金か、自由か、それとも
こんなはしたないネグリジェ姿で大変恐縮ではございますが、今の私は至って普通なお真面目モードに切り替えられておりますの。
あくまで由緒正しき令嬢として礼節に尽くして、歩くだけで花びらでも舞わせているのかと見紛わせるほどに完璧に立ち振る舞って差し上げます。
ただのお辞儀一つを取っても気品の塊ですの。
元来から、私はやれば出来る子なのです。
息が詰まるからやりたくないだけですの。
たとえ地に堕ち、心底汚れてしまったこの身であっても、良家の生まれであることは決して忘れていないサマをお父様に存分に見せつけて差し上げます。
黒泥という名の鎧を脱ぎ去って、また光の羽という名の盾をも捨て去った、正真正銘身一つ心一つなだけの蒼井美麗ですの。
魔法少女をも超越した美女さんが降臨してますのっ。
お父様のすぐ目の前に立って、ぷんすか顔で腕を組んで、おまけにフンスと鼻を鳴らして差し上げます。
茜が心配そうな顔で見てきておりますけれども。
別に心配しなくても大丈夫でしてよ。
今は自分自身に自信しかありませんから。
ガッと首を上げて、一気に言い放ちます。
「さてさて? お父様も一部始終をご覧になられましたわよね? 今回は私が圧勝いたしましたの。
確かにあの子は最高最強の魔法少女さんではございましたが、でもそれだけだったという簡単なお話です。真なるチカラを身に付けた姉には遠く及ばなかったってコトですのっ。
ふっふんっ。ご気分のほどはいかほどでして? おととい来やがれっでーすのっ」
そのままんべーっと舌を出して牽制いたします。
いつもいつも貴方の思い通りになるほど、世の中は甘くはないのでございます。
親の予想を超えて差し上げるのも娘の仕事ってモノでしてよ。
真っ直ぐな物差しだけでは曲線は測れないのです。
生まれ持った才能や適性だけで強さが決まってしまうほど、魔法少女は一辺倒ではないのです。
数多の苦難患難辛苦を乗り越えた先にこそ、本当の輝きが待っていてくださったのですから。
それを知るのは私だけですの。
そしてまた、金輪際私だけで充分ですの。
誰が好き好んで他人の不幸を望むモノですか。
皆さま平等に笑っていてくださいまし。
まかり間違って死ぬより辛い経験を未来ちゃんに強要しようものなら、今度こそタダでは済ませませんからの。
次はおそらくマジの手が出ちゃいますの。
たとえお父様であっても容赦はいたしません。
更にもしもコレに懲りずに第二第三の未来ちゃん的な存在を量産し始めなさったら……今度こそ本気で親子の縁を切らせていただきましてよ。
娘のクローンを作ってしまえるくらいに変態的で天才的なお父様であっても、生への冒涜を繰り返すのはダメだと思いますの。
何のためにお母様がお腹を痛めて産んでくださったというのです。決死の行いを無下になさるおつもりですか。
「……お父様。これ以上あの子に過度な期待を押し付け続けるのはお止めくださいまし。あの子、だいぶ追い込まれていらっしゃいましたの。
あの子に流れる血は私の血と同じですの。そしてまた私の血は……貴方と、そしてお母様の血で出来ているのです。あの子も同じ、ただのか弱い人間でしかないのです」
私だけをとは絶対に言いません。
私も未来ちゃんも、お母様の愛の結晶として大事に扱ってくださいまし。
ただでさえ病弱だった命を削り捨ててまで、私をこの世に連れてきてくださったのです。
もうこれ以上、天国のお母様を泣かせないでくださいまし。
貴方も私も未来ちゃんも、このままじゃ絶対に幸せになんてなれませんのっ……!
必死の思いで続けさせていただきます。
「つい先日。もしこの私が負けたら、そのときは何でも言うことを聞いて差し上げますのと啖呵を切らせていただいたかと思います。相違はございませんでして?」
「……ああ」
「残念ながら、結果はその逆となってしまいましたわね。
この私が賭けに勝ったのですから、対するお父様だって何でも望みを聞いてくださらなければワリに合いませんの。
まさか蒼井家の人間に二言はないはずです。ましてそのご当主様であるのなら尚のこと。違いまして?」
「……よかろう。言ってみろ。金か、自由か、それともお前の居候先の安全保障か」
まったくもう。
どこまでも無愛想な方ですの。
よくお母様が惚れこみなさいましたわね。
娘ながら趣味を疑ってしまいますの。
きっと、お母様は私以上に猪突猛進な方だったのでございましょう。
残念ながらお顔は写真でしか拝見したことはございません。その手に抱きしめられた記憶だってございません。
私が生まれてすぐに亡くなってしまったのですから。
それでも。
「ふっふふーんだ。別にお父様に保障していただかなくったって、全部自分で何とかいたしましてよ。
誰かから与えられた仮初の安全なんかで満足できるほど、私は平和ボケしておりませんの。欲しいモノは全部自力で手に入れる主義ですの」
「……ほう? お前も言うようになったな」
ごくりと息を飲み込みます。
そして。
「お願い事はただ一つ。あの子を、未来ちゃんを娘としてキチンと愛して差し上げてくださいまし。彼女は私の代用品なんかじゃないですの。傑作を目指すための道具でもありませんの。
一人のヒトとして、キチンと真っ向から接してあげてくださいまし」
「っ! …………ふん」
それは意外も意外、でしたの。
珍しく呆気に取られたような顔をなさっていらっしゃったのです。
きっと私が幼子のようにわがままを振り撒き散らかして、無理難題を押し付けてくるとでも思っていらしたのでございましょう。
金輪際弊社と私の両方にちょっかいを出してこないでとか、莫大な賠償金を寄越せとこ、そういう面白みのカケラもないような要求を繰り出してくると思われたのでしょう?
ふっふっふんのちっちっちっ。
角砂糖よりも甘いお考えをお持ちのようですわね。
確かに私も最初はそんなことを思っておりました。
最高最強の未来ちゃんを脅威に感じて、コレは何とかせねばと躍起になっていたものです。
けれども、ですの。
脅威だったはずのご本人に説得が叶っちゃいましたの。
私たちだって消滅の光さえ控えてくださるのなら、あとの行為は目を瞑って差し上げますの。
せいぜい大ケガをするくらいで、生命の危機にまでは至らないはずなのですし。
あくまで魔法少女と悪の秘密結社の対立として、お互いに切磋琢磨し合える関係になりましょうね。
受けて立って差し上げますの。
むしろ弊社スタッフのド根性士気が爆上がりして、これまで以上に悪事に身が入るようにもなるはずです。
それにほら、人目を憚ってコッショリ活動するからこほ、悪事は背徳的かつ甘美な味がするのでございます。
別に私たちは悪徳政治家のようなズブズブでドロドロな汚さは求めておりませんのっ!
各々がっ!
由緒正しき悪の秘密結社の一員としてっ!
常に胸に誇りを抱いて活動していたいんですのっ!
「……あ、そうですの。不埒で不躾なお願い事がもう一つだけありましたの。コチラは別に聞き流していただいても構いません。
悪の秘密結社の手先としてではなく、ただの、蒼井美麗イチ個人の願いとして、お伝えさせていただきますわね。……えっと……こっほん」
区切りの咳払いの途中ではございましたけれども。
すぅ……っと大きく息を吸って。
ふぅ……っとゆっくり息を吐かせていただきました。
胸のうちにずっと溜め込んできた淡い願望を、今日初めてこの口から吐き出させていただきます。
蒼井家の娘としての、心からの憂いを。
お父様の娘としての、真なる願いを。
お母様の娘としての、切なる想いを。
それは私の人生唯一の心残りであると共に。
いつかはやっておきたい楽しみでもありましたの。
「あの、お父様。もしも叶うのならば私と一緒に――
お母様のお墓参りに行ってほしいのでございます」
私、今とっても。
天国のお母様に報告をしておきたい気分なんですの。