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これ以上私から


「言っておくが、今ならまだ、お前は引き返せるんだからな。親父さんに頭を下げちまえば、表の世界に戻ることだってそう難しい話ではないはずだ」


「……それ、他でもない貴方が仰っちゃいますの?」


「ああ。残念ながら、な」


 まーた珍しいお顔をなさいましたわね。


 たまに見せる子供のような無邪気さとは異なるある種の純真さが、今日の総統さんには少しも感じられません。


 これはほら、アレですの。


 未だかつて一度見たことがあったかどうか、それくらいレアで筆舌に尽くしがたいご表情なのです。


 ほんの少しだけ寂しそうな、けれどもいつもと変わらぬ微笑みも浮かべて、隠した安堵の内側に、どこか諦めも含めているかのような、そんな――。


 何と言いますかその、組織のトップとしての厳粛さも一欠片もなくて、それこそ保護者100%なお顔になっていらっしゃるのです。


 おそらく半分以上が優しさでできておりましょう。


 それこそ悪の秘密結社の総統閣下とは思えないくらいの、ある種の慈悲深さが滲み出てしまっているのでございます。



 ……まったくもう。仕方ありませんわね。


 そんな物憂げなお顔を見せられてしまっては、私だって正直に吐露するしかないではありませんか。



「……あんまりこんなことは言いたくはないのですけれども。正直、貴方の仰るとおりだと思いますの。

むしろ無理やり連れ戻すレベルのことまで言っておりましたし。まっこと現実とは悲しいモノですわね」


「だったら尚更」


「ですがっ! 私はもう決めたのでございますっ!

これからは自分自身のために生きると。定められたレールなどは蹴り壊して、自ら選んだ道を踏み締めて生きていく、と。

うふふ。既に私の人生は貴方と共にありますの。私から勝手に首輪(自由)を奪わないでくださいまし」


「ブルー……お前……」


 総統さんの仰ることも分かりますの。

 私はもう無垢で無知な子供ではないのです。


 お父様の言うことを聞けば、きっと何一つ不自由のない生活が待っていることでしょう。


 けれども同時に、私という〝個〟は消えて無くなってしまうような気がしてならないのです。


 所詮、私は蒼井家のイチ令嬢でしかありません。

 別に美麗()であることは求められていないのです。


 私という存在は……このまま実家に帰れば、お父様の築いた蒼井財閥がより堅固かつ確実に繁栄していくための、便利なカードの一つに過ぎなくなるということ……。


 あと数年もしたら特に好きでもない殿方とのお見合いを強いられて、なんの不都合もなく夫婦の契りを交わして、いずれその人との子を身籠もって、私個人の勤めは終わりを迎えてしまうことでしょう。


 それでも、お金も地位も名誉も人並み以上には手に入れることができると思います。


 ただ豊かなだけの無色の明日が続いているだけですの。

 

 未知も刺激も倒錯も背徳もない、ただ組み敷かれたレールを辿るだけの無味乾燥な日々が待っているだけなのです。

 

 怠惰な日常、そのものなんですの……!



「よろしくて? 私を甘やかすのはベッドの上だけで十分ですの。むしろもっとコキ使い倒してくださいまし。首根っこ捕まえてご命令くださいまし。喜んで尻尾を振りますの。望みとあらば、猫撫で声と共にお腹を晒して差し上げましょう」


 実際のところ、私は総統さんのおそばにいられるだけで十二分に幸せなんですの。


 あの日一度は壊れかけたはずの心が、今ではもう薔薇色にも虹色にも染まり上がれているくらいなのです。


 これ以上私から色を奪わないでくださいまし。

 これ以上私の枷を取り払わないでくださいまし。


 世を捨てた私に今更帰る場所(日常)など必要ありません。まして逃げ道などは以ての外ですの。


 どうか、この修羅の道に連れてきてくださった貴方が、世界に背を向けたはずの私を、許さないでくださいまし……っ!



「貴方はただ〝俺の敵を排除してこい〟と一言ご命令してくださればよろしいのです。任務遂行の為ならどんな悪逆な行為だって行う所存ですの。覚悟ならできております」


 改めて真剣な顔で総統さんの目を見て差し上げます。


 私は貴方のためだけに生きますの。

 それが私の選んだ未来なのでございます。



 …………むぅ。


 それはそう、なんですけれども。


 どうしてここまで嘘偽りなくお伝えしたというのに、ご主人様はそんなにも悲しそうなご表情をお続けなさっているのでしょうか。


 使える手駒が増えたと素直に喜んでくださいまし。

 たかだか私なんかに気を遣わないでくださいまし。


 ただの苦笑いに、つい目を逸らしてしまいます。



「それが本当にお前のしたいことなら、な」


 その言葉がやけに重たく感じられてしまいました。



「……やっぱり、ご主人様はズルいお人ですの」


「だろうな。幸か不幸か、お前は考えられる側の人間だ。無駄に盲信して思考放棄しちまうようなバカではない。

俺もその辺を買ってスカウトしたわけでもあるしな。お前だって行為の善し悪しくらいは正しく判断できているはずだ。俺がいうのもおかしな話だけどな」


 言葉尻に更に苦笑なさいます。


 かなりぼやかした言い方をなさいましたが、悔しいことに何となく察しが付いてしまいましたの。


 私の葛藤を的確に抉ってきなさるんですのね。



 私だって何も考えなかったわけではないのです。


 世間的に見れば、世の秩序を守る側の魔法少女スペキュラーブルーを倒すことなんて、まず間違いなくよろしくないことなのでございましょう。


 あの子は本当に、他を凌駕するほどの絶対的なチカラをお持ちを持っていらっしゃいますの。


 ただそこにいる存在感を放つだけで、並大抵の怪人組織は表舞台に上がること自体を躊躇してしまうと思いますの。


 実際、ほぼその通りになっておりますし。


 彼女が睨みをキかせているせいで、私たちを含めた世の中の怪人勢力は、誰であってもコソコソと陰に隠れて活動する他にないのです。


 けれども、もしも。


 あの子が私に、つまりは怪人組織勢力に負かされてしまったと世に知れ渡ってしまえば……?


 その事件を軸に、世界のパワーバランスは一気に均衡を崩してしまうかもしれません。


 単に各地の群雄たちが割拠し始めるならまだよし、下手すれば有象無象や魑魅魍魎までもが一斉に大運動会を始めてしまうくらいの危険性を孕んでいるはずです。


 今以上に、不幸になる人が増えると思われます。


 それを軒並み知らんぷりできれば、気持ちも、ずっと楽なのでしょうね。


 正直に言って、複製さんに勝っても負けても、どちらに転んだとしてもきっと後悔が残ってしまうような気がしております。


 であればこそ、ですの。


 やらぬ後悔よりもやる後悔を選びたいです。



「かつてご主人様が私に仰ってくださいましたわよね。〝ブルーは強い存在〟だと。けれども私、実は今でもその言葉を信じきれてはおりませんの。

いつまで経っても非情には成りきれませんし、人の死はずっと悲しいモノのままですし、怖くて考えたくもありませんし。それでも前に進もうと、必死に己を鼓舞するしかないのです……っ」


「……だろうな」



 本当は不安で不安で仕方ありませんの。


 もしもオリジナルが複製に勝てなかったら、オリジナルの存在意義って何なんですの?


 〝元〟魔法少女だった私の〝過去〟は?


 そこから今はと続く〝現在〟は?


 これから先の〝未来〟は……?



「……私はやっぱり弱い女ですの。ずっと中途半端なままの、令嬢にも隷嬢にも成りきれなかった、ただ不完全なだけの存在ですの」


「――そんなヤツだからこそ、目を焼くほどの眩い閃光も全てを包み込む常闇も、どちらにも愛されてるんだと俺は思うんだ」



 総統さんが諭すようにお続けなさいます。


 ただ黙って、その目を見つめさせていただきます。


 

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