昨晩お風呂に入っていないこの私とッ!?
「…………はっ!」
ただ今は、明くる日の朝、なのでしょうか。
……珍しく自然と目が覚めましたの。
別に眩しさを感じたこともなく、また湿度や気温的な不快感に満たされたわけでもなく。
するんと目を開けることができました。
こんなスムーズな寝起きは珍しいのです。〝ああ、よく寝た感〟を久しぶりに得られたんですの。
というわけでおはようございます。
皆の愛玩的存在、蒼井美麗がお目覚めしましたの。
「……ふっ……わぁぁあぁ……ぅむ」
とりあえず起き上がるよりも先にあくびを零しつつ、ついでにゴロリと寝返りを打っておきます。
真っ先に感じたのは背中のふわふわでございました。
こちらオーダーメイドのクッションマットなのです。
駄々は捏ねてみるものですわね。
毎夜毎晩このお布団の虜なんですの。この世のどの寝具よりもボディにフィットしてくださるような……いえ厳密にはお勤めがあるので実際は毎夜ではございませんけれども。
慣れた肌触りについホッとしてしまうのでございます。
「……ここは、私のお部屋、ですわね……」
待つことおよそ十数秒、ようやく明順応が仕事をし始めてくださいました。
真っ先にベッドの天蓋が目に映り込みましたの。
天井付近、廊下側の小窓から差し込む人工的な光が、細かなレース生地をほんのりと照らしております。
薄暗い部屋の中、サイドテーブルに備えた目覚まし時計の針は、長短どちらも真北を指しているようでして。
……ふぅむ。なるほど。
明くる日の朝ではございませんでしたわね。
これでは完全にお昼なのです。
私ったらいつもながらのお寝坊さんでビックリですの。
ま、別に何か予定があったわけでもございませんし。
休んでおっけーなのです。
昨日を頑張った自分へのご褒美なんですの。
「……ふわぁあぁ……へぁむ。イツツ……」
次から次へと湧き出でるあくびついでに、ようやく身体を起こしてググイとひと伸びして差し上げようとも思ったのですけれども。
肩と腰の辺りに地味ぃな張りを感じてしまいました。
関節と筋肉の辺りが悲鳴を上げております。
なるほど。コレは筋肉痛ですわね。
痛みのおかげで徐々に思い出してまいりました。
昨日の壮絶なバトルの反動が、早くもこの身に表れ始めているらしいのです。
私、昨日はアジトに帰ってきて早々、総統さんのお部屋で寝落ちしてしまったんでしたっけ。
そういえば私が眠ったらお部屋に運んでくださると仰っておりましたわね。有言実行なさったようです。
移動の手段がお姫様抱っこかおんぶかは定かではございませんが、完全な無意識のうちに運ばれてしまったとは、また何とも勿体ないことを……。
幸い、今日の筋肉痛もまったく動けないほどのレベルではないみたいですし。この程度の痛みでのたうち回るほど、私の身体はヤワでもございませんし。
後で改めてご挨拶に伺いましょうか。
こんなにも寝起きの気分がよろしいのは随分と久しぶりのことなんですの。多分総統さんのおかげです。
それにほら、いつの間にか寝心地のよいネグリジェ姿に着替えさせられていたのも熟睡の一因かと思われます。
やっぱりラフな格好が一番なんですのよね。
折角ですからさっと立ち上がってお部屋の外に出て、パパッと遅めの朝風呂でも浴びてこようかとも思った――のですけれども……?
「…………あら?」
この身体に対してではなく、このお部屋に対して、ほんの少しだけ違和感を覚えてしまいました。
別に確信があるわけではございません。
タダの乙女の第六感ですの。
珍しく気分がよろしいからこそ、部屋の中に漂う空気の微妙なちがいを感じてしまったといいますか。
この部屋の中に私以外の誰かの気配を感じてしまったのでございます。
「……ふぅむ。周囲を見やれども人影はなし。ましてただでさえ殺風景なこの部屋に、隠れられる場所などもなし……」
ある意味では無駄に広い牢屋に豪勢なベッドが一つが置いてあるだけですからね。
もう慣れてしまいましたが、一般の方が見たら違和の塊でしかないと思いますの。
頑張ればベッドの下に潜り込めるかもしれませんが、それならもっと具体的な気配やら物音やらを感じられるでしょうし。
何と言いますか、今回は視覚情報を誤魔化されてしまっているかのような。
見ている世界が正ではないような?
「ってことは、カメレオンさんですの?」
私の知り得る限りでは、景色に溶け込める術を持った方などお一人しか該当なさいません。
潜入と諜報活動のプロ、カメレオン怪人さんですの。
首を傾げて差し上げた次の瞬間でございました。
「――ったく。ホントお前だけだよ、俺の気配に気が付けるヤツなんてのはナ。まったくどんなアンテナ張ってんだか」
「ふぇぁっ!?」
突如としてベッド脇の何もない空間に色が付き始めましたの。
透明さが薄れていって、時折ぐんにゃりマダラに模様を変えながら、少しずつ人の姿を形成していきます。
ほんの数秒も経てばあら不思議。
そこにはカメレオン怪人さんのお姿があったのでございます!
私の予想、完全一致しておりましたわね。
……自分の勘が末恐ろしいですの。
「ヨッ。青ガキ。目が覚めたようだナ」
「ふぅむ。やっぱり貴方でしたか。……っていうか乙女のお部屋に勝手に忍び込んでいるだなんて人権侵害もいいトコですのっ。デリカシーのカケラも感じられませんのっ!」
「バーカ。それこそお前ら慰安要員にゃ一切関係のネェ話だろうガ。そもそも部屋にも鍵ァ付いてねぇし。いつでもどこでも相手すンのがお前らの仕事だし」
「そっ、それはその通りですけれども……っ!」
そう仰る貴方こそ今まで私の相手をしてくださったことなど一度もないではありませんのっ!
いつだってガキだ子供だとあしらうだけでっ!
私のことを全然オトナ扱いしてくれませんのっ!
それなのに今更どういう風の吹き回しでしてっ!?
やーっとお相手してくださる気になりなさいましたの!?
昨晩お風呂に入っていないこの私とッ!?
外出して沢山汗をかいたといいますのに、帰宅早々にそのまま眠りこけてしまったこの私とッ!?
むっふっふっ。ホントに物好きなお方ですことっ!
……いや、自分で言ってて虚しくなりますわよね。
でも全然構いませんの。むしろこの勢いに身を任せて、更なる意思表示をさせていただきますのっ!