肉を切らせて骨を守るのです
「もしかして貴方って読心術でも使えますの? カメレオンさんってノーマルタイプではなくエスパータイプだったんですの!?」
頑張ればサイケな光線とかも発射できちゃったり?
魔法少女の光とどっちが強いか力比べしてみませんこと?
なぁんて冗談をニヤニヤしながらお伝えしてみたところ。
「何言ってンだお前。寝言は寝てから言え。このなんちゃってお嬢様がよぉ」
「むっ、むむむっむっかーッ!」
軽くあしらわれてしまいました。
私、こう見えても正真正銘の財閥令嬢なんですのっ! 泣く子も黙るお金持ちのご筆頭候補ですのっ!
いや、実家に勘当されてしまったも同然な現状では、ただの哀れな蒼井美麗に成り下がってしまっておりますけれどもっ!
それでもと意地を張り続けて、今日も健気に鍛練に励んでいるんですの。
表舞台から降りた私にだって、守り通さねばならない世界はあるのですから。
というわけでどうも皆さまこんにちは。
可憐かつ妖艶で優美な蒼井美麗ですの。
打倒魔法少女スペキュラーブルーを胸に掲げて、今日も必死に己を磨き上げております。
この二ヶ月弱で出来るようになったことといえば、カメレオンさんの拳をほんの一瞬なら目で追えるようになったことと、猛烈程度の吐き気ならギリギリ耐えられるようになったことくらいでしょうか。
地味かもしれませんが偉大な進歩ですの。
地の戦闘力が上がったかどうかについてまでは、正直に申して自信を持って首を縦に振ることはできません。
毎日のように床にすっ転ばされてしまって、それこそ何敗したか数えておりませんもの。
私に自覚がないだけで、実際はトンデモなくレベルアップしているのだと切に願っておりますけれども……っ。
それでもまだまだ足りていないというのが現実なのでしょう。カメレオンさんの実践投入のゴーサインもいただけていないわけですし。
捻くれずに真摯に受け止めて差し上げましてよ。私はもうお子ちゃまではありませんの。
今自らがすべきことを重々に理解して、軽いフットワークでキチンと行動に起こせる乙女なんですの。
大の字になってしばらく床に寝っ転がっておりましたが、深呼吸して息も整え終えたのち、もう一度よっこらと立ち上がらせていただきました。
そうしてカメレオンさんにやる気のある顔を見せ付けて差し上げます。
私、まだまだ全然やれましてよ。
「ったく。こンな生温い攻撃を喰らってるようじゃ、第一線での活躍なんて程遠いモンだゼ。イチから修行のし直しだナ」
「おっす! おなしゃすですの! バッチバチにしごいてくださいまし。私はッ! 今よりもっともっと強くならなければいけませんゆえにッ!」
乙女たるもの、お相手にナメられたら終わりですからね。こちらから舐めさせて差し上げるくらいの余裕を見せつけられるようになりませんと。
重心を低くして、飛んでくるカメレオンさんの攻撃に備えます。
避けられるモノであれば避けきりますの。
どうしても避けきれないのであれば受け流しますの。
それさえも無理なら、せめてもと急所を外してダメージを最小限に抑えておきますの。
肉を切らせて骨を守るのです。
そういった咄嗟の対応に磨きをかけることで、総合的な戦闘力向上を図っているところもあるのです。
今は効率の良さよりも場数を重視ですの。
それをお互いに理解しておりますから、こうした毎日の鍛練が非常に大事になってくるわけですし。
カメレオンさんの踏み込みを直感的に察知して、あえて私も床を蹴って急接近いたします。
パンチもキックも振りかぶらなければ強い一撃は放てませんの。その予備動作さえ封じてしまえば、万が一の被弾の際にも、ダメージを最小限に抑えることが可能となるのですッ!
握られた右拳には掌底を押し当てて勢いを殺します。その上でタックル気味に身体を押し当てて、面でお相手の攻撃を抑止いたします。
基本となる前衛防御術そのイチですの。
初手から相手のしたいことをさせない戦い方ですの。
「ふっ。私も少しは成長いたしま――」
「たくに反応自体は悪くネェ。ンだが地面から足を離すな。完全に宙に浮いちまったら踏ん張れネェからナ」
「くっふぅぅうッ!?」
うそっ、膝を用いてのノーモーション足払い!?
更には力任せの無理矢理気味な体軸ベクトル変更ッ!?
ゼロ距離で身体を押し付けていたはずでしたのに、股下に強引に膝を捻じ込まれてしまい、グイとそのまま、つま先の位置をズラされてしまいます。
そのせいか、再着地の際にほんの少しだけバランスを崩してしまいました。
本来であれば倒れ込むほどのことではありません。けれどもその一瞬の隙を逃されるほど、カメレオンさんは甘くはありませんの。
目では追えているはずですのに、身体が、反応が、全然に追い付かず……っ!
次の瞬間には、心臓のすぐ目の前に、固く握り締められた左拳を突き付けられてしまいました。
寸止め、でしたの。
これが実践なら即終了してましたの。
こてんと尻餅をついてしまいます。
「今の一瞬で三度は死んでると思え。敵の攻撃手段が〝光〟なら尚更だナ。防御っつーのはその場凌ぎの対処じゃァなく、二手先三手先の行動まで制限させて、都合の悪ィ攻撃を撃たせなくするためのモンだ」
「お、おっすですの。改めて肝に銘じ直しましたの。次は失敗しませんの。女に二言はありませんの!」
「当ったり前だ。逃げ腰なんかで強くなれたら苦労しネェわナ。もっと殺す気で来い。お前にヤられるほど俺はヤワじゃネェからよ」
その頼もしさ、存分に利用させていただきますの。
いつか必ずアナタを超えて差し上げるのです。
いえ、むしろさっさと追い越して、私の力でこのアジトの皆さまを守れるだけの強さを必ず身に付けなければなりませんのっ。
床にお尻を付けながらも、ありったけの決意を込めてぎゅっと握り拳に力を込めた、まさにそのタイミングのことでございました。
「――もしもーし、美麗ちゃん、いるー!?」
プレイルームの入り口の辺りから、茜の声が聞こえてきたのでございます。