半分は趣味のアルバイトにございます
トンデモなく身体が重いですが、半身を起こしてベッドのヘッドボードに寄りかかります。
……なんとなく思い出してきましたの。
カメレオンさんとの本気鍛練でボッコボコにされて、黄泉川の向こう岸が見えるレベルで気絶してしまって……。
あの後はきっと茜かカメレオンさんが病室まで運んできてくださったのでしょう。
また今度お会いしたらお礼を申し上げませんとね。
ふぅむ? いやちょーっとお待ちくださいまし?
メイドさんってば、サラっと四日目の朝とか何とか仰いませんでして!?
今は翌日ではないんですの!?
合計三日もずーっと寝たきり!?
私そんなに長く眠り呆けてしまっていたんですの!?
御伽噺のイバラ姫もビックリな事実発覚です。
確かにほんの少しだけ髪がベタベタしておりますの。
きっとお風呂で流せていないからですわよね。
けれども身体の方はそこまでベタベタしておりませんの。むしろ擦り傷だらけだったお肌も、スベスベの一歩手前にまで回復できているようです。
おそらくはハチさん印の病衣に着替えさせていただいたおかげか、私の眠る間に蜂蜜マッサージでも施してくださったのか、あるいはその両方か。
どちらにせよ極端な筋肉痛以外は完璧ですの。
人間寝貯めはできないとよく聞きますが、このお目覚めのスッキリ具合からすれば、実に上品な睡眠を貪り尽くせた気がしておりましてよ!?
ほら、この通り、腕を伸ばしておおあくび――
「うっツツぅ……にしても過去最高レベルの筋肉痛ですわねぇ……。腕もお腹も千切れてしまいそうなくらい痛いですの……ほんの少し動かすだけでも激痛が走りますの……!」
寝起きがてらにグイと伸びをして差し上げたいところでしたが、上腕二頭筋も三頭筋も軒並み悲鳴を上げてしまいました。
どうやら私、かなりの無理をしてしまったみたいです。
こんな調子では、すぐに完全復帰とはいかなそうです。
凹む代わりにへにゃんと膝を抱えておきます。
お布団が変にもっこりとしてしまいました。
大部分がベッドからズリ落ちてしまいます。
「あらあら。寝相がよろしくないのは本当に昔から変わりませんね」
すぐにメイドさんが駆け寄ってきて、乱れたお布団を整えてくださいましたの。
「メイドさん。そのお格好、どうなさいましたの?」
いや、とってもお似合いですけれども。
私のメイドさんがメイド服を着ていないのであれば、それはもう〝元〟メイドさんとお呼びするしかないかもしれませんの。
それとも〝新〟ナースさんとでもお呼びしたほうがよろしくて?
なんだか礼儀正しい口調も相成って、ハチ怪人さんとキャラが被ってしまいそうです。
メイド服に袖を通していらっしゃるのが我が家のメイドさんで、白衣に身を包んでいらっしゃるのがハチ怪人さんなんですの。
どちらも白衣の天使と化してしまったら需要が被ってしまうではございませんの。
私のじとーっとした視線に気が付かれたのか、くるりとその場で回ってはクスリと微笑みを零してくださいました。
「どう、でしょうか? お嬢様の前でメイド服を着ていないと、少々不思議な心地ですね」
「よく似合ってますの。白衣の天使も両手でバンザイしてしまうくらいにサマになってますの。さすがは私のメイドさんですの。褒めて遣わして差し上げますの」
「ありがとうございます。僭越ながら、私めは先日からアルバイトとしてハチ様のお手伝いをさせていただいているのでございます」
「はぇっ? アルバイト?」
貴女、実はお金に困っていらっしゃいましたの?
もしかしなくとも私の実家からのお給金が断絶されてしまったせいでしょうか。
これって給料未払い何年分のお話になりますの!?
私も慰安要員として総統さんからお気持ち程度のお勤め報酬はいただいておりますが、さすがに彼女を養えるだけのお金は稼げておりません。
くぅぅ……これでは雇い主失格ですわよね……!
正直ノーマーク過ぎましたの……!
まさかメイドさんがお金を欲しがっていただなんて……!
いきなり襲いくる債務負荷にほんの少しだけ眉間に寄せてしまいましたが、対するメイドさんはにこやかにお続けなさいます。
「ああ、もちろんのことご心配なく。半分は趣味のアルバイトにございます。お嬢様のお世話を怠るつもりは毛頭ございません」
「あら違うんですの? それでは何故に?」
「リハビリも退院も無事に終えた今、何も成さずにこの地下施設に居座り続けるわけにもまいりません。
そこで総統閣下様に何かできることはないかをお尋ねさせていただいたところ、この医務室エリアでのお仕事をご紹介いただいたのでございます」
「ふぅむなるほどなるほど……」
寝たきりから回復して自由になれた一方で、何もせずにぐうたら過ごすだけの日々に罪悪感を覚えてしまったのでしょうか。
まーったく律儀で生真面目さんですの。
寛大な総統さんに甘えて、砂糖水よりも甘いお汁をちゅーちゅーと吸い続けさせていただけばよろしいですのに。
それこそメイドさんには、数年は休んでいただいても構わないくらい、たくさん尽くしていただいたのです。
今後もあくせく働けなんて言うつもりもありません。
……でもおそらくは、長らくメイドとして勤めてきたご奉仕根性が怠惰を許さないのかもしれませんわね。
誰かに尽くしてこそ我が人生、的な感じでしょうか。
そのお気持ちも分からないでもないですけれども。
私だって基本的には組織の皆さまに癒しを提供する側の人間なんですもの。
メイドさんとはまた別口の、自己献上欲の塊みたいな存在なのです。
先に断っておきますが、魔装娼女業はあくまでサブ中のサブですのっ。別に私は闘う鉄の乙女になりたいわけではございませんのっ。
むしろハチ怪人さんのような、本当は物凄く強いのに、あくまで医者として研究者として組織の裏方業に努めていらっしゃる方のほうが何倍もカッコよく見えてしまうくらいですのっ!
「ハチ様に沢山の物事を教わることができて、私めも大変充実した毎日を過ごさせていただいております」
「それは何よりですの。ちなみにそのハチさんは今どちらに? さっきからお姿が見えませんけれども」
四日間も眠り続けた患者がやっと目を覚ましたとなれば、あの人の性格的を考えればすぐにでも跳んできそうな気がいたしますけれども。
なんだかんだでハチさんはとっても面倒見のよろしい方なのです。
ですが、こちらもまた珍しいですわね。
少なくともこの病室内にはハチ怪人さんのお姿は見当たりません。そして来る気配も微塵も感じられませんの。
キョロキョロと辺りを見渡しておりますと、メイドさんがほんの少しだけ顔に陰をお作りなさいました。
ふぅむ? 何ですの?
いきなり漂い始めた、ほんのり不穏な気配……?