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貴方の娘を、ちゃんと見てくださいまし

 

 彼女に優しく語りかけて差し上げます。

 余計なお世話であっても聞いてくださいまし。


 きっといつか分かってくださると信じておりますから。



「未来ちゃん、よろしくて? 強すぎるチカラはいつか必ずその身を滅ぼしますの。そうなる前に、どうかご自分の意志でチカラも心もコントロールできるオトナになってくださいまし。この、偉大なる姉のようにねっ」


 茶目っ気100%なウィンクを見せ付けて差し上げます。

 おまけに舌先をちろっと出して〝てへりんポーズ〟もキメ込んでおきますの。


 少しくらい緩さを残しておいたほうがかえって大人な雰囲気を出せる気がいたしますの。コレはあくまで私の自論です。正しいかどうかは知ったこっちゃありません。


 彼女の疑問顔を目に映しながらも、胸の宝石ブローチを握り締めて、口の中で小さく呟きます。



「……それでは。もうこの姿は要りませんわね。変身解除。お願いいたしますの」


『ポ、ポヨ? マジポヨか?』


 唐突な私の依頼にビックリなさったようですが、それとは逆に、衣装のほうは即座に呼応してくれましたの。


 周りに浮かんでいた金色の羽が一つ一つ細かな光の粒に姿を変えて、この身体を優しく包み込み始めます。


 同じく腰周りのふわっふわなドレス生地もまた、少しずつ光の塵と化していきましたの。


 人の目に晒されながらお着替えするのは、さすがに乙女の威厳に関わりますゆえに。


 光のカーテンの中でお着替えさせてくださいまし。


 ちなみに夜の帳が下りたらこの限りではございません。存分に自慢の艶肌を披露して差し上げましてよっ。



『美麗。もう満足なのポヨか? せっかく新たなチカラを手にすることが出来たのポヨ。少しくらいはお試ししてみてもバチは当たらんと思うポヨが……』


「いえ、もう充分ですの。それにほら、完璧に着こなすにはまだ色々と足りておりませんゆえに。続きは花嫁修行を終えてからにいたしましょう?」


『りょ、了解ポヨ。まったく変なこだわりポヨねぇ』


 私もそう思いますのっ。我ながら頑固者ですのっ。


 でも、一度しか着れないからこそ、ウェディングドレスにも価値が出てくるのでございます。


 この可憐すぎる衣装を普段使いするつもりはありません。


 もちろん必要に迫られたらまた変身して差し上げてもよろしいのですけれどもっ。


 それはもう今すぐのお話ではありませんの。


 今回の神聖法女ミレイユブルーの役目は終わったのです。守るべきモノは守り抜けたのでございます。


 あとは蒼井美麗としてこの子に接すだけなのです。



「あ、ちなみに申し上げておきますと、別に平和ボケしろとまでは言っておりませんからね。消滅の光は多用しないでくださいましって言いたかっただけですの。アレは本当に危ないチカラですゆえに」


「………………分かった。一応、考えとく」


「素直でイイ子ですのっ。もちろんピンチのときにはおっけーですからねっ。それが魔法少女の特権ってヤツですのっ。必殺技は最後にとっておくのが華でしてよっ」



 そうこう話しているうちに変身解除が無事に終わりましたの。金色の光粒がゆっくりと空に昇っていきます。


 また私がピンチのときに集まってくださいまし。

 それまではしばしのお別れですの。


 私にはまだ穢れなき金色の光は眩しすぎるのです。

 何だかんだ言っても黒泥が丁度イイんでしてよ。


 あの生温かくてヌメヌメした感触が癖になるのでございます。



「さてさて。というわけで私はもうただの一人の乙女に戻り果てましたの。この際ですから存分に目に焼き付けておいてくださいまし。

コレが未来ちゃんの未来ですの。

貴女の数年後のボディってコトなんですのッ!

出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んだ、まさに究極の扇情的肉体美……っ!」


 ノリ気のついでにうっふんと投げキッスを向けて差し上げます。


 そういえば、今朝方私が魔装娼女に変身する前に身に付けていた格好は、いつものお気に入りのネグリジェ姿でしたわね。


 こんな薄っぺらい布一枚しかない格好では、普通ならとてもではありませんが人前に出られる状況ではございませんでしょう。


 しかしなから、私は普通ではありませんの。


 言わば自己顕示欲の塊みたいな存在です。

 愛されボディの伝道師みたいなモノですの。


 もはや偽装のギの字も必要ない、また着隠すべき衣も必要ないくらいに、自己承認度100%の蒼井美麗がこの地に降臨してしまっているのでございます。


 むしろ目に焼き付けてくださいまし。瞼を閉じればそこに居るくらいのレベルにしてくださいまし。大歓迎ですの。


 ね? 魔法のチカラなんかに頼らなくても人は大いに輝けますでしょう?


 同じく素晴らしい身体と心を、貴女も持ち合わせていらっしゃるんでしてよ。


 私のたった一人の妹さんなのですから。



 この独特な空気に耐えきれなくなったのでしょうか。


 ほんのり恥ずかしそうなお顔の妹さんが、ぼそりと小さく呟きなさいましたの。



「ねぇ、オリジナ――」


「おおっとぉ? ふっふんっ。私は未来ちゃんのことを複製ではなく一人の妹として認めて差し上げたといいますのに。対する貴女はまだそんな余所余所しい呼称をお続けなさるおつもりでっ?」


「う、うぅっ……」


 ふふっ。なんだか微笑ましい限りですの。


 つい先ほどまでお互いを本気で潰そう(・・)と攻撃し合っておりましたのに。


 敵意さえ無くせばこんなにも簡単に世界は丸くなりますのね。



 目の前の未来ちゃんが、ほんの少しだけ頬を赤らめなさっていらっしゃいます。


 その様子を見ていると、どうしても微笑みを溢れてきてしまいまして。


 この子の頭を撫でて差し上げたくなってしまうのです。



 モジモジと照れなさっておりましたが、しばらく待っておりますと、恐る恐るながら私と目を合わせてくださいましたの。


 こちらもにっこりと笑みを返して差し上げます。

 その様子を見てか、彼女も頷いてくださいましたの。



「……え、えっと……お、お姉、ちゃん」


「むっふふふぅ。ああ〜、イイですわねぇコレぇ。

いざ耳にしてしまいますと否応無しに頬が緩んでしまいますのぉ。録音して目覚まし時計のボイスの二番目に登録したいくらいですのぉ。

多分即座に跳ね起きられてしまいましてよぉ……っ」


 正直テンションぶち上がりなのでございます!


 魔法少女とか魔装娼女とか神聖法女とかもう一切合切関係なく!


 蒼井美麗として純粋に嬉しいのでございます!


 居ても立っても居られませんのッ!


 飛びついてぎゅーっと抱きしめて差し上げます!


 びっくりなさっているようですが関係ありませんの! 私が満足するまで絶対に離して差し上げませんのッ!!!



 ……あら。無言で抱き返してくれるところ、小動物みがあって本気で可愛らしいですわね。


 このままアジトに持って帰りたいくらいですの。

 抱き枕にしちゃいますの。冗談ですけれども。



 まぁおふざけはこの辺にしておきましょうか。


 この子には地上に残っていただきたく思いますの。


 私の運命を押し付けたくないなどと申し上げておきながら、結局は、この子に切なる願いを託すしかできないのです。


 蒼井美麗としての、唯一の心残りを。



「……それで。ねぇ、未来ちゃん」


「……?」


 抱きしめたまま、語りかけて差し上げます。


 今からお伝えするのは、私の懺悔ですの。



「……無責任で大変申し訳ありませんけれども。私はもう表の世界には戻れませんの。己の欲求の向く先を、そしてお砂糖よりも甘い蜜の味を、この身を以て知りすぎてしまいましたゆえに」


「……?」


 私はもう自らの穢れを受け入れてしまいましたの。

 そしてまた己の浅ましさを認めてしまいましたの。


 ゆえに海よりも深い欲求に貪欲になるしか、自己を保っていられないのでございます。


 私はとっても弱い存在ですゆえに。


 貴女はずっと無垢なままで居てくださいまし。

 心の芯を強く太く育てて、己の弱さに負けないでくださいまし。


 貴女はそれが出来る子ですの。

 私が保証して差し上げますの。

 未来ちゃんは誰よりも強い子なのですから。


 地下深くから見守っておりましてよ。



 ですから、お強い貴女にお一つだけ。

 心の底からお願いしたいことがあるのです。



 私の。……いえ、正確には、私たちの。


 たった一人の、お父様のことを。



「……どうか、お父様をよろしくお願いいたしますの。表舞台から居なくなる私の代わりに、あの人を側で支えて差し上げてくださいまし。

ああ見えてお父様はとっても寂しがり屋さんなのです。おまけに素直じゃなくて強がりで……ずっとずっと、独りぼっちな傷心を包み隠して生きてきなさったはずなのです……っ!」


「…………分かった。いや、ホントはよく分かってないままだけど……頑張ってみる」


「ありがとうございますの。そう言っていただけるだけでも安心できますの。とっても頼もしい限りですの。さすがに自慢の妹さんですのーっ」


 ご安心なさいまし。私も貴女に重責を投げっぱなしにするつもりはありません。


 これまでずっと逃げ続けてきた人生でしたが、今くらいは真っ向から立ち向かわねばなりませんわね。


 畏怖の存在であったお父様と。

 庇護下に置かれ続けるだけだった蒼井家と。


 私も娘としてのケジメを付けてきたいのです。



「あの。ちょっとだけポヨを預かっておいてくださいまして? すぐ戻ってきますから」


「…………ん」


 彼女の頷きを見届けたのち、宝石ブローチから元のモチモチ青色水饅頭に戻っていたポヨを鷲掴みにして、目の前の手のひらに託します。



「ポ、ポヨぉ!? いきなりどうしたポヨか!? 念話でも掴めないとは余程のことポヨか!?」


「大丈夫ですの。無理も無茶もいたしませんの。あえて心の中を空っぽにしようと努めているだけですから。

では、行ってまいりますわね。未来ちゃんと仲良くお行儀よく待っていてくださいまし」


「あ、ちょちょっと美麗ポヨッ!?」



 ここから先は私独りきりでカタを付けねばいけません。


 ゆっくりと、お父様のほうに歩み始めます。

 お父様もまた、私を見つめていらっしゃいました。


 身を隠すための余計な衣も鎧も必要ありませんの。


 そうですの。どうか、お父様。


 今は私の姿だけを見てくださいまし。

 貴方の娘を、ちゃんと見てくださいまし。


 

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