キチンと最後まで向き合いたいのです
固く結んでいた拳を解いて、カメレオンさんの手をお借りして、よっこらせっと立ち上がらせていただきました。
二人して入り口の方に視線を移します。
「どうなさいましたの? そんなに息を切らして」
茜ったらネグリジェ姿のまま走ってきたのか、ほんの少しだけ肌を赤く高揚させて、肩で息をしていらっしゃいますの。
そのままこちらに走り寄ってきてくださいます。
魔法少女の加護を受けた上でこの息切れ具合となりますと、結構な距離を走ってきたのではありませんこと?
それこそ司令室のある最下層から、この上層のプレイルームまで、とかでしょうか。
ある意味ではアジト内フルマラソンですの。
「……えっとね、えっとね……っ!」
「まぁまぁ落ち着いてくださいまし。そんなに焦らなくても私はどこにも行きませんの。それこそ生命の危機でもない限り」
「そっ、そだよねっ……ふぅー……ふぅー……ちょっと待ってね……っ」
ホントに珍しいですわね。
茜がここまで焦った様子をお見せなさるだなんて。
あの冷静かつ冷淡なカメレオンさんまでもが顔に疑問符を貼り付けていらっしゃるくらいなのです。
私も御多分に漏れずに頭上のアホ毛をはてなマークにしておきますの。最近の髪は可動式ですの。
ふぅむ。まったく何のご用なのでしょうか。
皆目検討もつきませんわね。
しばらく待っておりますと、あらかた落ち着き直せたのか、茜は最後にもう一度だけ大きく息をお吐きになりました。
「ふぅ。おっけー、もう大丈夫。お待たせ」
そう仰ると、お次にはほとんど満面に近い笑みで私の手をお掴みなさいましたの。
なんだかんだでやっぱり興奮を抑えきれないのか、私の腕をブンブンと振りながら、顔色をぱぁーっと明るめかつテンション高めにお話し始めなさいます。
「あのねあのね! ポヨが取り出せたんだって! あの変な機械の中から! しかももう話せるようにもなってるんだって! 手が空いたら司令室の方に呼んできてくれって総統が! それでね!」
「だから落ち着きなさいましって。ちょっと倒置法を多用しすぎてよく分からなくなっ――え、ポヨがですの!?」
「そう! ポヨが!」
私もまた、ほんの一瞬理解が追いつきませんでした。
ありとあらゆる考えが頭の中を駆け巡って、それらが一斉に出口へと押し寄せて、お口と喉の辺りがパンクしてしまいます。
一旦全ての言葉を飲み込みまして、今一度自分の思いを確認いたします。
先日に連れ帰ってきたポヨと……。
ポヨと、会えるようになった、と……?
いつもの私であれば〝こうしてはいられませんのっ〟と駆け出していたところでしょう。
けれども今日の私は冷静かつ慎重なんですの。
口をムッと結んで、ジーっとカメレオンさんの目を見つめさせていただきます。
残念ながら今日の修行はまだ終わっておりません。
それどころか次は負けないと、女に二言はないと宣言してしまったばかりなのです。
せっかく私のために貴重なお時間を割いて付き合ってくださっているといいますのに、こうも簡単にカメレオンさんとの鍛練の優先度を下げてもよろしいものか、と。
「ったくよぉ。そンな様子じゃ身が入らネェだろ。さっさと閣下のところに行ってこいよ。続きはまた今度にしといてやンから。ほら」
「あ、ありがとうございますのっ! 恩に着ますのっ! さっすが結社No.2の色男ですのっ!」
「ケッ」
手のひらをシッシと振って、彼なりに快く送り出してくださいました。私知っておりますの。
カメレオンさんは結構なツンデレさんなんですのっ。そして総統さんのお次にカッコいい方なんですのっ!
ともかくこれで気兼ねなく向かえるというものですッ!
ぺこりと深めに頭を下げさせていただいたのち、茜に手を引かれながら、上層のプレイルームをスタコラと後にさせていただきました。
風を切るようにして最下層への狭通路を駆け抜けてまいります。すれ違う一般戦闘員さん方から訝しげな瞳を向けられてしまいましたが、この一瞬ばかりは気に留めていられません。
今はただ、この興奮とも恐れとも期待とも異なる不思議な感情に身を任せて、とにかく走り抜けることしかできないのでございます。
走りながら、私は考えましたの。
ポヨと対峙したらどんな話をすべきなのでしょうか。
正直、自分でもよく分かっていないのです。
……スペキュラーブルーと戦っている最中に、少しは気持ちの整理ができたつもりでおりました。
しかしながら、いざこうして実際に会える機会を得てしまいますと、動揺のほうが大きくなってしまうのも事実なのでございます。
上層と中層を繋ぐエレベーターを待つ時間が、とにかくもどかしく感じてしまいました。
けれども乗り込んでみると、今度は再会の時間が近付いているという実感が、言いようもなく怖くなってきてしまいまして。
ついつい茜の服の裾を掴んでしまいましたの。
「……茜。お一つお願いがあるのですけれども……」
「ん? どしたの? そんな不安そうな顔して」
ガタつくオンボロエレベーターに乗っている最中、小声でご相談を持ちかけさせていただきました。
「……あの、メイドさんもお連れしてもよろしいでしょうか。ポヨと会うならあの人も一緒でなければダメなんですの。むしろ彼女が欠けてしまっては、私たちの止まった時が……動き出せるとは思えませんの」
「……おっけ分かった。途中で拾っていこうね」
ありがとうございますの。
改めて深々と頭を下げさせていただきます。
とても真面目そうな目で、そして優しげな微笑み顔で頷いてくださいましたの。
頼りにしてますの。貴女は私の心の拠り所ですの。
できる限りのにっこり顔を見せて差し上げたのち、彼女からは見えないように、再びシュンとした表情に戻らせていただきました。
その、茜には大変忍びないのですが……本音を申し上げれば、今日このポヨとの再会Dayを本当に心待ちにしていたかと問われてしまうと、素直にYESとは言えないのでございます。
私が魔法少女のチカラを放棄した日のこと。
メイドさんがどれほど血を流して死の淵に立たされて、私もまた、自力では立ち上がれなくなってしまうほどに痛め付けられてしまった、あの惨劇の日を……。
茜は知らないままでもよいと思いますの。
むしろ知らないままで居てほしいくらいなのです。
茜はもう、記憶の封印という辛い過去から解放されていらっしゃるのですから。
であれば私もまた、今更掘り下げる必要なんて――いえ、それではいけませんわよね。分かってますの。
むしろ向き合わなければいけないのは私たちです。
あの日を経験した者たちが、キチンと己の過去と向き合わなければなりません。
私と、メイドさんと、そしてポヨの三者ですの。
あの悲劇の原因を作ったのがポヨなのです。
そしてまた彼の愚策によって傷付けられて、三年もの月日を眠って過ごすことになってしまった被害者がメイドさんなのです。
過去のいざこざを全て忘れて、数年来の再会を素直に喜べるほど、私は聖人でも能天気でもないのです……。
かといってずっとこの心に背いて、笑顔の仮面の内側でひっそりと涙を流し続けるのも……もう二度とご免なのでございます……ッ!
「……それと、あともう一つだけ、ありますの」
「うん?」
「……私、きっと冷静では居られないと思いますの。ですから、もし私がその場から逃げ出そうとしたら、全力で止めてくださいまし。そしてただ一言〝逃げるな〟と叱ってくださいまし。
今回ばかりは、自分ともポヨともメイドさんとも、キチンと最後まで向き合いたいのです」
「……おっけ。分かったよ。任せて」
「ありがとうございますの」
ポヨと会ったらお互いに腹を割って話さなければなりませんわね。
あの日あのとき、ポヨは何を思っていたのか。
どうしてあの悲劇が起きてしまったのか。
そしてこれからは何をすべきなのか。
今日を新たな〝転機〟に変えなければなりませんの。
「美麗ちゃんなら大丈夫だよ、きっと」
ええ。私もそう信じております。
私たちは更に前に進まなければならないのです。
この程度で立ち止まるわけにはまいりません。