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今日という日からは逃げてはいけません

 

 恐れ多くもこのしなやかな細指で。

 呼び鈴ボタンをツンツンさせていただきました。


 カチリという無機質な音だけがこの耳に届きます。

 それ以外には特に何の反応もございませんでしたの。


 もっとこう、何と言いますか、ぽんぴんぽーんと。


 せめて気の抜けるような電子音でも鳴り響いてくだされば、辺りを包み込む静寂を打破してくださるきっかけにもなり得ましたのに。



 ああもうっ。この際お父様でも雇われの受付員さんでも誰でも構いませんの。


 さっさとこの門を開けてくださいましっ。


 蒼井家の娘が帰ってきたんでしてよ!?

 はるばる地下深くからまいったのです。


 モーセの海を割るが如く、さっさとこの大きな門をパックリ開け広げてくださいまし。



 むんと口を尖らせながらしばらく待っておりましたけれども。


 別にウンともスンとも言いませんの。



「……ふぅむぅ、おっかしいですわねぇ。この前はこれだけでもスンナリと開けてくださったはずなんですけれども」


「本当に今日なのでございますか? もしくは実は私どもは招かざる客で、交わした約束なども全て反故にされて、無かったことになっているなどでは」


「いえ、さすがにそんなはずはありませんの。キチンと承諾のお便りもいただけておりますし」


 腕を組んで口を横一線に結びかけたそのときでございました。


 ようやく反応が見受けられましたの。

 それは門からではありませんでしたの。


 正確にはそのすぐ真横(・・)から音と気配の両方を感じ取ることができたのです。


 まるで忍者屋敷の回転扉みたいな感じでしたの。


 まっさらな白壁の一部分がちょうど人一人分だけぬるりと奥側に抜けて(・・・)、細い通路が生まれ始めたのでございます。



 その後すぐに、ぴょこりん、と。

 蒼く輝く艶髪が隙間から見えましたの。



「やーっと来たー。待ちくたびれてたよぅ」


 瞳をキラッキラに輝かせた未来ちゃんが、器用に目から上だけを出してこちらを覗き込んでいたのです。


 彼女と目が合いました。

 とりあえず会釈を返しておきます。



「やっほーお姉ちゃんいらっしゃ――ん? この場合、お帰りーのほうが正しかったり?」


「いやどっちでも構いませんでしてよ。私はもう家を出た身なのですし。といいますか、こんなところに出入り口なんてありまして?」


「前々からあったよ? いちいちあんなデッカい門を開け閉めすんの、コストの無駄でしかないじゃん? だから普段はこっち使ってるの」


「はぇー、なるほど」


 手招きされましたので素直に従っておきます。


 よっこらと壁の隙間へと身を忍ばせますと、中には薄暗い通路ができておりましたの。


 一見ではただの漆喰の壁かと思っておりましたが、内部は意外にも機械やらモーター機関やらで埋め尽くされていたんですのねぇ。


 なんだか文明の利を感じましたの。

 これもお父様の研究の一環なのでしょうか。


 

「それでお父様は?」


「一足先に車の中で待ってるよ」


「りょ、了解ですの」


 ほ、ほーら杞憂でしたの。


 ちゃんとリムッズィィンが用意されていたようですの。運転できるメイドさんを連れてきて大正解でしたの。


 でなければ、もしかしたらお父様と私だけのダンマリドライブが始まっていたかもしれません。


 未来ちゃんがいてくださってホッとしたのもまた事実なのです。もし完全な二人きりだったらと思うと今から息が詰まってしまっていたと思います。



 年頃をほんの少しだけ過ぎた娘が実の父親と十数年ぶりに顔を合わせて、いったい何をお話ししたらよろしくて?


 まして相手はヒーロー連合の重鎮さんでしてよ? 悪の秘密結社の下っぱ的な立場に身を置いている私にとって、お父様は殊更に肩身が狭く感じてしまう要員とも言える人物ですの。


 二重三重の意味で……その、会話に困ってしまうのが目に見えております。


 それでも、今日という日からは逃げてはいけませんの。


 メイドさんがいてくださるだけでも本当に心強いのです。アジトに帰ったらしっかりと詫びを入れておきましょう。



 未来ちゃんの背中を追いまして、ようやく壁の向こう側に入ることができました。


 先日目に映したばかりの一面の野っ原が、今日も相変 変わらず広がっております。


 抜け出した壁のすぐ近く、日の光の影になっているところに一台の黒いリムジンが止まっておりましたの。


 察するにアレ、ですわよね。

 お父様が乗っているお車というのは。


 そして今から乗り込むんですのよね。

 十中八九お父様に面と面を向かい合わせるような形で。


 だってリムジンなんですもの。

 ただでさえ進行方向のほうには座席が向いておりませんの。


 こんな様子では快適空間が逆に窮屈そうですの。


 

 落ち着かぬ心のまま一歩ずつ車への距離を詰めていきますと、ひとりでに後部座席のドアが開いていきました。


 おそらくは今現在運転席に乗っていらっしゃる方が気を利かせて開けてくださったのだと思いますけれども……いや、ふぅむ?


 今は誰が運転席に乗ってるんですの?

 もしかして、既に付き人を用意していらっしゃいまして?


 それではメイドさんを連れてきた意味は?


 ともなれば、彼女には私の真隣に座っていただこうかと思うんですけれども。


 そのほうがわたしも数万倍心強いですし。


 コミュ障かつ出不精な私とはちがって、人生経験豊富ならメイドさんなら雇用主との共通話題をたくさん有していらっしゃいますでしょう。


 いい感じに場を繋いでくださいまし。


 

 と思っていたまたまた矢先のことでございましたの。


 私より先に何かに気が付きなさったのか、メイドさんが運転席のほうに駆けていったのでございます。



「――あっと、いけません旦那様。ここは私めが運転をば。でなければ日々の務めも果たせませんので」


「え、あ、ふぅむ?」


 何やら少しだけ焦ったようなお声をしていらっしゃいます。


 そのお声に呼応するかのように、リムジンの運転手の窓がゆっくりと開いていきましたの。


 先に車輌先頭に乗っていた人物、それは――



「いや、今回ばかりは俺が運転する。そもそもお前は場所をよく知らんのだろう? いちいち後ろから方向の指示を飛ばすのも面倒だ。

分かったらさっさと乗れ。時間が勿体無い」


「はぇっ……お父様ですの……!?」


 なんと、運転席にはお父様が座っていらしたのです。しかも言動から察するにそこから動くつもりも無さそうですの。


 えっと、つまりそれって……!?


 

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