もう一度、あのときの奇跡を
黒い宝石と化したポヨがゆっくりと明滅なさいます。
『どうか落ち着いて聞いてほしいのポヨ。信じたくないだろうポヨが、今の閃光のせいで魔装娼女の機能に甚大なダメージを受けてしまったらしいのポヨ。黒泥が消滅したのもおそらくはそれが原因だポヨね』
「……別にそれくらいなら、私にだって何となくは分かりましてよ」
アレはきっと形を変えた消滅の光だったと思うのです。
本来であれば否応なしに全てを無に帰されてしまっていたところを、黒泥を全て消費することで、すんでのところで直接的な被害を避けられたのかもしれません。
けれども残機はもう残されていないんですの。
残るはホントに私の生身一つだけってことですの。
もはやピンチなんていう言葉では片付けられないくらいに絶体絶命の危機なのです。
今すぐにでも打開策を思いつかなければいけませんのに、ヒシヒシと襲いくる絶望感のあまりに、この頭の中は少しも回転してくださいませんし……。
身体のほうも同じくただぼんやりと、そしてへなへなと地面にお尻をつけていることしかできませんし……っ。
『……美麗。あんまり言いたくはないポヨが……今は辛うじて変身を維持できているだけの状況だポヨ。
もし次にまた同じ光を浴びてしまえば、今度は耐え切れるかどうか、正直厳しいところだポヨ』
「…………まさに風前の灯ってコトでしょうかね」
さすがに今回ばかりは腹を括るしかないかもしれません。
だって、私トッテオキの黒泥塊の複数展開を完全完璧に封じられてしまったのです。それどころも少しも効いてもいなかったに等しいくらいですの。
ホントにお手上げ状態もいいとこなのです。
更には自信のあった自動防御でさえも、直線的な光ビームではなく、超広域的な拡散攻撃を受けてしまえば、ほとんど無意味だったというコトが分かってしまったのですから……。
正直に申しまして、魔装娼女としてはもう……太刀打ちできる術は残されていないと思えてしまっておりますの。
既に万事が休してしまっているも同然なのです。
今から新たな策をイチから見出して、まして魔装娼女のチカラは使わずに最強最高の魔法少女に抗って差し上げるだなんて……それこそ、無謀を通り越して絶望の一言しかございません。
……けれども。それでもなお。
……まだ、諦めるわけにはまいりませんの。
私の後ろにはたくさんの命を控えているのです。
私が倒れたら、全てが終わってしまうのです……!
再三に頬を叩いて奮起し直します。
しっかりと思い出しなさいまし。
愛する皆さまが、私のことを絶えず応援し続けてくださっているコトを。
地下深くのアジトで、私からの吉報を今か今かと待ち望んでいらっしゃるコトを。
茜が、私のことをすぐそばで見守っていてくださるコトを。
ただそれらの事実だけが、虚無の氷に覆われつつある私の心を、必死に燃やし続けてくださるのです。
だから、まだ、まだ諦めてはなりません。
何か、きっと、抗う術が有るはずなのですから。
「ねぇポヨ……この子を止める術は……本当にもう何も残されておりませんの……? 私、ワラにも芝にも何にでも縋り付かせていただく所存ですの……っ!
地獄の釜の底にまで沈み込む覚悟もできておりますから……だから……ッ!」
ひと息吐く時間も猶予も残されてはおりません。
私という最後の砦が突破されてしまえば、私の大好きな悪の秘密結社は、いずれ目の前のこの光のチカラに成す術もなく滅ぼされてしまうだけなんですの……っ。
今は辛うじて魔装娼女の姿を保てているとはいえ、黒泥の盾がなくなってしまった以上、次に浄化の光を当てられてしまったらそれで終わりなのですから。
ええ、そう、ですの。
魔装娼女のチカラでは。
魔法少女には打ち克ち得ないのです。
所詮、仮初の、偽装の、紛い物の。
そんな不完全な魔装娼女のチカラでは……!
もし仮にそうであるならば、私が元来から持ち得ていた本物のチカラなんて、果たして存在するのでしょうか。
私の生まれ持った才覚を今この場で覚醒させられて、すぐにでも己の術として手足のように使いこなせるような、そんな都合のよいチカラなど、そう簡単に見つかるわけ――
――いや、待ってくださいまし……?
『「………………あっ……」』
ポヨと私の声が、全くの同タイミングで完全に被さりました。
かつて、私は。
いえ、私とポヨは。
魔装娼女ではない別のチカラを駆使して、毎日のように戦っていたではございませんか。
「……試してみる価値しか、ありませんわよね」
『うむポヨ。もうソレしか残ってないポヨよ』
もはや完全に同期した私たちの間に意思疎通などは必要ありませんでした。
黒く染まっていた宝石をもう一度だけ強く握り締めて、そして、おもむろに衣装から取り外して差し上げます。
すると一瞬で塵芥のように布地が弾けていって、強制的に変身が解除されましたの。
即座にラフなネグリジェ姿になってしまいます。
でも、これでいいのです。
カチコチに固まっていたポヨもいつもの青色水饅頭のお姿にお戻りなさいます。
私の手のひらの上でぽむんっと跳ねなさいましたの。
「なぁにいきなりどしたのオリジナル? さては早々に勝負を諦めちゃったり? あははっ。最初っからそうしてたら、恥ずかしい思いもしなくて済んだのにねー」
「…………それでは、いきますわよ、ポヨ」
「ねえ聞いてるぅ? 今すぐに地面に頭擦り付けて謝ってくれるなら、命くらいは見逃してあげてもいっかなーなんて、さ。あはは、そもそもパパから生きて捕らえろって命令はあるんだけどー」
「ちょっと黙っていてくださいましっ!」
「はぁ?」
はっきり言って耳障りなんですの。
今はとにかく集中したいのです。
ねぇ、ポヨ。
手のひらの中にいらっしゃる、私の相棒のポヨさん。
なんだか運命を感じてしまいますわよね。
初めて私が〝変身〟を成し遂げた場所も、たしかこの廃工場の駐車場跡地だったかと思いますの。
あのときは初めて出来たお友達の茜を守るため。
今日は愛する方々の全員を守り抜くため。
私はいつも誰かを守るために強くなってきたのです。
「ふふっ。幸か不幸か、私たちにはまだ抗えるチカラが残されておりましたわね。
たとえ淡くて健気でか弱いだけの光だったとしても、本当に何にも無いよりかはマシだと思えませんでして?」
「奇遇ポヨね。ポヨも全く同じことを考えてたポヨ」
「ふっふんっ。それなら話は早いですの。蒼井美麗と変身装置のポヨと。この場でもう一度、あのときの奇跡を起こして差し上げるんでしてよッ!」
「おうポヨッ! 臨むところだポヨッ!」
魔法少女のチカラとは、思いの力ですの。
私の意志を、意地を、熱意を。
全て、余すことなくチカラに変換して差し上げるのです。
狙うはお一つ、適合率100%のみッ!
最強最高の魔法少女に並び立つには、私もまた最強最高の魔法少女に変身するしかありませんッ!
右手でポヨを握り締めてから、胸の前にかざします。
それからすぐさま腕を突き出して、力強くガッツポーズいたします。
……そして。
「着装ッ! - make up - !」
かつて何千何万と唱えた変身文句をッ!
今ここでもう一度唱えて差し上げますッ!!!
過去の自分へ。
やっと、辿り着けたぞ。
お前が夢見た、胸熱の未来にな。