転校あるある
給食とは何か。それについてはメイドさんから然と話を聞いております。たしか教室の前側にご用意された食事を、まるでベルトコンベアの一員になったかのように次々に器に装っていただけばよろしいのですよね。
見るのも行うのも初めてなので戸惑いの方が大きいのですが、何事にもまずはチャレンジですの。既に出来上がっている列を見る限り特に順番は決まっていなさそうなので、私も程よいタイミングでまいりましょうか。
と思っていた矢先でございました。
「蒼井さん! よかったら一緒に行こっ!」
隣の席の……えっと、小暮さん、でしたわよね?
やたらちみっこいのが特徴の可愛らしい女の子からお誘いをいただきました。私の困り具合を察して声をかけてくださったのでしょうか。お優しい方ですのね。
「……あっごめん、そういえばなんだかんだで自己紹介まだだったよね。私、小暮茜! よろしく!」
「あらこれはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いいたします。蒼井美麗と申しますの」
咄嗟のことでしたがすっと上品にご挨拶を返します。
よかった、小暮さんで合っておりましたわ。
「ふぅ、ちゃんと話しかけられたー。授業中、なんか全然困ってる様子もなかったし、いつどのタイミングで話しかけようか結構悩んじゃってたんだよねー」
あははー、と少し照れたように微笑んでいらっしゃいます。
なんというか、話す言葉全てに裏表がないといいますか、心のまっすぐなご様子が肌で分かります。なんだかこの人とは仲良くなれそうな気がいたしますの。
「えっと、お恥ずかしながら前の学校とは少々仕組みが違っていてよく分からなくて。よろしければご一緒させていただいても?」
「うん! もちろん!」
明朗快活なお返事と共に自然な素振りで私の手を引いてくださいます。人の懐に入るのがお上手な方ですわね。頼りになりますの。小さいですけど。
小暮さんに手を引かれ、列に並んでいる最中に大雑把ながらこのシステムについてご説明をいただきました。なるほど、配膳する側は週替わりの持ち回り制なんですのね。いつもやってもらう側でしたので新鮮ですわ。
プレートに様々なおかずを乗せていただいてから自席に戻ります。隣の小暮さんはやたら大盛りな器が多いような気がしますが、きっと育ち盛りなのでしょう。
自席に腰を下ろしたその刹那でした。
まるで私が来るのを待っていたかのようにクラスメイトの女子の皆さんがわらわらと集まってきたのです。その数7〜8人くらいでしょうか。私の周りを取り囲んでいらっしゃいます。
なんですの? これがかの有名な集団リンチなるものですの!? とも一瞬思いましたが、取り囲む皆さんのご機嫌なご様子から察するにそういう雰囲気ではなさそうですわね。
「ねえねえ! いくつか蒼井さんに質問してみちゃってもいい?」
取り囲む女子のうちのお一人がそう仰います。ははーん。これは噂に聞いた転校あるあると言うものですか、どうやら職員室と同じ質疑応答の流れのようですね。
「え、ええ、お好きにどうぞ」
お一人お一人に同じお話を何回もするより効率がよろしいですもの。さすがに全部お答えられるかは分かりませんが、どうぞお好きにご質問なさっていただいて構いませんわ。
ぎこちないながらも微笑みを返すと、周囲の女生徒さん方の表情がぱぁっと明るくなりました。
「それじゃまず一つ目! 蒼井さんってなんでこんな時期に、それもこんな辺鄙な学校に引越してきたの?」
「お父様の仕事の都合で、ですわね。通う学校については既に決められていたようでして。私はその意向に従ったまでですの」
「あーそっか転勤かー、大変だったね」
正確に言うと転勤ではないのですが、今訂正して話をややこしくするのも大変なのでそういうことにしておきましょう。
大した問題でもございませんし。
たしかにこんな5月という中途半端なタイミングで転校してきたとあれば理由が知りたくなるのも分かります。
「じゃあ彼氏は? 居たことある!?」
おおー、いきなり話が変わりましたがこういう会話を待ってましたわ。これぞ女子トークなるものなんですのね!?
しかし残念ながら私は面白い話題を提供できるほど人生経験豊富ではございません。
「いえ、生憎そのような殿方はおろか、出会い自体もございませんでしたの。通っていたのが女子校だったもので」
憧れこそありますが、なにより実家ではお父様やメイドさん方から何度も釘刺されておりました。彼ら曰く、学生の本分は勉学である、とのことですの。別に恋愛も禁止はされてはおりませんでした。
ただ、私自身実は恋心なるものを未だよく分かっておりませんの。実際彼氏彼女とはどういう状態のものなのか想像もできていないのが現状と言えるでしょう。
「きゃー! やっぱり本物のお嬢様だー!」
何をどう解釈されたかは分かりませんが、数人の取り巻きの方々が騒いでいらっしゃいました。
盛り上がられているところに水を差すのも悪いですし、仰られていること自体もまぁ間違ってはおりませんのでこちらもこのままでよいでしょう。
「えっとね、じゃあ前の学校の部活は?」
今度は別の方からのご質問です。これだけ人数が居らっしゃいますと一息入れる間もなく矢継ぎ早に飛んできますのね。
「ご期待に応えられず申し訳ありませんが、部活動には所属しておりませんでしたの。以前通っていた学校では生徒の皆さんそれぞれご自分の習い事がお忙しいようで。学校行事としてそこまで部活動自体があまりお盛んではございませんでしたね」
「へぇー、じゃあその習い事とかは?」
「それでしたら私は茶道と華道、それに弓道と新体操を少し。あと幼い頃からピアノとヴァイオリンのお稽古はございましたね」
「うわぁ、なんかそれっぽいー!」
全て教養レベルですけどね。プロは目指しておりませんでしたし、それなりに身に付いた今では定期的な稽古もございません。
あ、そうですの。生活を心機一転したことですし、何か新しいことを始めてもよいかもしれません。
「それじゃそれじゃあ」
まだありますのね。お好きにとは言ったもののかなりの雨嵐ですわ。この調子では後ろにあと2、3人は控えていそうです。
「ほらそこー、勝手に盛り上がらないのー。蒼井さん困っちゃってるよー?」
「「あっ……」」
様子を見かねたのか小暮さんが助け舟を出してくださいました。並ぶ女生徒の間から顔だけを出して言葉を続けます。
「せっかくの給食が冷めちゃうかもだから、また後でにしようねー」
「あ、うんそうだね。ごめん蒼井さんまた後でっ」
「はい。皆様まだまだ話し足りないでしょうから、またお時間あるときにいつでもお越しくださいまし。
小暮さんも、お気遣い感謝いたしますの」
「どいたまどいたま〜」
亀のようにすっと首を引っ込められます。気配り上手な優しい方ですの。
周りに集まっていたクラスメイトの皆さんは徐々に自席に戻られていきまして、また再び私と小暮さんの二人だけになりました。
「別に構ってもらえなくて寂しかったからお話終わりにしたわけじゃないよ?」
「ふぅむ? どういうことですの?」
「えと、あー……今のは冗談だから気にしないでってこと」
「?」
よく分かりませんが、分かりましたの。
気の抜けた生返事をお許しくださいまし。