筋トレは一日にしてならず
窓の外を見てみれば、そこそこ前から登り傾斜になり始めていたらしいのです。
車で登るには限界が来てしまっておりまして……?
もう少しくらい頑張れそうな気もするのですが、何が事情でもあるのでございましょう。
よく見てみれば、草原の陰に隠れて斜面にうっすらと石造りの階段が見えております。
もしかしなくとも、これを登った先にお母様のお墓があるのでございましょうか。
ということは、この小高い丘の頂上が今日の目的地ってことですの……?
マジですの? こ、これを登るんですの?
徒歩で? 絶対疲れてしまいましてよっ!?
「こーんな辺鄙なところにお墓があるだなんて、もしかしてお姉ちゃんのママって虐められてたり? お家の除け者?」
「こらっ。お馬鹿なこと言ったらダメですのっ。きっと深い理由があるに違いありませんのっ」
再三に未来ちゃんが無神経なことを口走りそうになっていらっしゃいましたので牽制球を投げておきました。
まさか私たちのお母様に限ってそんな悲しい扱いを受けていらっしゃるわけないじゃありませんのっ。
そもそもここは我が家の敷地内なんでしてよ?
除け者どころか中心地に等しい場所ですのっ。
……た、多分っ。確証はありませんけれどもっ!
若干焦り始めてしまった心とは裏腹に、私たちの乗せたリムジンは少しずつ少しずつ速度を落としていきましたの。
そのうちに完全に静止してしまいます。
ここがナチュラル空間の駐車場ということですか。
お父様が運転席側から後部座席のドアを開けてくださいます。
隙間からすっと心地の良い風が車内に吹き込んできましたの。私の髪をふわりと撫でて、そしてまた反対側へ通り過ぎていったのです。
「ふぅ。何とも涼しげな季節になりましたわね」
「調子に乗ってお風邪など召されませんよう」
「んもう。お子ちゃま扱いしないでくださいまし。ただでさえお母様が見ていらっしゃるかもしれませんのに」
「それゆえに、念押しさせていただいたまでにございます」
なるほどですの。メイドさんがふふふと澄ました微笑みをお零しなさると、一足お先に車から降りなさいます。
そうして慣れた仕草で私のほうに手を伸ばしてくださいました。
言葉尻には棘を持ちつつも、さすがは私の付き人さんです。
キチンとお仕事はしてくださいますの。
彼女に支えられながら車のお外に出られました。
ようやく狭い空間から解放されましたの。
すぅーっと大きく深呼吸いたします。
なんだか空気がより澄んでいるような気がいたしますわね。きっと街の喧騒やら人工物の気配やらがだいぶ薄くなっているおかげでございましょう。
私も地下深くのジメジメとしたアジトで暮らしている身ですの。こうやって新鮮な空気が吸えるのはありがたいですわね。
ソワソワしていた心も少しだけ晴れやかになってきてしまいます。
見渡してみれば、お昼寝したら気持ちよさそうな草原がどこまでもどこまでも広がっておりますの。
今いる場所が丘の中腹的な場所なだけあって、いつも以上に視界がクリアになっている気がするのです。
お天気もよろしいですし、レジャーシートを広げてピクニックでもしてみたら、より最高な気分になれますでしょうね。
目を凝らして遠くも見てみれば、私たちが入ってきた巨大門が小指ほどのサイズになってしまっております。
話し込んでいるうちに結構な距離を車で走ってきていたようですの。
更にまだまだ徒歩移動が必要ともなりますと……ふぅむ。お父様はホント不便なところにお墓をお造りなさったようですわね。
いずれ理由をキチンと聞き出しておきましょう。
今日は時間もたっぷりあるのですし、何よりお母様のお墓は逃げないのでございます。
「メイドさん。御々足のほうは大丈夫でして?
見た感じ結構な距離がありそうでしてよ」
「ご安心なく、今もリハビリを続けております。寝たきりになる以前よりも丈夫な身体になっているくらいですよ。
お嬢様のほうこそ、ここ最近はグウタラを極めに極めているせいで、足腰が弱ってしまっているのではございませんか?」
「うっ……なかなかに痛いところを突きますわね」
正直ぐうの音も出ませんの。
この前まであんなにシックスパックに割れていたはずの下っ腹も、今ではもう指で摘めるほどのボリュームみが見え隠れし始めているのです。
いやはや、何事も継続は力なりってことですわね。
筋トレは一日にしてならずですの。
むしろ正確には、乙女の完璧裸体は一日にしてならず、でしょうか。
無論、この愛されワガママボディのほうが好きだと仰る怪人さんもいてくださいますゆえに、別に大丈夫といえば大丈夫なんですけれども。
肉付きのよい健康的な身体もまた、乙女らしさの花形と言えるのではないでしょうか。
こっほん。細いだけが世の正義じゃないですの。
抱きしめたときの程よいふっくら感が安心感につながるのでございますっ!
ああ〜っ。どんな体型でも需要が出てしまう私は、この世で誰よりも罪な女にちがいありませんの〜っ。
引っ張りタコ状態でホトホトに困ってしまいますの〜っ。
……ふぅむ。我ながら惨めですわね。
言葉に出しておかなくて正解でした。
ふと冷静になって横を見てみれば、何やら膨れっ面の未来ちゃんが手持ち無沙汰そうに足元の草原を足蹴にしております。
少ししゃがんでお顔を覗き込んで差し上げます。
「……つーまーんーなーいーっ」
「ふぅむ?」
「張り合いのないお姉ちゃんはつまんないのー。ホーント最高最強の魔法少女と互角にやり合ったあの日のイケイケお姉ちゃんは、どこに消えちゃったのさぁ。このでーぶ。でーぶっ。
……あ、もしかしてまたひと暴れしたら戻ってきてくれたり? 手始めに二、三発消滅の光でもブッ放してみよっか?」
「そんなことしたら本気で怒りましてよ。口聞いてあげませんの。もちろんのこと模擬戦もお断りいたしますので悪しからず」
「ちぇーっ」
ご安心くださいまし。大方のイベントが片付きましたら、そしてまた私が暇を持て余すようになったら、シェイプアップがてらに模擬バトルにお付き合いして差し上げますの。
それまではのんびりとお待ちくださいまし。
私と貴女の関係性も始まったばかりなのですから。
この小高い丘のごとく、ゆーっくりと着実に登ってまいりましょう?
ほら、ヘソを曲げていないで進みますわよ。
お父様も痺れを切らしたのか、既に一人で登り始めていらっしゃいますの。まったく少しは待つそぶりを見せてくださってもよろしいですのに。
ここは一つ。
頭の中をキリッとモードに切り替えましょう。
お母様が見ているかもしれないんですもの。
意を決して斜面の階段に足を掛けます。
一歩ずつ踏み込んでは、少しずつ登っていきますの。