鍵
自らの未来のために、他の誰かの未来を犠牲にできるのか……ですって……?
そんなの……そんなの……っ。
いきなり直面してしまった現実につい涙ぐんでしまいそうになってしまいましたが、唇の端を噛んで必死に耐え忍んで差し上げます。
心の内では分かっておりました。
いつかは来るとは思ってましたの。
……それまで、ずっと考えないようにしていただけのことなのです。
これまで誰も殺めることなく過ごしてこられたのは、単に私の運がよかっただけですの。
実は私、しっかりと自覚を持ったうえで、この手で誰かを殺めたことは一度もありません。
唯一の心残りであったポヨの破壊だって、結局は未遂に終わっていたわけなのです。
他にも憎き仇敵であった角馬男も不死鳥男も、実際にトドメを刺してくださったのは総統さんなのですし、この手を赤く汚したわけではありません。
いつもいつも傷付いていたのは自分です。
たしかに魔法少女時代には、敵対していた怪人勢力を浄化していた事実も、無いわけでございませんけれども……。
あの頃は無知ゆえの無自覚状態でした。
葬り去っていたとは露知らずその行為の重さを知覚していなかったのです。
ゆえにノーカウントみたいなものですの。
明確な意志を持って、お相手を消し去ってしまうような行為は。
私は――未だ一度たりとも経験がないのでございます。
「……キチンとお答えできなければ、ご主人様は快く送り出してくださいませんの?」
声も否応なしに震えてしまいます。
沈み込んだ心が顔にも出てしまっていたのでしょう。
何やら少しだけ慌てたご様子の総統さんが、膝を曲げて私と目線の高さを合わせてくださいましたの。
ようやく私の頭の上に手を乗せてくださいます。
「ちなみに言っておくが、別にそうしろと命令したいわけじゃない。俺は――いや、俺たちはむしろ、お前の意志を尊重してやりたいと思ってるくらいだ」
「……であれば、尚のことノーコメントを貫かせていただければと思いますの。その意図も、ご主人様なら分かりきっていらっしゃるとは思いますけれども……」
地上から見捨てられて、地の底に身を隠すことを余儀なくされた私にとって、誰かの居場所を奪うというのは何にも耐え難いことですの。
あえてこの手を汚したくないとは明言いたしません。その代わりに唇をむっと結んで胸中をお伝えいたします。
「分かったよ。一応、伝えておいてやる」
ご主人様がやれやれ顔でお話しくださいます。
「スペキュラーブルーを撃退できるのはお前だけであって、俺ら側からとやかく言える状況ではなくなってるわけだ。お前の発言権もそれなりに上がってきているわけでな」
「……でも。あの子をこの世から葬り去らなければ、根本的な問題は解決いたしませんのよね? 結局は同じ結論に行き着いてしまうと思いますの」
「だろうな」
弊社の被害をゼロに近付けるためには、被害の根本を取り除く必要がある、と。
スペキュラーブルーの活躍を見逃していては、真の意味での平穏は訪れないのだ、と。
仰ることは分かりますの。彼女を倒せる可能性が有るのは私だけですの。
もしかしたらお強い総統さんならイケるのかもしれませんが、全ての上に立つ総統様が直々に動いてしまっては、それこそ組織の底が見えてしまいましょう。
もう後がないと世の中を示してしまっているようなものなのです。
下が動けてこそ組織というモノは回るらしいのです。
退屈凌ぎに読んでみた経営学か何かの本に載っておりましたの。その一文くらいしか覚えておりませんけれども。
……それにしても、弱りましたわね。
私の意見を尊重してくださるのはありがたいのですが、それこそこの組織の進退を私が握ってしまっているも同然な状況ではございませんか。
イチ居候のイチ慰安要員なんかに委ねられてしまっては困る問題だと思いますの。
「ご主人様にご命令していただければ、どんなに嫌なことであっても喜んで従うんですけれども……」
「自由と無責任は別モノってこったな。俺はお前の強さを認めている。だからこそお前には自由を与えている。その意味を考えてほしい。
短絡的な結論に至っても自由、熟考した先の選択肢を選んでも自由。
お前ならきっと、最良の答えに辿り着けるはずだ。ブルーの〝真の変身の鍵〟も、そこらに眠っているんじゃないかと俺は予想している」
「へっ……? 今のがそのお話にも繋がっちゃうんですの……?」
悪の秘密結社パワーを宿したポヨに、鍵としてのチカラが秘められているのではございませんの?
実は私の中に眠っていたんですの!?
っていうか鍵とはいったい何なんでして!?
次から次へと疑問が浮かんできてしまいます。頭がもうパンクしてしまいそうですの。
ふぅむ。どうやら驚いていたのは私だけではなかったようです。
さっきからずっと押し黙っていらっしゃったポヨも、さすがに動揺を隠しきれなかったのか、パチパチと細かく明滅し始めなさいましたの。
思わず胸のブローチを握り締めてしまいます。
「今のはポヨも完全に初耳ポヨよ……。実際問題、ポヨ自身だって皆目検討も付いていない状態なのポヨ。
ぶっちゃけ今の魔装娼女の適合率99.8%でもほぼ限界理想値だと認めてしまうくらいなのポヨに……それを超える真なる変身だなんて、ただの夢見物語ではないのポヨか……!?」
「そう思っちゃいますわよね……っ!」
わっ、私だって正直まだ半信半疑なところがございましたの。
どんな過酷な鍛錬を重ねたって、真のチカラのシの字も見えてきませんでしたの。
魔法少女の姿でも魔装娼女の姿でも、そのどちらの成長においても延長線上にあるとは思えませんでした。
もし本当に私の中に、鍵が存在しているのなら……。
そのきっかけさえ掴むことができれば……!?