その資格があり得たのでしょうか
あの機械を持ち帰ってきた理由、ですか。
ふっと息を吐き、ゆっくりと回答して差し上げます。
「複製さんとの戦闘の最中……ふとあの子の声が聞こえてきたのです。それもこの耳にではなく、この心に直接という感じでしたの。……確信こそありませんが、このキューティクル髪にビビッときたのです。きっと彼はあの機械の中から、と」
頭の中に思い浮かんだ言葉を、整理する前に一つずつ紡ぎ上げてみました。
自信はないのです。もし見当違いなモノを持ち帰っていたのだとしたら、今日の私の根性はなんだったのだと、そういう結論になってしまうではありませんか。
ゆえにはっきりとは喋れません。
「心に、か。念話だったのかな?」
「そうだとは思いますけれども……」
私に肩を貸してくださっているというのに、分かりやすくちょこんと小首を傾げて疑問の意を示してくださいます。
小動物的な仕草が実に愛らしいんですの。
ついつい微笑みが零れてしまいました。
そんな私を見てか、彼女もまた困り眉を保ったまま、器用にニッコリ顔を見せてくださいました。
少しでも私を安心させようとしてくださっているのでしょうか。であれば貴女の目論見通りになっておりますの。地味ぃに効果抜群です。
ほっこりと、少しだけ心が晴れたような気がいたします。
「でも。そうだったらいいね。にしてもポヨかぁ。なんだか懐かしいな。私たちがまだ、魔法少女だった頃のこと、思い出しちゃうね」
「ふっ。何仰いますの。貴女はまだ現役の魔法少女ではございませんの。単に正しく活動していないだけのぐうたらレッドさんであって。……それに比べて……私は」
つい言葉に詰まってしまいます。
また、ブルーな気持ちが戻ってきてしまいました。
……私は、思いの力を形に表せなくなった、偽りの変装乙女でしかありません。
そして今日だって最強の人造魔法少女に全く歯が立たなくて、命からがら逃げ出すことしかできなかった、哀れで姑息なだけのイチ魔装娼女なんですの。
それどころか今の私は、その魔装娼女の衣装さえも強制解除されてしまうほどに弱りきって、もはやまな板の上でピチピチと跳ねることしかできない鯉娘と成り果てているのです……。
これを惨めと言わずして何と言いましょう。
「うふふっ……ふっ……ふぅ」
茜には気付かれないくらいの超小声で、もう一度だけ自暴自棄的な微笑みと、極々微小な溜め息を零させていただきました。
つい彼女から顔を逸らしてしまいましたの。
こんな私をあんまり見てほしくはありません。
久しぶりに暗いオーラにすっぽりと包まれてしまっているのが自分でも分かってしまうのです。
身の危険から解放されて、多少にも余裕を持てるようになったからこそ、余計に冷静に、言い方を変えれば斜に構えて考え込んでしまえるんですの。
それにほら、言ってしまえば今日のポヨとの念話だって……!
ふと、先日茜の口から聞いた〝念話の条件〟とやらを思い出してしまいましたの。
念話とは〝心と心が通い合った装者と変身装置〟の間でしか行うことができないのだ、と。
そう仰っていたと記憶しております。
お互いを思い合う気持ちさえあれば、例えどんなに離れていたって心の声を伝え合うことができるというトンデモ便利な伝達手段だと思いますの。
けれども。もし本当にそうなのだとしたら。
今の私とポヨに、その資格があり得たのでしょうか。
本当に心は通じ合っていたのでしょうか。
私たちはもう、装者と装置の関係性を断ち切っているのです。魔法少女と装置の間柄ではございません。
それゆえに、一抹の疑問も不安もないかと問われたら、さすがに嘘になってしまいますの。
もちろんのこと、本日の私はポヨに会いたいという気持ちを持って行動しておりました。
時を同じくして、彼もまた同じく私に会いたいと思ってくださっていたのなら、ギリギリ念話は成立してしまうのかもしれませんけれども……っ!
実際、声が届いたのが分かったときは嬉しかったですの。己の錯覚ではないのかと何度も胸に手を当てて確かめてしまったくらいです。
強敵と独りぼっちで戦うことしかできなかった私にとって、戦闘中の彼からの言葉は、この胸に少なくない勇気とやる気を与えてくださったのです。
世を捨てたはずの私にも、かつて魔法少女として共に奮闘していた日々のことを、つまりは強敵に抗うために二人で一つとなって戦っていた――あの懐かしくて輝かしい日々の片鱗を思い出せたのでございます。
「……ポヨと、何を話せばよろしいのでしょう」
正直なところ、ポヨがあの機械の中にどのような状態で幽閉されているのか、私には皆目検討も付きません。
既にバックアップのデータとしてゼロとイチの集合体と化しているかもしれませんし、案外握り潰される直前の、青い水饅頭のままの形でギュウギュウに詰め込まれているだけなのかもしれませんし。
真相は分かりませんの。
でも、きっとポヨはあの中に居る、と。
どんな姿になっていたとしても、かつて私と心を通じさせていたあのポヨが居るのだ、と。
そう思えてしまう自分自身に対して、少しばかりの誇らしさと、なんとも言えない悔しさの両方を感じてしまうのです。
だって。私自身、再会の全てを喜べているわけではありませんの。
それはそれ、これはこれ、なのてす。
といいますのも私、まだポヨを完全に許して差し上げたわけではありませんの。
世を捨てたあの日から、この心の内側にはブ厚くてド高い障壁が一枚、堅牢に聳え立ってしまっているのです。
確かに今日は奮い立つための力と勇気を思い出させていただきましたが……たったそれだけで、彼の過去の咎全てを消し去るわけにはまいりません。
そもそもできるわけがないのです。
敬愛するメイドさんを馬鳥コンビに攫わせて、更には死の直前にまで貶めたこと。そして相棒の私を騙し続けて罠にまで嵌めたこと。
簡単に水に流して差し上げられるほど、私の精神はオトナではないのでございます……っ!
不器用な私にはできませんのっ!
でもでも! だからこそ今一度、彼とキチンと話をする必要があるとも思えたのですっ!
そしてその為に連れ帰ってきたのですっ!
ああもうしっかりなさいましっ!
情緒不安定な乙女は美しくありませんでしてよっ!
さっきからウジウジうだうだと! みっともない!
「と、とにかくっ。あの機械の中身を隅から隅までじっくり調べ上げていただきましょう。
弊社の研究開発班は優秀ですからね。果報と吉夢は何とやら、ということわざもあることですし」
「うん。そうだね。それがイイと思う」
茜も特に何も言わずにこっくりと頷いてくださいました。
その微笑みこそが何よりの糧となっておりますの。
暖かいお布団で寝るよりもずっと、この心に安らぎを与えてくださるのでございます。