一緒に湯巡りいたしませんこと?
――カポーン、と。
風呂桶の音が大浴場内に響き渡ります。
別に私が奏でたわけではありません。
ほら、お風呂回って意図もなくそういう雰囲気音が鳴りますでしょう?
察してくださいまし。
「……はっ……ふぅー……」
というわけでただいまの私は大きな湯船の中におりますの。ゴツゴツの岩肌に背中を預けております。
淑女たるモノ、どんなに焦っていたとしても入浴のマナーは守らせていただきました。
早々に風呂に飛び込むだなんてのは以ての外、まずは身体がビックリしないようにかけ湯を浴びて、その後に頭と身体も綺麗に洗ってから、ようやく湯船に入れるのでございます。
折り畳んだ手ぬぐいは頭の上に乗せまして。
足先から温度を確かめながらゆっくりと肩まで浸かって、渾々と湧き出る熱い湯を全身で楽しむのでございます〜。
「はーっ。なんだか久々のお風呂回ですわねぇ。
……たまになら、こんな息抜きも許されていいはずでしてよー……」
少しだけトロみを感じるお湯を肌で感じながら、今まさに熱い溜め息を零します。
ラッキーなことに貸切でしたの。
これ、ホントに稀有な状況なのです。
タイミングがよろしかったのでしょう。怪人の皆さんもこの時間はまだ外回りに出ていらっしゃいますし、ピンポイントに絶妙なんですのよね。
私のようなすーぱーすぺしゃる超絶美人が艶肌を晒していては、アジト内の殿方も黙ってはいられません。
ただでさえ大浴場は混浴スタイルになっているのです。
普段であれば落ち着いて入ることなどそれこそ雨夜の月なのです。
うふふふふ。白く泡立つのは石鹸だけではありませんからね。何度洗い直せばいいことやら……と。
詳しくは言及いたしませんけれどもっ。
「ふふっ。こんなのいつ以来でしょう?」
過去の記憶を探る前のお話でしたっけ?
茜と一緒にはしゃいだのを覚えております。
何にせよちょうどよかったですの。
一人で存分に羽を伸ばさせていただきましょう。
「今日は打たせ湯に泡風呂に露天風風呂に……あとは電気風呂にも入っておきたいですの〜」
昨日は激務に勤しみましたし、本日も死ぬ気の鍛練に励みましたし。
厄介な筋肉痛に苛まれているこの身なのです。コリッコリに凝った筋肉を内側から刺激して柔らかくしておきたい気分なんですの。
とりあえずそこそこに温まれましたし、お次は擬似外気浴も楽しめる露天風風呂にでも向かいましょうか。
満点の星空設定もヨシ、常夏南国気分設定もヨシ、あえての真冬の山岳秘湯になっていてもオールウェルカム気分なのでございます。
はい、よっこらしょ、と。
そう思って膝に手をついて腰を上げた――ちょうどそのときでございました。
大浴場入り口の引き戸がゆっくりと開かれるのが目に入りました。
残念ですの。独りきりのリラックスタイムはもう終了しちゃうんですの……?
と、一瞬だけ心を沈ませてしまったのですけれども。
「あ、美麗ちゃんおつおつー。身体の方は大丈夫? お風呂入っても平気なの?」
「昨日は顔をお見せできず申し訳ありませんでした。ご無事で何よりです。お嬢様」
どうやら杞憂に終わったようでしたの。
大浴場に現れたのは茜とメイドさんのお二人でした。少なくとも殿方さんではございません。
茜は文字通りの一糸纏わぬすっぽんぽん、対してメイドさんは客人用のチョーカーを首に巻いていらっしゃるようです。
「どうもですの。見ての通りピンピンしておりましてよ。にしても奇遇でしたわね。お二人とも揃ってお風呂に?」
「うん。ほら、この時間でもないとメイドさんが落ち着いてお風呂に入れないじゃん? 私はその付き添い。もし悪い虫さんが絡み付いてきても、私が代わりに喰べちゃえるし」
「ふぅむ。なるほどですの」
そう言われると納得いたします。
地下の業務や文化に慣れた私や茜とはちがって、途中参加のメイドさんには少々刺激が強すぎますものね。
まして彼女は慰安要員でも何でもございませんし。
単なるお客様にアジトの文化を押し付け続けるのもそれはそれでよろしくないと思いますの。
せめてメイドさんのお部屋くらいにはシャワー室の一つでも増設しておいたほうがよろしいのではなくって?
今度総統さんに駄々を捏ねてみましょうかしらね。
それにほら、私がこの秘密結社の命運を背負っているんですもの。少しは融通を効かせていただかないとワリに合いませんのっ。
メイドさんに手を出したらただでは済ませませんからねっ。さすがの私でも激おこで暴れ回りますの。
「そのお手付きチョーカーを身に付けてる限りは大丈夫だとは思いますけれども。わざわざ総統さんのご意向に逆らうような方なんてっ、この結社の中にはおりませんしっ」
「それは確かにー。ま、裸の付き合いってことでここは一つ」
「ほいほい把握のすけですの。お気遣い感謝いたしますの。ありがとうございますの」
茜がメイドさんのボディガード役を引き受けてくださるなら、私も安心して日々の鍛練を続けられそうですの。
打倒魔法少女スペキュラーブルーの準備はまだ始まったばかりなのです。
あ、そうですの。お二人にも今後の流れをお伝えしておかないといけませんわよね。
たまには湯船にゆったりと浸かりながら、未来のお話をしてもよろしいのではと思います。
「あの。もしよろしければ一緒に湯巡りいたしませんこと?」
「おっけおっけイイよー。身体洗ったらねー」
「ふっふん。約束いたしましてよ。私は一足先に露天風呂のほうで待っておきますゆえにっ」
お互いに手を振り合いつつ、一旦、それぞれの目的地に向けて足を運び直します。
記憶が戻ってからの茜もまた、ちょっぴり大人になられたような気がいたしますの。今ではもういきなり湯船に飛び込んだりはなさいません。
ほんの少しだけ、昔の天真爛漫さが懐かしく、そして恋しくなってしまいますわね。
トンデモなく贅沢な悩みというものです。