……偽装……ぎ、そ……ぅぅぅ……
ただ唖然として、ぼんやりと空を見上げることしかできませんでした。
ついさっきまで私の黒泥だったはずの粒子が、今まさに煙のように空に昇っては、どんどんと見えなくなってしまっているのです……!
もう手を伸ばしても、どんなに強く念じても黒泥の気配を感じ取れませんの。
……しかも、それだけではありません。
手元の黒泥が消し去られてしまっただけで済んでいたのなら、どんなによかったことでしょうか。
「へぁ? え……なんで……なんで新しい黒泥を生成できませんの……?」
消されてしまったのなら、またすぐに生み出して纏い直してしまえばいいだけ、と。
そう思った矢先のことだったのでございます。
どうしてか、胸のブローチを固く握りしめても、ウンともスンとも反応いたしませんでしたの。
魔装娼女の衣装自体は解除されておりませんゆえに、完全に機能が停止したというわけでもなさそうなのですけれども……っ!
「うそ、ですの……」
単に消えてしまっただけではありません。
私が扱えるはずの全て黒泥の気配が、軒並み感じ取れなくなってしまっているのです。
まさか、まさかまさかまさかっ!?
ついさっき全身に浴びてしまった光のせいで、纏っていた分だけではなく、ブローチの中に格納していた分も含めた全ての黒泥を……!?
その手で触れることもなく、また消滅の光ビームを照射することもなく、ただ一瞬だけピカリと身体を発光させたさせただけで、否応無しに浄化させてしまったんですの……!?
思わず、カックリと膝を地面に付けてしまいます。
……身体にチカラが入りませんの。
内側からジクリジクリと湧き上がってくるのは、どうしようもない虚無感と言い表しようのない不安感だけなのでございます。
スローな動作で見上げたその先には、先ほどとは打って変わってピンチのピの字も感じられない、むしろ至極つまらなそうなお顔をしたスペキュラーブルーさんが立っていらっしゃいました。
ひたすらに冷たい目で私を見下しなさいます。
「どう? これで分かった? オリジナルがどんなに足掻いたところで、私に叶うわけがなかったんだよ」
「で、でも……私、今日のために必死に鍛練を重ねて……!」
「だから何? オリジナルが頑張ったところでアナタは所詮ポッと出の〝元〟魔法少女。
対する私は魔法少女になるべくして生まれた最高最強の魔法少女。
所詮凡人が汗水垂らしたところで、この絶対的な差が埋まるわけないの」
「…………っ……!」
これが、才能の差とでもいいますの……?
どんなに頑張ったところで、やっぱり適合率の差には抗えませんの……!?
複製さんの仰ることが本当の本当に本当のことだとしたら、私の血の滲むような鍛練の日々は何だったっていうんですの……ッ!?
疲労と苦しみのあまり何度も吐き出してしまったおゲロの苦さは、アレは全部夢や幻だったんでして……!?
総統さんにも茜にも、カメレオンさんにもハチさんにもローパーさんにも、その他大勢の怪人さんにお手伝いいただいて、ありとあらゆる実践訓練をして得てきた経験も全て……結局は意味のない行動だったと仰るんですの……!?
それだけは認めてはいけませんの。
例え私にはもう何も残っていないのだとしても。
いますぐに黒泥を練り直して、もしくは研究開発部の皆さんに無線連絡をして、手のひらサイズでもよいのでご用意してもらえれば……!
直接は効かぬとも、一瞬の足止めくらいには使えるかもしれません。
もしくは死ぬ気で念じたら小指一本分くらいは捻出できるのでは……!?
「あっと。変な気は起こさないでね」
「うっぐ……ッ!?」
こっそりと胸のブローチを掴もうとしたところ、ギリリと腕を握り締められて制されてしまいましたの。
そのままポイッと地面に叩きつけられて、足蹴にされながら刺すような視線を向けられてしまいます。
「そもそもさぁ。魔法少女の模倣品なんかで本物の光を覆い隠せるわけないじゃん。えっと、黒泥だっけ? あんなのただの光の劣化品だし。邪魔だし鬱陶しいし汚いだけだから、とりあえず全部消させてもらったからね」
「そん、な……」
わ、私の黒泥のチカラは、とりあえずなんていう適当な言葉で無くしてしまっていいシロモノではございませんの……!
私が再変身できるようになってから、ずっと愛用してきて、いつでもどこでも身体を優しく覆い包み込んで守ってくださる……そんな盾であり鎧であり、何よりの心の拠り所だったのです……!
「うぅ……偽装ッ! ……偽装……ぎ、そ……ぅぅぅ……」
絞り出すようにしてもう一度唱えてみましたが、やはり何の反応もございませんでしたの。
どんなに強く念じたところで、黒泥は一ミクロンも出てきてくださいませんの。
どうやら、マジのガチめに跡形もなく消されてしまったみたいなのです。
……今日の決戦の為に寝る間も惜しんで少しずつ溜めてきていたといいますのに……。
それこそ予備の予備分までストックして、さすがにこの量は枯渇していかないと自信を持って来たはずですのに……っ。
私の身体自体は元気そのものなはずなのですが、私の魔装娼女のチカラのほうが限界を訴えかけてきているのが分かってしまいます……っ。
失意に沈み込む中、胸の黒ブローチが、ほんのりと弱々しく発光なさいましたの。
ポヨが話しかけてきているのです。
「……こんなときに、どう、なさいましたの」
眼前の複製さんの目も気にせずに、失意のままに答えて差し上げます……っ。