お前はお前を
「いいか、ブルー」
別に頭を撫でてくださるわけでもなく。
背中をさすってくださるわけでもなく。
総統さんはただおそばに立っていてくださいます。
……でも、何でしょう。
さっきよりも纏っていらっしゃるオーラがほんの少しだけカタく冷たくなった気がいたしますの。
かつて哀れにも敵対していた頃に感じたような、思わず身震いしてしまう絶対的な恐怖……。
その片鱗が垣間見えた気がして身構えてしまいましたが、グッと気を取り直して彼のお顔を見つめて差し上げます。
「ホンモノの変身装置を手にしたお前は、既に魔法少女の光も取り戻せている。その辺は自分でも分かっているはずだ」
今の私が、あの眩くて暖かな光を……!?
って驚くフリをするだけ無駄ですわよね。
ポヨが手元に戻ってきているのですから当然なお話なのでございます。
一度は放棄してしまった魔法少女のチカラであっても、正規の変身装置さえあれば復活はさほど難しいモノでもございません。
元より私には適性と素質の両方を持ち合わせていたのです。
先日に試してみたところ、変身自体は難なく行うことが叶いました。
白と青を基調としたフリッフリのもこもこスカートも、ポップでキュートなふわふわリボンも、全てあの頃と変わってはおりませんでしたの。
頭の王冠も可憐さを惹き立たせておりましたし。
むしろ変わってしまったことといえば、少しだけオトナになってしまった私のほうなのでしょうか。
プリズムブルーの歳不相応な子供っぽい衣装にはちょっとだけ小っ恥ずかしさを覚えてしまいましたけれども……っ。
その辺は我慢すればイケるところですの……っ。
ですが、問題はそれだけではございませんでした。
「でもでもっ。私が魔法少女に戻る意味なんて、ホントに無くなってしまったも同然ではありませんか。適合率は低いし光は淡いし、それこそ最強最高のあの子とは雲泥の差なのですしっ。
もはやあの頃以下の〝よわよわブルー〟になってしまうだけですの。make down も甚だしいですのっ」
「確かに。あの衣装姿の使い道なんてときたまの息抜きか、はたまた趣向変えのコスプレ用か」
「……まぁ、実際そんな感じでしょうけれども。
で!? それが何だと仰るのです!?」
もっと別なところにこそ問題はございましたの。
といいますのも、現役時代とは比べ物にならないくらい、私は魔法少女のチカラを引き出せなくなってしまっていたのです。
適合率でいえば最高でも75%くらいまででしたの。
全盛期とは比べ物にならないくらいに練度が低く、下手をしたら杖を出して戦うのもやっとのレベル、といえば伝わりますでしょうか。
とてもではありませんが、実戦に使えそうなシロモノではなかったのでございます……。
「残念ながら私はもうプリズムブルーとしては戦えませんの。かつてご主人様が褒めてくださった強き存在はもうどこにもおりません。その代わりを務めるために、魔装娼女が存在しているのでございます」
事実、今はもう魔装娼女の姿のほうが百倍も千倍もしっくりきてしまっております。
それにどうも魔法少女の姿は嫌なトラウマを思い出してしまうといいますか、なんとなく気が滅入ってしまうといいますか……。
いえ、ちょっとだけ嘘をつきましたの。
適合率が上がらない理由なんて、とうの昔に理解できているのです。
今の私に、あの頃のような純粋な正義のために戦う心が残っているのかどうか。
残念ながら首を縦に振ることはできません。
その辺が大きな足枷となっているはずなのです。
「……幸か不幸か、今の私は魔装娼女イービルブルーですの。知略と黒泥を駆使して戦場を舞う、ちょっぴりえっぴな美女戦士さんですの。
それゆえに今更、愚鈍な魔法少女たちのチカラなんて必要ありません。過去の私とは訣別したのでございます」
「できる限りの弱さは捨ててきたってか」
「ええ。間違いなく。心の奥底から爪の先まで全て」
今日に至るまでに、文字通り血反吐を吐くほどに己の心身を磨いてきたんですもの。
ちょっとやそっとのダメージではへこたれませんの。
複製さんが放ってくる消滅の光だって、今なら知恵と経験で華麗にかわせるはずです。
決意に満ちた瞳で見つめて差し上げます。
「……分かった。それなら、お前を送り出す前に最後の確認をしておこうか。
言っておくがコレは意地悪ではないからな? お前の身を預かる者としての、率直な質問をしておきたいだけさ」
「質問、ですの?」
なんだかさっきから、いつになく真剣なご表情をなさっていらっしゃいますわよね。
思わずごくりと息を呑んでしまいます。
「スペキュラーブルーを倒した後は、お前はどうするつもりなんだ?」
「どうするつもりも何も、それはもう意気揚々と凱旋して差し上げて、これまで鍛練のお手伝いしていただいた一人一人に感謝の意を述べ――」
「ちがう、そっちじゃない」
「ふぅむぅ?」
それならそっちってどっちですの?
倒した後はココに帰ってくるだけじゃないんでして?
別にあの子に勝ったからといって、私の生活の何かが変わるとは思っておりませんの。
別にこの施設から出ていくつもりだって微塵もありませんし。
今はただ目の前に現れた障害を取り除くだけ、平穏な日常を取り戻すだけ、私の居場所を守るためだけに杖を振るうのでございます。
その後のことなんて考える余裕はありません。
「あの子を、倒した……あと……ですか……」
「はっきり言って魔法少女スペキュラーブルーは結社の脅威そのものだ。お前は対抗するチカラを有していたとしても、ウチの社員全員がそうというわけじゃない。
ヤツをこのまま野放しにしていては、いつかは許容できない被害が出ちまうことだろう。かといって出現する度に倒しに行けるほど、お前も暇ではないはずだからな」
「それはまぁ……確かに、ですの」
今は自由なお時間をいただけておりますから鍛練も休息も充分に行えているのでしょうけれども。
これが昼も夜も見境なく戦場に駆り出されてししまったり、それこそ総統さんとの営みの最中に出動しなければならなくなったりしたときには、溢れんばかりの苛立ちと舌打ちを伴った上で余裕で無視してしまう自信さえございますの。
ふぅむぅ……でも、私のわがままのせいで他の誰かが傷付いてしまうのは、それはそれで自分に腹が立ってしまいますわよねぇ……。
快く毎日を過ごすことなんて夢のまた夢ですの。
そんなことをしたら絶対に後に引きずってしまうと思いますの……。
ここで総統さんが更にキリリとした目をお見せなさいます。
いつも私に見せてくださるような優しげなモノではなく、言い表すならば悪の秘密結社の首領として、とにかく冷徹かつ厳粛な……覚悟のこもった目をしていらっしゃいますの。
釘付けにされてしまいます。
ゆっくりと、そのお口を開きなさいましたの。
「あえて言葉を濁さずに言うならば、だ。ヤツを倒した後、お前は〝お前の複製〟を殺せるのか?
自らの未来のために、誰かの未来を犠牲にする、その覚悟は出来ているのか?」
「……ッ!」
それは、とにかく重たく響くお言葉でしたの。
この胸をギュッと締め付けて離さない、至極現実的で実直なご質問でしたの。
「……それ……は……っ」
どう足掻いたって言葉を失ってしまいます。