表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

379/399

お名前

 

 はっきりと申し上げましょう。


 この子と戦い続ける理由は、既に私には残っておりませんの。


 別に心からの涙に絆されてしまったとか、そんな甘っちょろい理由ではございません。


 いや、もちろんのこと悪の秘密結社の慰安要員としてはキチンと彼女を撃退して差し上げなければいけないんですけれども。


 でもその前にまずは一人の乙女として、この子と真っ正面から接することができればと思ってしまったのです。


 その結果戦わなくて済むようになるのなら、それが一番の解決案だと思いますの。


 正直に思いをぶつけて差し上げます。



「……私は心を殺して辛い思いをしてまで、どちらかが倒れるまで徹底的にやり合うだなんて……やっぱりお馬鹿さんのやることだと思ってますの。

そんなのは蒼井家の令嬢の振る舞いではありません。賞賛には値しませんの」


 私は守るためにチカラを使いたいのです。

 戦いを避けることもまた守る行為に等しいのです。


 武力でしか解決できないコトなんて根本から糞食らえですの。自称清廉な乙女だってたまには汚い言葉を使いましてよ。


 慈愛と荘厳と粛然と象徴たるこの私が、無理矢理に力でねじ伏せて従わせるだなんてそんな非道なこと……!


 選ばなくて済むなら絶対に選びませんの。

 そして今の私にはそれができますのッ!


 聖天法女ミレイユブルーに不可能はありませんからッ!


 こう見えて私、何だかんだでこの手を血に染めたコトはございません。


 そしてまたこれから先も汚すつもりはありません。


 この手が穢れなきままであるコトは。

 私の一番の弱みであると共に。

 私の最大の強みでもあるのでございます。


 心は晴天よりも広く、常闇よりも深く。

 蒼井美麗は自由自在に羽ばたかせていただきます。



「私は誰よりも貪欲で傲慢な完璧乙女ですの。欲しいモノはどんな手を使ってでも手に入れてやりますの。腕っ節も権力も財力も、この世の中の平和でさえも全てっ!

複製元の私がこんな調子なのですから、貴女だってもっと自己チューになってもよいと思いますけれども? 実際のところどうなんですの?」


「……は? いきなり、何を言って……」


「だーかーらっ! 私も貴女も戦う乙女である前に、一人のただの人間だってことですのっ!

お父様の夢とかどーでもいいのですッ!

与えられた使命とか知ったこっちゃないのです!」


 他者の意見よりもまずは自分の意志ですの。


 貴女も貴女としてこの世に生を受けた以上、もっと自由に貴女の人生を歩んでくださいましっ!


身動きが取れないなら私が全力で協力して差し上げてもよろしくってよ。



「貴女の存在を私が認めて差し上げますの。っていうか実際のところ、貴女が最高最強の魔法少女であることはまず間違いないと思うんですけれども。誰も否定しておりませんし」


「…………は? え? はぁぁぁ?」


 ふっふん。やっと動揺のほうが勝りましたわね。

 涙を枯らしてくれたみたいですの。


 事態を呑みこめていらっしゃらないご様子で、そのつぶらなお目々をパチクリとなさっております。


 両手で両肩を掴んでグイと私の正面を向かせます。



「そんなにご不安なら、今度は声を大にして言って差し上げましょうか?

誰が何と言おうと貴女は紛うことなき最高最強の魔法少女ですの。嘘も偽りも世辞の一欠片も含んでおりませんのっ!

実際に拳をぶつけ合ったから分かりましてよ。あんなド強い光、私には出せませんもの」


 そこにいる現役の茜だって無理ですの。


 更には見習いのプリズムピンクさんやグリーンさんとチカラを合わせたって、遠く足元にも及べませんの。


 それほどまでに貴女の光は強大かつ絶対的なモノなのです。スペキュラーブルーはただ光を反射するだけの鏡なんかではありません。


 自ら発光して世界を照らせるだけの素敵なモノを持ち合わせていらっしゃるのですから、もっと胸を張って堂々と生きてくださいまし。


 問題があるとしたら使い方のほうでしょうね。


 頻度と程度さえ守ってくだされば別に何も言う必要はないのです。


 私、封印しろとまでは言っておりませんからね。


 抑止力として使われるのであればそれはもう仕方ありませんの。


 弊社も悪いコトをしている自覚はありますし、ちょっと度が過ぎたときに、戒めとして私たちにお灸を据えるためにお使いなさるくらいなら、何も言えませんの。


 ね? ねぇねぇどうでして?


 これで分かっていただけましたでしょう?

 もっと自信を持ってくださいましっ。


 この私がっ、この豊満な胸を張って保証して差し上げるのです。更にはキラッキラな瞳で訴えかけて差し上げますのっ。


 おまけのおまけに、ぽふんっと自らの胸を拳で叩いて念押しいたします。


 更には満面のドヤ顔を見せ付けて差し上げますから、それで少しは信じてくださいまし。



「ほーら何してますの? さっさとお顔をお上げなさいまし。そんなに暗くて陰鬱としたご表情を続けていては、私そっくりな可愛らしいお顔が台無しに見えてしまいましてよ?」


「……で、でも……。現についさっき、私渾身の光もオリジナルに防がれちゃったわけだし……っ。そんなので、最高最強の魔法少女を名乗れるわけ、ないし……ッ」


「ちっちっちっ。それについては思考の抜け道といいますか、至極単純な言い訳が用意出来ちゃっていたりしますの」


「言い、訳……?」


 ふっふんっ。聞いて驚きなさいまし。


 ただの妄言と蹴飛ばされるかもしれませんが、トッテオキの逃げ道を用意しているのでございます。


 彼女の小さな背中をさすって差し上げます。


 最初はビクリと反応なさいましたが、害を成されるわけではないとご理解なさったのか、渋々ながらに受け入れてくださいました。



 あくまで優しく、言い聞かせるようにお伝えいたします。



「そもそも今の私は魔法少女ではありませんの。変身名だって神聖法女(・・・・)ミレイユブルーなんですもの。

もちろんのこと今後も魔法少女を名乗るつもりはありませんし、むしろこれから先の人生、魔法少女に戻るつもりもございませんし。貴女が最強であることには変わりはないのです」


「……そんな、屁理屈じみたこと……っ」


「屁理屈も理屈のウチですの」


 あくまで私は私として、これからも自由奔放を貫き通させていただくだけですしっ。


 この神聖法女の姿も、言ってしまえばただの花嫁修行のための衣装みたいなモノですもの。


 この考え方ならお父様から課せられた使命も正しく全う出来たままなのではございませんでして?



「……それに。他者からの期待に応えるばかりで、魔法少女であり続けることでしか自己の存在理由を認めることができないだなんて。

そんなに悲しいことはないと思うのです。貴女の人生は始まったばかりなのですから」


 過去の象徴でしかない魔法少女プリズムブルーと己を比較し続けるのって、地味ぃに大変でしんどいのではありませんでして?


 このままでは貴女はずっと私の複製として、永遠に抜け出せないではありませんか。


 自他共にオリジナルと比較し比較され続けて、自身の人生を少しも歩めないではございませんか。


 アナタが私の複製さんなのだとしたら。


 蒼井美麗は二人も要りませんわよね。

 美麗はこの私一人だけで充分ですもの。


 だから貴女は――ただ貴女として好きに生きてくださいまし。


 他人の私なんかに縛られないでくださいまし。


 一人の別人としてのお願いですの。



「そういえばアナタ、本当のお名前はなんと仰いますの?」


「……? 私は魔法少女スペキュラーブルー。魔法少女の頂点になるべく創り出された存在。それ以外に意味なんて、ない」


「あらまぁ。だったら私が名前を付けて差し上げますの。とびっきり愛らしいお名前を。単なる複製ではなく、もっと別人の、それこそ私の妹としてのお名前をっ!」


「へっ……いや……はぁ……?」


 だって単に呼びにくいですもの。 


 ほら、街中でふとすれ違ってしまったときとか、あらスペキュラーさんごきげんよう、だなんてちょっと恥ずかしいではございませんか。


 何事も自然でそれなりが一番ですの。


 同じ蒼井家に生を受けた乙女として、私がとびっきりのお名前を付けて差し上げましょう。


 

 ……いえ、本音としてはちがいますわね。



 魔法少女としての狭苦しい世界だけではなくて。

 もっと人生を楽しんでほしいんですの。


 この広くて明るくて優しさに満ち溢れた世界で、貴女には一人の人として生を満喫していただきたいだけですの。

  


「うーん、と……えっとぉ……ふぅむぅ……」



 ふふっ。何がよろしいでしょうかっ。


 この子に相応しい、素敵なお名前っ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ