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だからこそ、この街のこの風景を、私は守りたいなって思うんだ

 

 その後は給食の大衆的なお味に感慨深くなったり、昼休みの猛質問に答えたりと大変忙しげながら充実した初日の学生ライフを過ごさせていただきました。


 午前は学んで午後は歌って走ってと初日からハードな一日となりましたが、なかなか悪くない生活ですわね。


 以前通っていた学校のようなお互いの顔色を伺いながら過ごす、ある種の空気の固さみたいなものは感じられません。皆さんとても伸び伸びとしていらして、気風の良い学校だということが分かりましたわ。



 そしてあっという間に迎えましたのが放課後でございます。


 お昼はあんなにグイグイと話しかけてきたクラスメイトの皆さんも、この時間にもなるとそれぞれご自身の部活動に行ってしまわれたようで、もう既に教室の中は数人ちらほら残るだけ、という状況になっております。


 私のお隣の小暮さんは……まだ残っていらっしゃるようですわね。


「小暮さんは部活動、何かなさっておりませんの?」


 机の上に腰掛けて足をぶらぶらさせていらっしゃる彼女にお声がけいたします。少々お行儀がよろしくないですが一時的なものでしょうし触れはいたしません。


「ああ私? まぁやってると言えばやってるし、やってないと言えばーやってないって感じなのかな?」


「ふぅむ?」


 なんだかどっち付かずの歯切れの悪い言い方ですのね。

 私の疑問符を拾ってくださったのか、こちらを向いてお話を続けてくださいます。



「えっと正確に言うとだね。バスケ部とかバレー部とか、あとはサッカー部からもかな。よく練習試合の助っ人とかには呼ばれたりはするんだけど、別に正式に所属してるわけじゃないんだよね。人数足りないよーってところにちょくちょく顔出してる感じ」


「結構引っ張りだこなんですわね」


「お邪魔になってなきゃ嬉しいんだけどね」



 若干の苦笑いを浮かべていらっしゃいます。


「蒼井さんはどっかに入るの?」


「うーん……どういたしましょうね」


 実際この学校に何部があるのかさえ分かっておりませんの。今度放課後ツアーを試みてみようかしら。



「まだ初日なんだしゆっくり悩むといいよー。良いとこ見つかればそこでよろしくすればいいし、無いなら無いで自由な時間を満喫すればいーし!

別に入らなくてもOKなのがこの学校のありがたーいところなんだよね。案外このままふんわりふわりなタンポポ学生ライフでも悪くないかも。……あ、そうだ」


 手のひらにぽんっと拳を打って、何か閃いたかのような素振りを見せます。



「蒼井さんこの後時間ある? よかったらこの後、街を案内してあげよっか。自由気ままに足の向くまに!」


「よろしいんですの?」


「もちろんもーまんたい!」


 快活なお返事をいただけました。


 我が家のメイドさんからは一人では何かと危ないからと言われておりまして、最低限の外出にとどめておこうかと考えておりました。しかしどなたかの付き添いがあれば話は別でしょう。


 正直なことを言うと私も家から学校に来るまでの間に見えた商店街とか、逆に家とは反対方向にあるものとか、気になる景色はたくさんあったのです。


 小暮さんの仰る通り、部活動については今後どんなものがあるか次第に分かっていくでしょうし、別に今すぐ焦って探すようなものでもないでしょう。


 それよりも今はこのご親切なご提案を無碍にするわけにはいきませんの。



「よろしくお願いいたします」


「うん。それじゃいこっか」


「はい!」



 私の言葉に彼女は机からぴょんっと降りて勢いそのままに鞄を担がれます。私も慌てて鞄を手に取りました。


 なんだかワクワクいたしますわね。別に何ともないことなのでしょうが気分はちょっとした冒険です。


 てててと小走りする小暮さんの後に続きます。





 階段を降り、下駄箱を過ぎて校庭へ出ます。


 私の通う学校はほんの少しだけ坂の上にございます。

 坂を降りたらすぐに商店街、その前の通りを歩いた先に我が家といった位置関係です。


 横に並びながら坂を下りておりますの。初日からこうやってお友達と下校できるだなんて私ったら運がいいですわね。


 あ、でも会った初日から親切にしてくださる方を軽々しくお友達と呼んでいいほど世の中は甘くないですわよね。小暮さんも良くは思わないでしょう。接し方に気を付けませんと。



「ん? どうかした?」


「い、いえ、なんでもありませんの」


 人の気配によく気がつく方ですの。

 この子の前で嘘をつこうものなら簡単にバレてしまいそうな気さえいたしますわ。


 変に思われるのも嫌ですので新しい話題にいたしましょう。



「えっと、小暮さんはこの街出身の方なんですの?」


「うん。そだよ。大してなーんの特徴もないところだけど、それがかえって居心地いいんだぁ」


 大きく腕を広げて伸びをなさいます。



「それにそこまでド田舎ってほどでもないから生活に必要なモノは大抵揃っちゃうし、ちょっと電車に乗れば都会にだって出れちゃうし。何かと住みやすい場所なんだよね。みんなこの街が大好きで、私も同じ気持ち。

だからこそ、この街のこの風景を、私は守りたいなって思うんだ」


「それじゃ将来の夢は警察官ですの?」


「ううん。別にそういうわけじゃないんだけど。気にしないで。こっちの話だからっ」


 くるっと回ってニカッと笑顔を見せられます。



「さぁほら、そうこうしてるうちに、第一チェックポイントに到着でございまーす。我が街のトレンドスポットー! ここを歩けばだいたい何でも揃うよー! その名はー!?」


「その名は?」


「ひだまり町商店街〜っ!」



 向けられた手の先を見てみれば、道路の両サイドには高めのポールが建てられており、その天辺を繋ぐかのように大きな横断幕が張られております。


 そこに大きく達筆な字で書かれているのが〝ひだまり町商店街〟の文字です。傾き始めた夕陽にちょうど照らされて、何とも風情ある感じになっておりますね。



 これはいわゆるアーケード街と呼ばれるモノなんでしょうか。ポールのその先はいわゆる歩行者天国となっているようです。


 また通路のはるか向こう側までがずっと天蓋に覆われており、雨が降っても風が吹いても気にならないような造りになっております。


 両脇に連なるテナントも八百屋さんに魚屋さん、他にも精肉店に骨董店に古本屋さんと、庶民的な店々がなかなかに軒並んでいるようです。


 その周囲には買い物袋を手に下げた主婦の方や杖をついて歩くご年配、通りの中を元気一杯に走り回っている子供たちなどなど、通行人も老若男女様々な方が歩いていらっしゃいます。



「はえー……」


 目に映るもの全てが新鮮で、今でさえ視界から入ってくる情報にと 思考が追いついていないくらいですの。



「えっと、もしかしてこういうところ来るの初めて?」


「ええ。人の出入りの激しい場所には、あまり立ち寄らなかったものですから……」


「筋金入りの箱入り娘さんなんだねぇ。私のオススメは揚げ物屋さんだよ。ほら行こっ」


「は、はい……!」


 小暮さんに手を取られ、半ば引っ張られるような形で駆け出します。

 

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