心を鬼にしなければ
この無駄に開けた駐車場跡のど真ん中で、私と複製さんの二人が対峙しております。
顔を見るや否や、お互いにバチバチと火花を散らして牽制し始めてしまいましたの。
とはいえいきなり壮絶なバトルをおっ始めて、立ち会い人の茜を巻き込んでしまってもいけませんわね。
取り急ぎ彼女が不意を狙われてしまわないように背中で庇って差し上げます。
ここからは私のターンなのです。
そのまま目線で端っこのほうに移動を促しますの。
どうか茜は安全なところから見守っていてくださいまし。
こっくりと頷いてくださいました。
よかったですの。素直でよろしいですの。
これで目の前の敵に集中できそうです。
改めて複製さんに鋭い視線を向けて差し上げます。
「さてさてぇ? 何だかお久しぶりですわね。生まれたてのひよっ子だったアナタも少しはご成長なさいまして? パッと見た感じではちっちゃいままみたいですけれども」
せいぜい小学校高学年か、大きく見積もっても中学生程度のご身長です。まるで若き日の私自身を見ているかのようですの。
ただし、私と同じ血が流れていらっしゃるのであれば、あと数年も経てばバストが二段階はアップすることでしょう。
その辺はご安心してくださいまし。
目の前の私が生き証人なのですから。
胸を張ったままドヤドヤり。
わざとらしくふふんと鼻を鳴らして差し上げます。
誰もが羨む魅惑のお色気ボディ獲得まで秒読みですの。
いっそのこと段々とキツくなる衣服の窮屈さに悶え苦しみなさいまし。
挑発的な視線を向け続けて差し上げます。
「そういうオリジナルこそ、あのときは無様に逃げ帰っちゃったじゃん?」
「ふむむっ」
「そんでもって何ヶ月も経ってからこーんなしょっぱい果し状送りつけてきてさ。やっと私に勝てる算段でも付いたの?」
その御手には私が先日お送りしたピンク色のお手紙がございました。まるで汚いものでも摘み上げるかのように、ピラピラと雑作に扱いなさるのです。
まーったく。失礼しちゃいますの。
何度も何度も書き直して、一言一句思いをしたためて差し上げたものですのに。
「それともまた卑怯な手でも使うつもり?」
「ふ、ふっふん。卑策か秘策かは、コレからのお楽しみにさせていただきますのっ!」
わりとグゥの音も出ない言葉カウンターを喰らってしまいましたが、あえてドヤドヤを続けて差し上げます。
私だって手ぶらで来たわけではございません。
とはいえ身に付けてきたチカラはぶつけてみるまで分からない以上、手始めに精神的マウントでもとっておけたらと思いますの。
実際問題、今の段階で彼女に明確に勝っていると思えるのは、この超絶美ボディくらいしかないんですのっ!
幸いなことに私は既に複製さんのようなお子ちゃま体型とはちがう、ボンキュッボンなオトナ体型になれているのです。
もしかしたらホントのホントに体格差によるゴリ押しが実現するかもしれませんし。
心の平穏のためが五割、彼女の動揺を誘うためが残りの五割、といった具合でしょうか。
今日の私は少ない望みも捨てませんでしてよ。
目の前で不敵に微笑むこの子は、それくらい全力にならないと倒せないほどの強敵さんなのですから。
それに、後々に引き伸ばしたくもありません。
今日で全て終わりにして差し上げるくらいの覚悟を固めたつもりです。
「よろしくて? 今度ばかりは逃げも隠れもいたしませんの。絶対泣かしてやりますの。
それでもってこの世に生まれてきたことを後か……こっほん。いや、何でもありませんの。今のは忘れてくださいまし」
「うん?」
……今のはさすがに淑女としてNGな発言でしたわね。
素直に反省いたします。
ですが、口には出さないだけで心に思うこと、そして行動に移すことは同じなんですの。
私は心を鬼にしなければならないのです。
自らの所属する組織のため、今日はこの子を再起不能になるまで、コッテコテのコテンパンに叩きのめして差し上げなければならないのでございます。
誰かの未来を奪う覚悟は出来ているのか、と。
総統さんから言われてしまいましたものね。
口では何とでも言えてしまいます。
彼に敬愛と忠誠を誓った者として、態度で示す他に選択肢はありません。
今日のテーマは毒を喰らわば皿まで、ですの。
「そ、それはそうと、複製さん?」
ブラックな内容を深掘りをする必要はありませんし、しれっと話を変えておきますの。
「なぁに? オリジナル」
「アナタ、こんな辺鄙で不気味な場所にたった一人きりで来たんですの? お父様の同伴は?」
パっと辺りを見渡して差し上げた感じではいらっしゃらないようですけれども。
あれだけ再戦を快諾なされたのですから、きっとお父様も見届けに来ると思いましたのに。
といいますか、双方に立会人がいなければ、決闘は成立いたしませんでしてよ。
それこそ不義も不正もやり放題になってしまいますの。
基本公平めな茜でも、流石に今回ばかりは私に贔屓目を持ってしまうはずです。
それでもし私がド級のピンチに陥ってしまったら、心優しい彼女のことですから、きっと不意打ちやら加勢やら想像に難くありません。
それでもよろしいなら、一人きりの対峙を認めて差し上げるんですけれども……?
「…………はぁー」
ふぅむ? 何ですの?
そのやたら大きなため息は。
「オリジナルの目は節穴なの? 今絶賛赤い子の隣にいるんだけど」
「はぇっ?」
指差し促されて、すかさずシュバッと振り返ります。
……うっ。確かにいらっしゃいましたの。
茜の隣で腕を組んで、やたらとムスッとした顔をしていらっしゃいます。
バチっとキメたスーツなお姿から察するに、今日はお仕事の合間を見つけてはるばる足を運んでくださったみたいですわね。
……にしても、この私が気付けないとは。
もしやお父様は忍者の末裔か何かでして?
……いえ、冗談ですの。
単に緊張のせいで見落としてしまっただけでしょう。
き、気を取り直してビシッと決めポーズを取っておきますッ!
役者は揃ったのですッ!
であれば後は戦って己の存在を証明するだけですのッ!
悪の組織側に寝返った魔法少女と、ヒーロー組織側の実質トップが横並びに佇んでるのって、とんでもなくシュールな光景だよね、きっと。
どことなくシリアスなのに
どことなく平和なままの世界で。
はたして美麗ちゃんは鬼になれるのか。