目の付け所が中々におシャープなのです
魔法少女スペキュラーブルーと対峙してから、おおよそ一ヶ月……いえ、二ヶ月が経過いたしましたでしょうか。
私、蒼井美麗は多忙なる日々を過ごしておりますの。
ここ最近は寝ても覚めても鍛練の嵐になっているのです。
お腹のシックスパック化なんてのはもう通過儀礼のお一つで、今ではこう、腕をグッと曲げるとチカラコブがボコッと……とまではさすがに過言でしたわね。
さすがにゴリゴリのマッチョぅな身体にはなっておりませんの。
せいぜい体脂肪率を胸を張って誇れるくらいになったくらいでしょうか。
ボンキュッボンまで秒読み段階です。
まったくもう。乙女というのは多少お腹にお肉が乗っかっているくらいが一番可愛らしいんですのに。
そのほうが抱き心地もよろしいでしょう?
何事も丁度いいがベストなのでございます。
「……はぁ。それにしても困っちゃいますの」
ホントに、怠惰な日常とやらはどこに消えてしまいまして?
お昼過ぎまで眠り呆けられるあの堕落した日々が懐かしく思えてしまうほどなのです。
私、手持ち無沙汰になるくらいなら、多少は忙しくてもとは思っておりましたけれども。
まさかここまでギッチギチのスケジュールを詰め込まれてしまうとは……ッ!?
「はぁぁん。私も罪な女ですわね。モテモテですの」
というわけで、今日も今日とて上層のプレイルームにて、戦闘力の優れたカメレオンさん相手に拳と拳をぶつけ合う真剣修行に勤しんでいるんですの。
もうホントにやれやれな気分です。
「おいコラ。勝手に手と足を止めるんじゃネェ。隙を見せたらヤられンぞッ! こんなふうにナッ!
「あ、待ってちょっと今のはタンマです――ぐっふぅッ!?」
カメレオンさんの怒声が耳に届いたかと思えば、その次の瞬間には、まるで時の流れが遅くなったかのように、視界が一斉にクリアになりましたの。
えっと……? 眼前には呆れ顔のまま溜め息をお吐きなさるカメレオンさんが、綺麗に上下逆さまになっていらして……?
――あ、ちがいますの。
これ、間違いなく私の身体が宙を舞ってしまっているようですわね。
ふと余所見をしていた一瞬の隙を突かれ、カメレオンさんにキツゥい足払いを入れられてしまったのだと思われます。
無重力下で冷静に分析するのも束の間。
また次の瞬間には広い天井が見えましたの。
その直後には、背中へ強い衝撃がやってまいりましたの。
まるで走馬灯のように……ッ!?
「うっぐぇぇっ……今の、は、打ちどころが……ホントに、息がっ……出来なぁ……」
受け身をミスしてしまったせいで、肺の中の空気が一気に押し出されてしまったのが分かります。
しかもそれだけでは終わりそうにありません。
おまけにさっき食べたばかりの朝ご飯もお口からコンニチハしそうなのです。
というより今まさにソレが、うぐっ、胃から食道を逆流して、お口の方へ押し寄せて……ッ!?
「ダメだ吐くナ糞青ガキ。何度床を汚せば気が済むんだ。少しは気合いで耐えてみせろ。まッたく貧弱女がよぉ」
「うっくっ……か弱い乙女には、優しくするのが殿方というものでしてよっ……げふっ……」
誰のせいでゲロ慣れしてしまったと思うんですの。本当に誰のせいでっ。
貴方のスパルタのせいで、血反吐を吐くより先にリバースしてしまう体質になってしまったんですのよ!?
いえ、吐き癖はわりと昔からですけれども。
何ならキツイお言葉やダメージを受けてしまう分、充分な休息もいただけておりますけれどもッ!
実際のところアフターケア自体はしていただけているのです。この鍛練のおかげで、毎日ぐっすりと眠れておりますの。
むしろここ最近はお風呂がとても心地よく感じられておりますし、ご飯もとっても美味しくいただけておりますけれどもっ。
それでももう少しくらいか弱い乙女扱いをしていただいても、バチは当たらないのではっ!?
「……んっぐぅぅ……ごっくん……ふぅ。にしても今のはマジで危なかったですの。あと一瞬遅れていたらガチでゲロってましたの。
っていうかいっつも吐いてしまうのは貴方が執拗にお腹ばっかり狙ってくるからでしょうっ!?」
「相手の弱点狙うのは戦いの基本だ。アホっ面晒して隙を見せてンのがワリぃ」
「……ぐぅぅぅ……ド正論んんんッ!!」
おゲロと一緒に悪態も飲み込んでおきます。
実際のところぐぅの音も出ないご返答ですの。
つい今の今に出かけちゃいましたけれども。
喉の奥のほうがほんのりと苦いですが、全部ぶち撒けてしまうよりはマシでしょう。
改めて体制を整えて構え直します。
ふっふん。今度は簡単にはヤられませんの。
キチンと受け流して差し上げましてよ。
……ん? いや? 待てよ、ですの。
いっそのこと何も気にせずに吐き散らかしてしまったほうが、しんどい鍛練も中断できて、今すぐに休憩タイムに移行できるのではありませんでして……?
ちっぽけなプライドなどはさておきつつ。
この際ですから、次に転ばされてしまったときはあえて大袈裟にやられたフリをして、故意に背中から落っこちてしまえば、今だったら簡単にリバースできるのではありませんでして……!?
「お前まーた余計なコト考えてンだろ。さっきから顔にダダ漏れしてンぞ」
「うっ。そんなにジロジロ見ないでくださいましっ」
正直に言って図星そのものでしたの。
中々に痛いところをご指摘なさいますわねこの人。
目の付け所が中々におシャープなのです。伊達にカメレオン怪人を名乗ってはいないというでしょうか。