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私って親不孝者なのでしょうか

 

 私は今、とっても自由ですの。


 しかしながらこの自由は仮初のモノです。

 決して自ら勝ち得たモノではございません。


 軒並み誰かから与えていただいたモノですの。


 だからこそ、忘れてはいけませんの。

 勝手に驕り高ぶってしまうのはダメなのです。


 私がどんなに恵まれた生まれであったとしても、また本当に偉い身分になってしまったとしても、心の中では常に平身低頭の意識を持ち続けていなければならないのです。


 何も考えずに愚直に甘んじられるほど、私は無自覚ではないのです。


 今の私は……己に課せられた地位も名誉も全て放棄して、ただ内から湧き出ずる欲求に付き従って行動するだけの――ある意味では野生の獣と変わらぬ日々を過ごしているも同然なのですから。


 そしてまた、余計にタチが悪いことに。


 そのままでも別によいかとも思ってしまっているのも事実なんですの。


 このぬるま湯な日々から抜け出すつもりもなく、やれ暇だ怠惰だと嘆きつつも、本日は心の底からふかふかなベッドの上で寝転がり続けたいと思っているだけの……酷くワガママな放蕩娘ですの。


 全て嘘偽りのない自分自身です。

 この状態が何よりも誰よりも好きなのです。


 そしてまた、お父様にもお母様にも。

 この今の私を正直に打ち明けたいのです。


 さすがに懺悔とは微妙にちがいますわよね。

 どちらかといえば告別か、あるいは宣言か。


 強いて言えば、遅れてきた反抗期をさっさと終わらせておきたいんですの。


 ただ無責任かつ闇雲にブー垂れ続けるのではなく、これからはより一層の自覚と覚悟を抱いて、あくまで一人の大人として、自らの人生に責任を持って生きたいのです。


 そしてまた、お二人に胸を張って自慢して差し上げたいのでございます。


 あなたの娘はちゃんと自らの意志を持って生きておりましてよ、と。


 誰かに流されているわけでもなく、甘言に唆されているわけでもなく、善も悪も全て呑み込んだ上で全て受け入れているんでしてよ、と。


 まだまだご心配をお掛けしてしまうとは思いますけれども。もうきっと大丈夫ですの。何とかいたしますの。



 勝手ながらにお伝えして差し上げたいのです。

 それにまとめて言ったほうが伝わると思いますの。


 この身独りでお墓参りに行くことは、実際はそう難しいお話ではございません。


 今は場所を知らなくても、時間を掛けて情報を集めればいずれは突き止められたとは思うのです。


 その後に勝手にお墓参りをしてしまえばよろしいのですから。


 でも、それじゃダメなんですの。


 みんなで顔をお見せ合わなければ意味がありません。

 お母様が寂しいと思いますの。


 ただでさえ手の掛かるおてんば娘と、不器用で頑固者な夫を遺したまま、独り世を去らなければならなかったのです。


 私だったらとっても寂しいですの。

 そしてとにかく悔しいですの。

 未練タラタラで化けて出ちゃいますの。


 故人の心境を勝手に想像したところで何の意味もないことは分かっております。


 コレがただの己の自己満足だったとしても。


 ……うう。


 前言撤回させていただきましょうか。

 やっぱりコレは懺悔なのかもしれませんわね。


 勝手に実家を捨てた私の、しかも戻るつもりもないのに、形だけは和解したように取り繕いたいだけの、この浅はかな感情を少しでも慰めたいがための……。



「実際のところ、私って親不孝者なのでしょうか」


「はて。どうしてそのように思われるのですか?」


「だってだって。今だってこうして身勝手を貫かせていただいておりますの。世に叛くどのろな、表を歩けないような行いも是として楽しんでいるくらいなのです。

……絶対、胸を張って誇れる娘ではないと思いますの」


 下手をすれば家の恥として即座に勘当されてしまうレベルかもしれません。限りなく黒に近いピンクです。


 私だって自分の行いが正当性のあるモノではないと理解しているつもりです。


 だから、今から報告するのは、ワガママをワガママで上塗りするだけの、ただの恥晒しなのかもしれませんけれども……っ。


 それでも私だって一人の娘として現状報告したくなるときはあるのでございます……っ。



 コレはきっと、私の甘えなんですの。


 散々私はもう成人しただの色っぽくなっただのと主張し続けておりましたけれども。


 いつまで経っても子供のままであり続けたいのです。



 改めて真摯な目でメイドさんを見つめさせていただきました。


 普段とほとんど変わらぬご表情で、彼女は小さくため息をお吐きになられます。



「……残念ながら。私めは奥様ではありませんのでお答えは分かり兼ねます。また勝手に代弁するわけにもまいりません」


「……確かに、仰るとおりですわよね」


「――しかしながら」



 そしてすぐに、今日一番に柔らかな微笑みを見せてくださったのでございます。



「個人的な意見を述べさせていただけるのであれば、お嬢様が健やかに生きていてくださるだけでも、きっと十二分に嬉しいと思いますよ。自己を押し殺して窮屈に生きていると聞かされるよりは、何十倍も何百倍もね。

ですからお嬢様の今がどのような状況であれ、今日は奥様に元気な顔をお見せして差し上げてくださいませ。

お墓参りとは元来からそういうモノでございますゆえに」


「……え、ええ。そう、ですわね。今更不安がったって何も変わらないですの。お母様が帰ってくるわけでも、褒めたり叱ったりしてくださるわけでもありませんの。

であればいつも通りに図々しく開き直るしかないですのっ!」


「はい。その意気です」



 せっかくお父様と共に墓前に立てるのです。今まで一度たりとも叶わなかった機会ですの。


 今の私の本当の思いを、お二人に打ち明けられる絶好のタイミングを得られたのです。


 くよくよしていたって何も始まりません。


 私の目の前にまっすぐに伸びる道を、あくまで敷かれたレールを辿るのではなく、自らの足で一歩ずつ踏み締めていきたいがために。


 私は、前を向き続けるしかないですの。



 ごくりと決意の息を飲み込んだ、ちょうどそのときでございました。



「そろそろ車を停める。ここから先は歩きだ」



 お父様の低い声が、車内に響き渡ったのでございます。

 

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