このほんのりと冷たくて
途中でメイドさんと合流したのち、私たちは最下層の司令室の扉の前に到着いたしました。
ちなみにメイドさんのお部屋にはプニも一緒に待っていらっしゃいましたの。
別に彼を忘れていたわけではございません。
どこかで合流すると思ってましたから。
どうやら茜が念話を駆使して事前に話をつけてくださっていたようてすわね。相棒同士、お互いが通じ合っていらして羨ましいですの。
……私には到底真似できそうにありません。
ぅおっほん。
感情の浮き沈みが激しいのはオトナっぽくなくてよ。
気を改めまして、ふっと大きく息を吐いて、司令室の両開きの大扉をノックさせていただきます。
特に何の確認もなく勝手に扉が開いていきました。
訪問者が誰なのか事前に分かっていらしたのか、それとも総統さんのお仕事部屋にお邪魔する者など、私たちくらいしか存在しないのか……。
いつになくゴゴゴゴ、と。
荘厳かつ重量感のある振動を感じてしまったような気がいたします。この緊張のせいでしょうかね。
つい肩に力が入ってしまっているのが自分でも分かってしまいます。少しは力を抜きなさいまし。
「蒼井美麗、ただいま馳せ参じましたの」
「よう。意外に早かったな」
お部屋の中には総統さんのお姿しか見当たりませんでした。
それも珍しく来客用のソファ側に腰掛けていらっしゃったのです。
「俺としちゃあ別にもう少しゆっくりしてくれててもよかったんだぞ。急かしちまったか?」
「いえ、ご主人様をお待たせするわけにはいきませんし。それにこの件についてはいつかは乗り越えなければならない壁と思っておりましたから。であれば出来るだけ早いほうがイイと判断したまでですの。それ以上でもそれ以下でもありませんの。ハイ以上ですのっ」
「ブルー。早口のせいで動揺が口から漏れ溢れてるぞ」
「むっ……んむぅ」
もう。総統さんったら理路整然とした私は私らしくないということですか。慣れないことはするモノではございませんわね。
彼には何でもお見通しらしいのです。
ある意味ではそのほうがやりやすくて、私もありがたいのですけれども。
彼はいつも通りの優しげな微笑みで、ヒラヒラと部屋の内へと手招きしてくださいました。
ご厚意に甘えてスタタタとお側にまで駆け寄らせていただいて、そのまま図々しくソファにも腰を下ろさせていただきましたの。
むっちりと膝を組んで座って、あえてテンション高めに宣言し直して差し上げます。
「こっほん。それでは改めまして、蒼井美麗並びに小暮茜、呼ばれて飛び出て司令室にお邪魔しちゃいましたの。更には勝手にメイドさんもお連れしてしまいましたが、よろしかったでしょうか?」
「おう。お前の付き人もこの件に関しては重要な関係者だもんな。こちらこそ気を回せてなくて悪かった。連れてきてくれてありがとうな」
「ふっふふんっ。そのお言葉だけでも大分楽になれますのっ。お気遣いありがとうございますのっ。……うぅう……優しすぎて野菜になっちゃいますのぉ……」
傍に立つメイドさんと一緒にぺこりと頭を下げさせていただきます。
本来であれば私たちはイチ慰安要員とただの部外客人でしかありません。
けれども組織のトップ様にここまで丁重に扱っていただけるとは、本来であれば感極まって咽び泣いて差し上げてもよろしいくらいなのです。
上も下も関係なくお優しいお言葉を掛けてくださるからこそ、私は貴方をお慕いしているんですのっ!
そんな貴方のチカラになりたいと思……あ、いやちょっとだけ待ってくださいまし。
泣く前に何だか少し腹が立ってまいりましたの。
さっきから図星を突かれすぎて微妙に悔しいのです。
そしてまた、不安定すぎる私の精神に喝を入れたい気分にもなってしまったのです……ッ!
最初からウダウダ言っても始まりませんからね。
図々しく開き直って、本題に移らせていただきます。
「くぅ。それでご主人様。件のポヨは今どちらに」
少々はしたないですが、顔を隠しつつも仰々しくキョロキョロと辺りを見渡させていただきます。
少なくともこの部屋の中には、私たちが持ち帰った謎の筒状機械は見当たりません。
司令室といえばいつも通りに書類の束やら紙屑やらが床一面に散らかっているだけ――あ、いえ、本日の内部は一箇所だけちがっておりますわね。
部屋の中央にドドンと設置された社長机。
その上がやたらと綺麗に片付けられているのです。
そしてまた私、気付いてしまいましたの。
天面のど真ん中に〝青色水饅頭〟の姿が見えたのです。
目を凝らしてよーく眺めてみれば、ゴマ粒のようなつぶらな目が、今まさにこちらの方に向けられているのでございます……ッ!
「……今、見つけましたの。アナタ、そこにいらっしゃいましたのね」
「…………まったく。気が付くのが遅いポヨよ。ずっとココにいたのポヨ。そしてずっと聞いてたのポヨ」
自然と、立ち上がってしまっておりました。
そうして彼に一歩ずつ、歩み寄らせていただきます。
机の縁に寄りかかって……両手で掬い上げるようにして、軽く持ち上げさせていただきましたの。
ほんのりとした重さを手のひらに感じます。
「……こうして面と向かい合って話すのは、おおよそ三年ぶりのことですわね。――ねぇ、ポヨ」
一瞬だけ身震いなさいましたが、彼も彼なりにご決心なさったのか、私の手のひらの上にぽいんと飛び乗ってくださいました。
「……ああ。ホントの本当に久しぶりだポヨ。ちなみに先日の接触はノーカウントポヨか? キチンと会話が成立していたと思えるポヨよ?」
「アレは正直半信半疑でしたもの。最初はただの妄想かと思っておりましたし」
このほんのりと冷たくて。
やたらとムニムニとした柔々な感触は。
……ああ、間違いないですの。
手のひらがつぶさに覚えているのです。
この青色水饅頭は紛うことなきポヨなんですの。