Aegis展開ッ!
茜とお父様が端っこから目を光らせていて、中央には私と複製さんが相対しております。
いつでも戦える状況ですの。
これ以上睨めっこしている必要はございません。
「こっほん。それでは早速っ! おバトルの勝敗ルールを発表させていただきますのっ!」
まずは全員の視線を私に集めます。
別にミスディレクションを誘っているわけではありません。単に私が目立ちたがり屋なだけですのッ!
「みんな大好きご安全ルールっ! 背中を3回地面に付け――」
「却下。そんなのつまんない」
「ぅんぐぇっ!?」
数メートルほど離れた場所にいたはずの複製さんが、一瞬目を離した隙に消えましたの。
瞬きの合間に目と鼻の先に現れたかと思えば、唐突に私の首根っこを掴んで軽く持ち上げなさったのでございます……!?
ギリギリと握り締められてしまい、すぐに呼吸もままならなくなってしまいます。
むせる寸前でこの子の腕を掴んで強引に引き剥がして、何とか事なきを得ることができました。
アスファルトを転がるようにして距離をとります。
間髪入れずにキッと睨み付けて差し上げます。
「ぐっ……アナタいきなり何しますのッ!? 私が今懇切丁寧に説明していた最中でございましょう!?」
「あのさぁ。さっきからルールだの勝敗だの。オリジナルってば、ちょっとズレてない?」
「……? ズレ、ですの?」
何やら複製さんが異様なオーラを放っていらっしゃいます。
長らく感じることのなかった真っ黒の闘気……紛うことなき殺気のソレですの。
わざとらしく腰に手を当てて、心底イライラしているご様子の複製さんが嫌でも目に入ってしまいます。
大きなため息と共に、何やら呪怨に満ち溢れたような声で小さく呟き始めなさいましたの。
変に静まり返ったこの場ではどんな小さな声でも耳に届いてしまいます。
それは、思わず背筋が凍り付いてしまうようなドスの効いた声でございました。
「はぁ。勝った負けたを決めてどうすんの?
まさか終わったらお互いの健闘を讃えて握手でもすんの? ……ちがうよね。
私たちに求められてるのって、どっちかが再起不能になるまで……いや、この世から完全に葬り去るまで、徹底的にやり合うデスマッチなんだよ」
「そ、それは……客観的に見たら確かにそう、かもしれませんけれどもっ! でもいきなりそれでは、まだお互いに心の準備が難しいかと思いましてっ」
こ、このルール決めは、言ってしまえば私からの最大限の譲歩でもあるんですのっ!
お互いのことをよく知らないまま、身勝手にその後の人生を奪ってしまうのは、たとえその人がどんな悪人であったとしても私の信条が是としないのでございます!
何も考えずにただ言われたからやるというのはオトナの行動ではありませんの!
命の重さも儚さも知っている私だからこそ!
過去に辛い経験をしてきたからこそ!
総統さんに胸を張って、自分の意志で未来を選んできたと報告したいからこそ!
段階を踏もうと提案しているのでございますッ!!!
わ、私だって、必要があるならアナタを葬り去って差し上げますが、まだそこまでの必要性は感じておりません。
さすがに話せば分かるとまでは言いませんが、コテンパンに叩きのめせば言うことくらいは聞かせられる可能性を信じているのです。
だって複製さんはまだ、私の大切な何かを奪ったわけではないのです。
ゆえにまだ仇敵でも復讐の対象でも何でもありませんのっ。
今はまだ今後の障害ともなり得る存在ってなだけで、今回のバトルで私が完膚なきまで叩きのめして差し上げて、それこそもう二度と私と戦いたくないとまで思わせて、バッキバキのゴッキゴキに心を折ることさえが できれば、と……ッ!
さすがにお命のやりとりまでには至らないだろうと……っ……!
唇の端っこを噛みながら目で訴えかけましたが、複製さんの瞳は冷たく凍ったままでございました。
……それどころか。
「今更何を日和ってんのさ。分かってる?
パパの愛娘はこの世に二人も必要ないんだよ。たった一人いればそれで充分。
私はパパに必要とされたから生まれた。だから必要とされなかったオリジナルなんて……さっさと消えちゃえばいいんだ。私が消してあげる」
「ん、なっ!?」
逆に刺すような視線と言葉を向けられてしまいましたの。
そして、仰られた言葉の意味が理解できませんのっ!
必要が必要でないかだけでしか生きられませんの!?
それこそこじつけでしかありませんのっ!
確かに不貞でわがままで親不孝な私ではございますけれどもっ、別に死んで詫びなきゃいけないようなことまではしておりませんのっ!
どうしてアナタやお父様に私の人生を定められなきゃいけませんでして……!?
私は蒼井家のマリオネットではありませんのッ!
ぎゅむと拳を握り締めます。
「今日この場で白黒はっきりさせようよ。
白の魔法少女と、黒の魔装娼女とやらが、果たしてどっちがパパの娘に相応しいのか。
……ルールは簡単。要らないほうがこの世から消える。
それでいいよね? オリジナル」
「くっ……まったく。頑固者なトコロは誰に似たんでしょうね。アナタがあくまで意固地を貫き通すと仰るなら、私だってワガママを押し通させていただきますの。
もし私が勝ったら、少しは私の話を聞いてくださいまし。そして要求を呑んでくださいまし。よろしくて?」
「オリジナルが勝ったらね。1000%ないけどね」
ふふん。今、仰いましたわね。
私聞きましてよ。絶対に忘れてなるものですか。
茜もお父様もしかと聞いたはずですの。
もちろんのこと私も女に二言はありません。
まさか正義の名の元にご活動なさるスペキュラーブルーさんが、こんな大事な場で嘘偽りなど宣うわけがありませんわよねぇ!?
いきなり背水の陣を敷くハメになってしまいましたが、負けるつもりはありませんので構いませんの。
私だって意固地になりますの。
せいぜい無様に地面に這いつくばらせてこのハイヒールをぺろぺろと舐めさせて、金輪際、弊社のスタッフには危害を加えないと心から誓わせて差し上げますからご覚悟願いまし。
おあいにく守るモノを背負った私はトンデモなく強いのです。体の奥底から無限大に文字通り身を粉にして働ける勇気が湧いてくるのでございます。
それが……それこそが、私が私であり続けられたたった一つの強みなんですもの。
今ここで最大限発揮できなくては、私のこれまでを全て否定することにもなってしまいます。
私は、私ではなく、私の大切なモノを守り抜くために。
アナタを必ず止めてみせますゆえに。
「分かりましたの。複製さんの仰る通り、ルール不要のデスマッチにいたしましょう。
――それでは、魔装娼女イービルブルー。これより淫美に過激に推して参りますので、どうか一時たりともお見逃しのなきよう」
戦場を可憐に待って差し上げますの。
カメレオンのように身を隠し、触手のように搦手を使い、蜂のように刺す……変幻自在な戦乙女を有り様をどうぞ余すとこなくお楽しみくださいまし。
無言で黒杖を生成いたします。
そして声高らかに詠唱いたしますのッ!
「……偽装ッ! - disguise - !
制御レベル2、Aegis展開ッ!」
杖の先から、瞬く間にバレーボールほどの黒泥塊が合計6つ生成されてまいりますッ!