んぶぇッぐッ!?
私の得意なスタイルを保ちつつ、多量に扱えるようになった黒泥を、今まで以上に柔軟に使いこなすための戦闘方法、ですか。
そんな画期的な方法、簡単に思い付けるなら既に実行に移してますのっ。ポンと思い付けないから悩んでるんですのっ。
鍛練の真っ只中こそ、己の閃き神経をダイレクトに刺激できるまたとないチャンスと言えましょう。
ぎゅっと目を閉じて必死に頭の中をフル回転させますの。
「えっと……私の得意となりますと……焦らし……? もしくは我慢……あるいは耐久……一発逆転……一撃必殺なんてのも……ふぅむぅ……」
バトルの基本は奇襲か闇討ちか、たとえ初動に失敗したとしても、随時隙を伺ってベストなチャンスを計りますの。
というより毎回毎回スタートが上手くいくとも限りませんし、むしろ上手くいくが稀でしたし、なんやかんやあっても結局は持久戦に雪崩れ込んでしまうのが私の常なのです。
それに加えてもう一つ大事なことがございます。
敵さんのペースには合わせないという作戦ですの。
たとえ実力の差が開いていたとしても、いついかなるときでも戦況を正しく判断するように努めて、更には盤上全てを見渡せるほどの余裕が持とうと心掛ければ……。
あとは頭脳と閃きでいっくらでもカバーできますの。
それこそ他を凌駕する圧倒的なパワー自体はそこまで必要ではなくて……むしろその逆、お相手さんの努力も全て無に帰してしまうな牽牛さを、つまりは〝防御〟に特化したチカラのほうがもっとずっと必要ではありませんでして……?
あと、コレはおそらくのお話なんですけれども。
攻撃手段か防御手段か、汎用性が高いのもきっと後者なのでございます。
ダメージを負わなきゃどうとでもなりますの。
目の前のカメレオンさん相手と今後相対するスペキュラーブルーさん相手では、考慮すべきポイントも変わってきますでしょうし。
各々の攻撃方法が異なれば、もちろんのこと推奨される距離間やら戦法やらも変わってくるはずです。
ともなれば、私はどんなお相手にも柔軟に対処できるような、またどんな攻撃をぶつけられても上手く捌いてしまえるような、そんな身を固めるタイプの黒泥戦法を編み出してみたほうがお得なのではございませんでして……!?
コレは研鑽のための鍛練なんですもの。
思い付いたことは全部試してみましょうよ。
「おっけですの。今頭の中を切り替えましたの。やるべき方向も見えましたの」
まずは黒泥の限界値から見定めてみましょうか。
今の私には何ができて、逆に何が難しいのか。
溢れんばかりの力に身を任せるだけではダメなのです。
スペシャルなパゥワァーは正しく使いこなしてこそですの。
ただの脳筋は乙女らしくないのです。
「で、だ、青ガキ。深々と物思いに耽ってるとこ悪ィンだが」
「ふぅむ? 何ですの? 今がイイところなんですのに。私も私になりに知恵を絞り出しているんでしてよっ?
もう少しだけお待ちいただけませんことっ? あとちょーっとで考えがまとまりそうな予感がしてるんですのーっ!」
「おうよ。ンだが、身動きを封じられた状態で考え事たぁ随分と余裕そうだナ」
「はっ」
言われて気が付きましたの。そういえば私、カメレオンさんに四肢を拘束されていた真っ最中でしたわね。
地に足が着いておりません。宙ブラリンコ状態です。
とはいえもがいたところで抜け出せるわけもございませんし。せめてもと目をカーッと見開いて、彼に抵抗の意を示して差し上げます。
……案の定、あんまり効果はなさそうですわね。
「いやぁナ。ただ眺めてるだけの俺でも、お前が必死に頭を使おうとしてンのは伝わってる。ンだが今が戦闘中だってことも忘れンナよ? お前、実戦でも同じ隙を晒すつもりか?
っつーわけで罰そのイチだ。その身体で直に覚えやがれ」
「ふぅむ? あ、ちょっと! いきなり乙女のお腹に足なんて擦り付けて何を――んぶぇッぐッ!?」
一瞬、自分が何をされたのか分かりませんでしたの。
ふっと目の前のカメレオンさんのお姿がプレたかと思えば、急にお腹の辺りに強烈な圧を感じてしまったのです……!?
ふぇ、あ、今、私……?
トンデモないチカラで蹴り飛ばされて……ッ!?
それこそプレイルームの端から端へと一直線に吹っ飛ばされておりませんでしてぇッ!?
気付いたときには遅すぎましたの。
瞬く間に辺りの景色が流れていくのです。
一瞬だけ茜の心配そうな顔が見えてしまいました。
ですがそれもすぐに視界の隅に消えてしまいます。
こんな無理難題な速度で飛ばされてしまっては、即座に振り返ることも、まして受け身を取ることなんてのも、叶うはずがございません。
この思考の直後にでも背中から壁に打ち付けられて、衝撃で肺の中の空気が一気に押し出されて、呼吸もままならない状態になってしまうまで、きっとあとコンマ1秒足らず――
「……あら? 別に、何ともないですの」
――とは、なりませんでしたの。
何故だかほとんどノーダメージだったのです。
背中の感触がやたらと柔らかいことだけが分かります。
少なくとも触れているのは固い壁ではございません。
おまけに床からも少しだけ浮いてしまっております。
これ、ホントにどういう状況なんですの?
もちろんのこと蹴られたお腹は痛みますが、私も腹筋が板チョコ一歩手前な見た目になるくらいには鍛えておりますもの。
そちらは別に大したダメージではありませんでしたの。
むしろ一切の受け身を取れなかった背中に、重篤なほどのダメージを受けてしまうかと思っていたのですけれども。
待てども予想した衝撃は訪れず、代わりにふんわりとした何かが私の身体を優しく受け止めてくださったのです。
「……ほう。なるほどナ。そっちのほうがずっと使えそうだ」
「へぁっ? え? えっと? 私に何が起きましたの? 何で私、壁に叩き付けられておりませんの?」
戸惑う間に、壁から身体がゆっくりと離れていきます。
トスン、と。
綺麗に足裏から着地してしまいました。
未だに訳も理屈も分からない状況ですが、己の手のひらを見つめてみてもやっぱり何も変わりません。
恐る恐る振り返ってみれば、そこには。
「なぁんでいつの間に黒泥がっ!?」
私がぶつかるはずだった壁一面に、半透明の黒泥クッションがべったりとへばり付いていたのでございます……ッ!?
違和感に気付いたのとほぼ同時に。
胸のブローチがチカチカと主張激しく点滅しましたの。
「ふっふっふっ。これが新装備の真骨頂ポヨ。いわゆる〝自動防御〟ってヤツポヨね。たとえ美麗の反応が間に合わなくても、ポヨの方でカバーしてやれるようになったポヨ。つまりは今まで以上にッ! 美麗は相手の動向に集中できるってことポヨよッ!」
「なななんとっ……自動防御……!?」
それこそ私が求めていた新能力ではございませんかっ!
なんとジャストな発動タイミングッ!
なんとスペシャルな知覚タイミングッ!
推察するに、咄嗟に黒泥クッションを生成して私の身体を優しく受け止めて、生じた衝撃をどっぷりと吸収してくださったらしいのです。
「ってことはポヨが助けてくれたんですのよね?」
「うむポヨ。というわけで咄嗟の防御は任せろポヨ。ちなみにこんなこともできるポヨよっ!」
胸ブローチが自信満々にキランと煌めきなさいます。
あら、するとどうでしょう。
壁面の黒泥クッションがひとりでに蠢き始めましたのっ。
私、まだ何の命令も飛ばしておりませんでしたのにっ!