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友達とは

 

 体感にして本当に10分後くらいでしょうか。人混みの中に小暮さんの姿が見えました。少々駆け足気味でこちらに戻っていらっしゃいます。

 ん? ただ少々走り方が気になるような……?


「ごめーん、お待たせ、あははー」


「おかえりなさいませ。汗だくですのね。そんなに急がれなくても……あれ、どうしたんですのその足。擦り傷ですの?」


 膝のあたりが血で滲んでおります。水で洗い流したような跡は見受けられますが、中々に痛々しい見た目してますの。走り方の原因はこれでしたか。


「あーっと、これはえっとだね、来る途中でちょっと転んじゃっただけだから。私ってば結構なおっちょこちょいでさ、こういうのはホント日常茶飯事だからあんまり気にしないでっ」


 けらけらと平気そうに笑っていますが、放っておくにしては結構血が出ていらっしゃいます。

 ……女は髪と体が命と聞いたことがございますし。


「いけませんの。バイ菌入ったら大変なのですよ。えーっと」


 ふと鞄の中身を思い出しました。

 実を言うとおっちょこちょいなのは私も同じなのです。それを見越した我が家のメイドさんから、確か鞄の前ポケットの中に色々入れておいたと、以前寝ぼけ眼ながら耳にしたような……あ、よかったありましたわ。


「これ。絆創膏です。差し上げますから使ってくださいまし」


 鞄の中から見つけたのはガーゼで患部を包み込めるタイプの大きめの絆創膏です。これならその膝の傷口にも十分でしょう。


「えと、貰っちゃっていいの?」


「今更何を仰いますの。それでしたら私からの今日のお礼だと思って、心置きなく受け取ってくださいまし」


「……ん、分かった、ありがとっ」


 そう仰ると、自ずから受け取って患部にぺたりと貼り付けられました。ひとまずはこれで大丈夫そうですわね。


 それにしてもさすがは我が家の優秀なメイドさんですの。私が必要になりそうなものは一通り入れてくださっているようです。

 ただし中を漁っている最中、数多の便利グッズの他にも防犯ブザーや催涙スプレーなど、少々使用頻度を疑う品まで見えたような気もいたします。使う時が来ないことを祈るばかりですの。


「ささ、座ってくださいまし。少し休まれてはいかがでしょう」


「うん。ありがとそーする」


 傷付いた足を庇いながら腰掛けられます。十分に落ち着いたのを確認したのち、彼女のメンチカツを手渡しました。少々冷めてしまったかもしれませんがまだほんのり温かさが残っております。


「お、ちゃんと残ってるじゃん」


 重ねて言いますが決して一口もいただいてはおりません。


「私を何だとお思いで?」


「えっへへ冗談冗談ー」


「んもう。……うふふ」



 からかい、からかわれ、というものでしょうか。

 なんだか良いですわね、こういうやりとりって。私自身少々憧れておりましたの。


 何気ない放課後に、何気なくお喋りして、何気なく時を過ごすという何気ない一日。

 何気なくお友達と遊んだり、何気なくショッピングを楽しんだり、これからはきっとそういうキラキラした生活が待っていることでしょう。


 充実した今日を過ごしてみて、それは願望から確信に変わりそうです。



「どう? これからやっていけそう?」


 ナイスタイミングな質問も飛んできました。


「ええ。まだまだ不安なことも沢山ありますが、今日一日でこの学校もこの街もとても気に入りましたわ。いつか馴染んで、住人代表その1くらいになってみせますの」


「うん。その意気込みやよし! だね!

蒼井さんなら大丈夫だよ。可愛いし面白いし。んまぁちょっと変わったところもあるけど」


「む。それを言うなら小暮さんだって同じだと思いましたの」


「えー、納得しかねるー。あははっ」


「うふふっ」


 どちらからともなく微笑みが溢れてきてしまいます。


 ふとお空を見上げてみれば綺麗な夕焼けに、まんまるのお月様が昇ろうとしている最中でした。この様子なら明日も晴れそうですわね。

 今朝のどんよりとした気持ちが嘘のように、私の心も晴れやかな気持ちになっております。



 ええ、そうですわ。


 きっとココが狙い目ですの。

 今が新生活第一目標を叶えるそのときですの。


 ごくりと息を飲み、手に持つコロッケを一気に頬張ります。そうしてしっかりと飲み込んでから、改めて小暮さんの方を向きます。


「どしたのそんな真剣な顔して」


 私の様子に気づいてか、彼女もこちらを向いてくださいました。ぽけらかんとした顔ですが関係ありません。


 さぁ、意を決して言うのですよ、私。




「コホン。小暮さん。よろしければ私のお友達になっていただけませんか?」



 空いたその手で小暮さんの手を取ります。

 そして目力を込めて彼女の瞳を見つめます。



「……ぷっ」


「はえっ、もしやダメなんですの……?」


 この空気でも? こんな素敵な雰囲気でも?

 今でNGなのであればいったい何時ならうまくいくんですの?

 悲しいことに澄み渡る夕焼け空は何も答えてはくださいません。



「あはは違うって。何言ってるのさ蒼井さん。

友達っていうのは〝なる〟もんじゃなくて、いつの間にか〝なってる〟ものなんだよ。

だから私たちはもう友達。そうでしょっ?」


「……はっ、はいっ……!」


 よかったぁー、とホッと胸を撫で下ろします。ドギマギしていたことが恥ずかしくなってしまうほど安心してしまいました。


 友達とは、なってるもの、ですか。

 イイこと仰いますね。肝に銘じておきましょう。






「あ。あと頬っぺにコロッケの衣付いてるよ」


「んなっ。……見なかったことにしてくださいまし。その、恥ずかしいですので」


 握った手を離してゴシゴシと頬を擦ってみると、確かにカラッとしたカケラの感触を感じました。まったく、人が真剣な顔をしていたというのに空気の読めない揚げ衣さんですわね。

 ただまぁ今回は美味しかったし嬉しかったので許してあげるとしましょう。



「えと。それじゃ改めまして、これからよろしくお願いいたしますわね」


「こちらこそっ。お手柔らかにねっ」


 小暮さんのお陰で幸先のよい初日になりましたわ。

これから頑張れそうですの。



 オレンジ色に煌めく空を眺めながら、私は再度微笑みを零しました。






――――――

――――


――


 

 

 


書いていてとても気持ちがよかったお話です。

次ページ、一旦現実に戻ります。

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