺めていらっしゃいます。
その背中はどこか小さくて、寂しげに見えてしまいましたの。
花畑の真ん中に人一人がちょうど通れるくらいの道が設けられておりました。
その先に……ありましたの。
背の低い洋式墓石がこの小高い丘の一番高いところに鎮座しているのが目に映ったのでございます。
周りを更に彩り豊かな花々で飾られております。
こんなに辺鄙なところに造られているといいますのに、遠目から見ただけでも手入れが行き届いているようでして、一目見ただけで故人への情をヒシヒシと感じ取ることが出来てしまいます。
お父様が花畑の中の道を進み始めなさいます。
足が棒のようになってはおりますが、私もその背中を追わせていただきますの。
「専属の管理士を雇ってはいるが、俺も定期的に様子を見に来るようにしている。アイツに化けて出られたら困るからな」
「むっ。お母様はそんなことしませんのっ」
ホントにそうならば、少しくらいは私の枕元に現れ出てきてくださってもよろしいと思うのです。
そしてお叱りでもお褒めでも何でも構いませんから、そのお声を聞かせてくださればよろしいですのに。
もちろん今のご発言はお父様のご冗談だとは百も承知ですが、何と言いますか、言葉尻に愛情が垣間見えてしまいましたの。
私の頬も自然と緩んでしまいます。
ふと、振り返らせていただきました。
側にいたはずのメイドさんと未来ちゃんは……あら?
階段付近の花畑の入り口の辺りで、立ち止まったままでいらっしゃいます。
首を傾げて、お二人は来ないんですの? の意を送らせていただきました。
すると。メイドさんが首を横に振りましたの。
「どうぞここから先は親子水入らずで。私めは遠くから見守っておりますゆえに」
「さっさと行ってきなよお姉ちゃん。今だけパパを貸してあげる。特別だからね」
ふぅむ。何でしょう。
お二人のこの温かくて優しげな微笑みは。
あくまで付き人の立場を貫いて、私の背中を押すことを徹底してくださっているかのような。
……分かりましたの。
ご配慮、ありがとうございますの。
ぺこりとお二人に礼を向けて、改めてお父様の背中を追います。
今から家族と向き合わせていただきますの。