たった一人の
そういえば、この子の思いはどこを向いていらっしゃるのでしょうか。
だって魔法少女のチカラは思いのチカラなんですもの。
適合率100%を叩き出すには単に適性だけでは足りないはずなのでございます。
複製さん自身の願いが込められていなければ成立いたしません。
だって、私は願ったから今の私になれたんですの。
元来から持ち得ていたモノではございませんの。
「かつてその子は大切なお友達を守りたいがために魔法少女のチカラを欲して、そして……運良く手にすることができましたの。
対するアナタは元から魔法少女になるべくして造られた存在なのでございましょう? 元からお持ちだったということですの?」
「…………気付いた、ときには……」
ふぅむ、なるほどなるほど。
魔法少女を名乗る以上、原理は変わらないはずですの。
何の願いも抱いていなければチカラを扱うことはできないはずなのです。
「であるならば、アナタの願望は何なんでしたの? アナタは魔法少女に何を望みましたの?」
そのお身体は適性を有していた私をベースに造られていらっしゃるでしょうから、もちろん難なく魔法少女に変身できるだけの素質をお持ちだったとは思います。
ですがその一方で人格は……つまり心自体は全くの別モノになっているはずなのです。
もし私と同じ思考回路をお持ちでいらっしゃるのであれば、それこそ私以上のワガママさんにお育ちになって〝使命も天命も知ったこっちゃないですの〟ムーブをおかましなさったと思います。
……実際、私だったら絶対にそうしてますの。
ホントにそっくりそのままだったら、こんなに素直すぎる子にはならないはずだ、と。
そう確信できてしまったのです。
ゆえに彼女の目を見て話して差し上げますの。
これは悪の秘密結社の刺客と最高最強の魔法少女の間柄ではなく、ほら、アレですの。
ただ私が先に生まれて、この子が後に生まれたってだけの間柄の……だからオトナな対応をいたしますの。
かつて私がメイドさんから施していただいたように、あくまで対等に、そしてまっすぐに接して差し上げます。
「ご安心なさいまし。キチンと茶化さずに聞いてあげますから」
その証拠に手元にあった花束杖を消しておきますの。
これで即座の反撃はできませんでしょう?
不意打ちされたって恨みっこ無しですの。
できる限りの微笑みを見せて差し上げます。
その甲斐、あってでしょうか。
初めて彼女から〝敵意〟というモノを感じなくなりました。
その代わりに、目を今まで以上にに涙で潤ませて、今にも消え入りそうな声でお呟きなさったのでございます。
「…………願い、なんて、ない」
「ない? ソレはさすがにまっさかーでしてよ。全くなければ魔法少女のチカラだって扱えないではございま――」
「――強いていうなら……パパの願いが私の願い。パパの思いに応えることが私のやるべき唯一のこと。
最高最強の魔法少女を作り出すことがパパの望みだっていうんなら、私は絶対に最高最強にならなきゃいけないの……!
オリジナルよりずっと強くならなきゃ……私に、存在する理由なんてないのに……っ!」
両手のひらで目元をガッと抑えて、それこそ人の目も気にせずにワンワンと泣きじゃくり始めなさいました。
私のお隣で止めどなくポロポロと涙をこぼし続けていらっしゃいます。
泣けども泣けども全然止まる様子がございません。
そこには最高最強の存在なんかとは程遠い、ただの一人の少女の姿があったのでございます……!
「他者の願いが自身の願いだなんて……そんなこと……」
魔法少女スペキュラーブルーにとって。
彼女自身の願いなどは存在せず。
己の創造主たるお父様の願いに応えるがために、それを自身の願望として見繕って、何の疑問にも思わずに、ただ闇雲に使命に付き従いなさっていただなんて……。
そ、そんなの、正直に申しまして……。
悲しい以外にないではございませんの。
同情をして差し上げられるほど、私にも心の余裕はございません。
代わりに沸き出てくる感情は、際限のない申し訳なさだけなのでございます。
……だって。皮肉なモノですの。
本来であればお父様の願いに応えなければならなかったのは、きっと私のほうであったと思うのです。
蒼井家の一人娘としてこの世に生を受けた以上、それこそ物心付いたときにはもうお父様のご期待を感じ始めておりましたし……常に他者より優れた人材になるために……一刻も早くヒトの上に立つ存在になっていなければいけなかったですのに……。
言ってしまえば、その結果が今の私ですの。
私が幼い頃から愚鈍で要領が悪くて使えない子供のままだったから、終いには仕事場である実家からも追い出されて、メイドさんと共に別家で暮らすことを余儀なくされて……っ!
今だからこそ分かってしまいますの。
もう、ただのお子さまではいられませんもの。
もしかしたら、運良く魔法少女になれたおかげで、少しはお父様の関心を戻すことができていたのかもしれませんが……それも、結局は私の身勝手で手放してしまいました。
もし私があのまま自らに課せられた使命にへこたれずに、自我を殺してでも身を粉にして働き続けていれば……私も、お父様に必要とされるような人間になっていたのでしょうか。
それが出来ていれば、きっと複製さんだってこの世に生み出される必要なんてなくて。
まして、誰かの願望に対して何の疑問も持たずに従い続けるような、そんなマリオネット的な存在を生み出さなくても済んだのでは、ありませんでしょうか、と。
もちろん今思い描いた未来が正しいモノだとはこれっぽっちも思えません。
しかしながら。
彼女がこの世に生まれてしまった理由に、私が一ミリでも関わっている事実がある以上……ッ!
この子もまた、私が守って差し上げるべき対象なのだと思えてしまうのはエゴなのでしょうか。
「……こっほん。自分のために生きるのは別に罪なコトではありませんでしてよ。今からでも別に遅くはないと思いますの」
私が撒いた種であるならば、私がきちんと収穫して差し上げますの。それが蒼井家の娘としての責任の取り方というモノです。
この子もまた……蒼井の元に生まれた一人のヒトであるならば……私はそれより先に生まれた者として……!
えっと、私がこの子の複製元ってことは……つまり私は血の繋がった親ってことになりますの……?
――いえ、そうではありませんの。
それでは面白くありませんの。
この子の、たった一人の実姉として。
私にはしっかりと導いて差し上げる義務があると思いますのっ。