パクパクですわ
転校から早くも二週間ほどが経ちました。
ようやくこの新生活にも慣れ、毎朝専属のメイドさんに叩き起こされつつも無事健やかに登校と下校とを繰り返す日々を送っております。
あの商店街の出来事もあって、日中は小暮さんと過ごしていることが多くなりました。隣の席ということも彼女とより深く仲良くなれた要因の一つなのかもしれません。
小暮さんは親切で気さくで頼り甲斐があって、そうかと言えばおっちょこちょいな面もあったりで可愛らしい面もあって、とても人間味の溢れる素敵な方でしたの。
友達も沢山いらっしゃるようですし、何より一緒に居ると笑顔が絶えないですし、私まで晴れやかな気持ちになってしまうくらいです。
本当に、本当に、魅力あふれる女の子なのです。
ただ、少々気掛かりに思うこともございますの。
初日に商店街を案内されたときのように、いきなり慌て出してはすっと居なくなるようなことが、一度や二度では収まらないのです。
別に放課後や昼休みなら問題ないのですが、稀に授業中にもお手洗いや腹痛を理由に退室されることがあったりします。
小暮さんの性格的にズル休みは考えられませんし、かと言って本当に体調不良に悩まされていそうかと問われると……ちょっと首を傾げてしまいますの。
私は小暮さんではないので本当のところは分かりませんが、何か隠しているような素振りは感じます。あくまでこれは私の疑問と言いますか、ちょっとした気掛かり程度の些細なものですが。
ええ、そうなんです。
何か特別な理由を感じてしまっておりますの。
私の第六感がビビビと反応しているんですの。
別に退室する彼女の跡をつけてみようとか、そういう無粋で下劣なことをするつもりはありません。私にも私の事情があるように、彼女には彼女の事情がきっとあるのでしょうから。
さてさて。一旦話は変わりまして時は放課後ですの。
私は今、一人商店街の中を歩いております。
ようやく先日に我が家のメイドさんからも一人外出の許可をいただけました。街中や人通りの多くてかつ行ったことのある場所ならと、範囲こそ限定されてしまいましたがこれで晴れて引きこもり生活卒業なのでございます。
このところは出掛けるのが楽しくなってきました。
今日も本当であればいつものように小暮さんとお散歩して過ごせたら嬉しかったのですが……用事があるからと断られてしまいました。
少ししゅんとしてしまいましたが仕方ありませんの。
ついさっき人には人の事情がと納得したばかりではありませんか。今こそ一人の巣立ちを満喫するのです!
「おばさま、コロッケをお一つくださいな」
「はいよ。貴女もすっかり常連さんね。いつもありがとう」
「はいっ、おかげさまで」
はにかみ笑いを零しつつ、お代金と商品を交換いたします。
あれからほぼ毎日のようにここに通っております。来れない日はメイドさんに頼んで夕食に出していただいてるくらいです。
だってこのお店の揚げ物、ホントに美味しいんですもの。
揚げたてのサクサク感がたまりませんわ。ソースなんて要りませんの。素材本来の甘み旨みだけで十分ですわ。何個でもパクパクですわ。勝ちですわ。
心の中でグッとガッツポーズを構えながら、体は常にお淑やかに、落ち着いた足取りでいつものベンチに歩み寄り、そして優雅に腰掛けます。
ガサゴソと紙袋を開け、ホカホカのソレをぱくりと噛み締めます。ほわぁ〜、幸せのひとときですの。
放課後の買い食いとは以前の生活では考えられない庶民的な娯楽ですわね。しかし自由になったからこそ出来る素敵な振る舞いだとも思えます。
サクリ、もぐもぐ、サクリ、もぐもぐと手元のコロッケが瞬く間に無くなってしまいます。
胃とお財布にはまだまだ余裕がありますのでもっと買ってもよいのですが、程々にしませんと家に帰った際に怒られてしまいますわね。今日もお一つ程度に留めておきましょう。
包み紙を折り畳みながら、辺りを伺います。
私、ここから見る夕焼けが好きですの。商店街のアーチの上に沈みゆく太陽が乗っかって、道に美しい色合いを奏でてくださいます。
聞いたところによれば、学校の裏手にあるちょっとした丘を登ればもっとよい景色で眺められるんだとか。今度また天気の良い日に行ってみましょうか。
景色も堪能しましたのでベンチから立ち上がります。手に持つ紙ごみは揚げ物屋に備え付けてあるゴミ箱にサヨナラいたしました。
寄り道もこれくらいにして我が家に帰りましょうか。
辺りが真っ暗になるまでにはもう少し時間がありますが、あんまり遅くに戻ってもメイドさんを心配させてしまいますからね。あの人がヘソを曲げると後始末が大変なんです。変なところで子供っぽいんですから。
主婦の方々が店先の商品を物色しているのを眺めながら帰路を辿ります。この商店街にはまだまだ立ち寄ったことのないお店も多々ございますから、今度の週末にゆったりとウィンドウショッピングに勤しんでもよいかもしれませんね。
たしか駄菓子屋さんもあるって仰ってましたっけ。この棚の端から端まで一つずつください、とかやってみても面白そうです。
タイムセールに盛り上がる八百屋さんを目にしながら、人通りの多くなってきた通りを進んでいきます。中々の混雑具合になってまいりました。気を付けていなければ道行く人の肩にぶつかってしまいそうです。
そんな、夕方のごタイミングでございました。
『怪人の反応だプニッ!』
『裏手の方ポヨ! 回り込むポヨ!』
ふと人混みの中からどこかで聞いたことのあるような声が聞こえてきました。
「今、何か……?」
あれは確か、小暮さんに初めて揚げ物屋さんをご紹介いただいたときだったでしょうか。この特徴ある語尾を以前にも耳にした気がします。
前回は何と言っていたかまでは聞き取れませんでしたが、今回ははっきりと拾うことができました。怪人の反応と言ってましたよね。子供たちのごっこ遊びならいいのでしょうが、妙に緊迫感のこもった感じを受け取りました。
裏手と言いますと……この商店街の外れの小道のことでしょうか。
帰り道からは少し脇道に逸れてしまいますが、幸い完全な日没までにはまだ時間があります。
もちろん人通りの少ないところには近付くなという我が家のお達しは承知しております。
あくまでこれは寄り道程度で何もなければ普通に帰るだけですの。少し様子を見てみるだけですの。ちょっとした野次馬気分なだけなのです。
自分の心にそう言い訳をしながら、ある種の怖いもの見たさといいますか、言い換えてみればこれは冒険心溢れる子供のようなワクワクな気分で、商店街の脇へと伸びる裏道に足を踏み入れていきます。
こちらは表通りに比べると街灯や人通りの数がめっきり少なくなりますの。建物の裏手に面しておりますので日当たりもそこまで良くありません。全体的に薄暗くジメっとしております。
かといって決して浮浪者の方や野犬が屯しているわけではございません。きっと朝方に商品搬入用の軽トラックなどが出入りするために用意された道なのでしょう。
「……別に何もありませんの」
やっぱりお子様方のお戯れだったのかしら。この道からも自宅には戻れますが、やはり明るくて人通りも多い元のルートで帰りましょう。
そう思い、踵を返そうとした、そのときでした。
「……はぇっ……?」