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一口くらい食べても……バレませんよね?

 

 駆ける道すがら、小暮さんは欠かさず店々の店員さん方に手を振っていらっしゃいます。


 その様子に笑顔で手を振り応える方や気さくな挨拶を投げ返す方、


「茜ちゃーん、こんちは。これ持ってきなー。朝採れレタスの小さいの、売れ残り悪ぃけんどさ。ほいっと」


「うおっととっ。おっちゃんありがとー」


 中にはその店の商品を投げ渡す方までいらっしゃいました。

 ちなみにこちらは捻り鉢巻の八百屋さんです。


 放物線を描いて投げ渡されたビニール袋を、茜さんは空いた片手で綺麗に受け取りました。素晴らしい運動神経ですの。



「うっししー、今晩はサラダ確定だぁ」


「皆様と仲がよろしいんですね」


「うん。ちっちゃな頃からずーっとお世話になってるからねー。私にとってはみぃんな家族みたいなもんだよ。

で、それはそれとして。はい着きました。ここが目的地の揚げ物屋さんです」


 手を引く彼女の足が止まりました。

 見てみた目の前には大きな揚げ物の看板がございます。


 あまり大きな店舗ではございませんが、商店街の一角に設けられたその店から油の香ばしい良い香りが漂ってきておりますの。


 数々の揚げ物が並べられた商品棚の向こう側で、白い割烹着姿の女性が店番をしていらっしゃいます。


 振り向いてこちらに気付かれました。



「茜ちゃんいらっしゃい! あら、その子は?」


「ヘイこっちら今日転校してきた蒼井さん!

ただ今は商店街の紹介巡り中!」


「あら、それはそれは。それじゃ揚げたての美味しいの出さなきゃウチの店の株が下がっちゃうねぇ。ちょいとお待ちよ……」


 そう仰ると、何やら銀色のトングで商品棚をガサゴソとしていらっしゃいます。摘まんだものを小さな紙袋に移します。



「ほら。さっき揚がったばかりコロッケとメンチ持ってきな。今日はサービスということで。これから晩御飯の惣菜はウチをご贔屓に」


「おお、さっすがおばさん。見た目に則して太っ腹〜」


「見た目は余計よ」


 うふふ。たしかにとても恰幅のよろしいお姿ですもんね。

 決して声には出せませんけれども。


 わざわざ私のために無償でご提供いただいた感じなのでしょうか。なんだかとっても申し訳ないのです。


 すぐさまにぺこりと頭を下げさせていただきます。



「あの、ありがとうございます。家の者にもしっかり伝えておきますの」


「うんうん、よくできたお嬢さんだねぇ」


 手渡された紙袋は小暮さんが受け取りました。


 出来立てほやほやなのが見て分かります。

 紙袋の上からでも湯気が立っておりますもの。



「えへへーおばちゃんいつも悪いね〜。今度はちゃんとお財布用意してくるからっ、またよろしく!」


「はいはい。毎回タダだとうちの店潰れちゃうから、次はよろしく頼むわねぇ」


「ほっほーい!」


 含みのある言葉の割におばさまの顔はニコニコしていらっしゃいました。


 普段から何かに付けてサービスするような商売方法なのでしょう。人柄の良さが伺えます。



「そいじゃせっかくだしアツアツのまま食べようよ。ちょうどそこにベンチあるし」


「いいですわね」


 指差された方を見てみると店の斜め向かいにはちょっとした休憩スペースが用意されておりました。


 商店街の中には座って休めるベンチが数ヵ所設置されており、既にいくつかはご老人の方が腰掛けられているようです。


 空いていた木製の横長ベンチに私たちも腰掛けます。



「はいコレ。メンチかコロッケかは中を開けてみてからのお楽しみ」


「ありがとうございます」


 手渡された小袋を受け取ります。

 袋の上からでもその熱が伝わってきておりますの。


 端っこをつまむ様にして手に持たせていただきました。


 小袋のキリトリ線をビリビリと割くと、中からはほかほかの黄金色の衣に包まれたモノが出てまいりましたの。


 中の具はお肉でしょうか、それとも……?



「「いただきます」」


 二人とも両手を合わせることは叶いませんので、せめてもとペコリ一礼いたします。


 そして。恐る恐る、パクリと。



「あ、美味しい……」


 外はサクサク、中はホクホク、ジャガイモの甘みが口いっぱいに広がります。こちらはコロッケのようですの。


 隣を見てみれば小暮さんのはメンチカツのご様子。

 齧られた箇所からジンワリと肉汁が滲み溢れております。



「ねー美味しいでっしょー!

オススメの理由分かるでっしょー!?」


「ええ、たしかに」


 温かくて優しい味、とでもいうのでしょうか。


 今日一日たくさん頭と体を使ったせいか、身体の隅々にまで味わい深さが染み渡ります。


 もちろん食べ慣れた高級なお料理もよろしいのですが、若干肌寒い夕方の外気も掛け合わさって、こういう身体全体で味わうのもまたオツなモノですわね。


 一口、また一口、と少しずつ味わってまいります。


 お隣の小暮さんのほうが若干ペースが早いようで、二口ほどでもう半分近くまで平らげなさっていらっしゃいました。






――と、そのときでございました。




『怪人の反応だプニ!』


『中々に近いポヨ! 茜、急ぐポヨ!』


「うわわわわっ!?」



 何やら不思議な声が聞こえたような気がいたしました。



「ふぅむ? 今、何か仰いまして?」


「なななんでもない! なんでもないよッ!?」



 小暮さんの持つ鞄の中から聞こえたような……?


 ホントに微かなモノでしたから私の聞き間違いでしょうか。

 ただでさえこの騒がしい商店街の雑踏の中ですからね。


 しかしながら、小暮さんは先ほどから何やらそわそわと落ち着かないご様子です。


 そのまますっと立ち上がられましたの。

 更にはぐぐいと鞄を手に取られます。


 と、思いきや。



「えー、あーごめん蒼井さん! ちょっとコレ持ってて!

10分……いや5分で戻ってくるから! おっけー!?」


 持っていたメンチカツを手渡されてしまいます。



「え、ええ。それはもちろんおっけー、なのですけれども」


「ありがとッ! すぐ戻ってくるッ!」


 私の返事を聞き届けたか否かという間に、彼女はもの凄いスピードで商店街の人混みの中を走り抜けていかれました。


 バッビューンという軽快な擬音が似合いそうです。

 あらまぁ、とても足がお速いことお速いこと。



「……それにしても、いきなり、何でしたの?」



 何が何やら分かりませんので、ただ率直な感想だけがこの口から漏れ出てきてしまいます。


 ポツン、と一人ベンチに取り残されてしまいました。


 もしかして急な腹痛だったり? それともお花摘み?


 それならそうと言っていただいてもよろしいですのに。

 あのご様子では摘み取るお花が散り散りになってしまいましてよ。


 とまぁ冗談はこれくらいにして、本題はお花摘みでなくともきっと何か大事な急用を思い出されたのでしょう。


 理由は分かりませんがすぐ戻ってくると仰っておりましたし。


 私もそこそこに走って少々足が疲れておりますし。

 ここは素直に休ませていただきましょうか。



 手に持つのは二つの小袋。

 片方は私のコロッケ。

 片方は半分ほど、齧られたメンチカツ。



 ご、ごくり。


 一口くらい食べても……バレませんよね?



 い、いえ、やめておきましょう。

 何だか彼女に悪い気がしてしまいます。


 それに許可なく齧るのもお淑やかではございません。


 お預けをくらったペットのワンちゃんみたいになってしまいましたが、ここは我慢のときなのです。


 私だけが先に食べ終わってしまうというのもバツが悪いですし。


 くうぅぅ……。ぐぅうぅぅ……。


 耐えようとする心とは裏腹に、私のお腹の虫はまだ足りないと矢鱈に喚き騒ぎ始めておりますの。


 ここが試練の正念場というモノですわね。

 

 

ようやく過去の物語が動き始めます。


魔法少女が入ってないやん。

どうしてくれんの?


とここ最近は特に言われそうな雰囲気だったので。

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