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不名誉かつ不遇な

 

 己の吐き出したブツの香ばしさに耐えながら、数分はその場にじっとしておりましたでしょうか。


 始めは指先から動かせるようになりました。


 それから少しずつ、足、腰、首周り、と。

 徐々に感覚が戻ってくるのが分かりましたの。


 最終的には茜に支えられながらも、何とか身体を起こせるまでに回復することができました。


 かなり覚束(おぼつか)ない形にはなってしまいますが、肩を借りてなら歩けるようになりましたの。


 これなら総統さんの元にも赴けそうです。



「ふぅむぅ。さて、よっこらしょ……ですの」


「んもー、まだ若いんだからさ」


「今はしゃーなしですの。目をつむってくださいまし」


 若くても出てしまうものは出てしまうのです。


 まして疲労困憊のコンちゃん状態なのですから。

 この程度の掛け声など軽く聞き流してくださいまし。


 ともかく、牛歩に毛が生えた程度のスピードで転移室を後にさせていただきます。


 毎度のこと転移担当のスタッフさんにはお手数をおかけしてしまって申し訳ありませんが、おゲロの後処理をよろしくお願いいたしますの。


 そのうち菓子折りでも持って、直接お詫びに伺わせていただきましょうね。イチ慰安要員としても労いの意を示す必要があるかもしれません。


 ……こちらはまた後日の余談とさせていただきますの。うふふのふ。



 壁に手を添えながら、少しずつ上層の狭い通路を進んでゆきます。


 道すがら一般戦闘員の皆さまが訝しげなお顔で見ていらっしゃいましたが、どうか今は放っておいてくださいまし。お相手できるほどの元気は残されていないのです。


 とはいえ黙ったまま歩くというのも寂しいですし、帰路に着く間、ふと頭の隅を過ぎった話題を茜にお尋ねさせていただこうかと思いましたの。


 主にメイドさんについての話題です。



「そういえばメイドさんは今どちらに? 転移室にはお姿が見えなかったですけれども」


「ああ、それなんだけどね。メイドさん、美麗ちゃんよりずっと前に目を覚ましてたんだけどさ。どうやらバケツキャッチ(・・・・・・・)のほうが間に合わなかったらしくって。結構大変なことになっちゃってて」


「あら、それはその……あっちゃー……ですの」


 口振りから察するに盛大にぶち撒けてしまったんですのね。


 ただ、見た感じの床はお綺麗なままでしたの。


 きっと彼女のことですから、そのまま床にスプラッシュするわけにもいかず、咄嗟にお洋服の方にでもお溜めなさったのでしょう。


 意志の強さを鑑みれば想像に難くない光景です。

 でもあんまり想像してはお可哀想ですのっ。


 茜がほんのり困り顔でお続けなさいます。



「申し訳ありませんが、一足先に大浴場に向かわせていただきます、だってさ。後から合流するって言ってたよ」


「なるほど。把握いたしましたの」


 どうかおっきな湯船に浸かってお気の済むまで身体を清めたり休めたりなさってくださいまし。


 道案内から車の運転に強制転移の軸役まで、今日はずぅっと負荷を掛け続けてしまったかと思います。


 プニから魔法少女の加護を受けている茜や、ほんのちょっぴり肉体強化の改造手術を施していただいている私とは違って、メイドさんはガチの生身のお身体ですものね……。


 あの転移酔いは到底耐え切れるものではございませんでした。リバースした者同士として心中をお察しいたします。



「ふぅむ。となればメイドさんもまた、私たちの嘔吐仲間ということになりますわよね。お戻りになられましたら、是非とも快く迎え入れて差し上げましょうか」


「ははは、むしろそっとしておいてあげたほうがいいんじゃないかな……。不甲斐なさに結構凹んでたみたいだし。ちょっとくらいの粗相なんて、誰も気にしないのにね」


「ですのっ」


 もちろん分かっております。不名誉かつ不遇なゲロインへの仲間入りなど、それこそお給金でも貰わないとやっていられないと思われますの。


 それに私、性癖を重視したプレイ(・・・)でもなければ、人にされて嫌なことは施さない主義なのです。


 これは蒼井家の娘としてではなく、世を生きる一人の人間としての良心なのですッ!


 ゲロインなど私一人で充分――いえ、別に一人も必要ではございませんッ!


 ……ふぅ。私ったら疲れているのでしょう。


 まぁ仕方ありませんわよね。ブッ倒れる直前まで、過去一に匹敵する壮絶なバトルを繰り広げていたのですから。


 安全な場所に帰り着けたことで、きっと気が緩んでしまったのでしょう。総統さんに報告するまでが遠征ですの。もう少しだけ頑張りなさいまし、蒼井美麗。


 茜に肩を借りながら、ゆっくりとエレベーターに乗り込んで下層の司令室へと向かいます。



 エレベーターに乗り込んで、内側に設置されていた立ち鏡を目にして、ようやく気が付きました。


 魔装娼女の衣装が、いつの間にか普段のネグリジェ姿に戻ってしまっておりましたの。


 置き去りにしてきた黒泥とのリンクが途切れて上手く機能しなくなったせいなのか、はたまた衣装を形成し続けられないほどに、黒泥の量を減らされてしまったせいなのか……。


 再起や修繕にも思ったより時間が掛かるかもしれません。


 あとアレですの。茜に抱えて持ち帰ってもらった〝円柱上の謎機械〟の姿も見当たりませんの。


 そこまで大きな物体でもありませんでしたが、床に転がっていたのなら一発で分かると思います。



「それでね美麗ちゃん。持って帰ってきた機械のことなんだけどさ」


「私もちょうど同じことを考えておりましたの」


「多分今そんな感じなんじゃないかなって思って。

あの謎機械ね、今は研究開発班のほうに預けさせてもらってるよ。ほら、目に見えない発信機とか付いてたらマズいじゃん? 中に入ってるデータやら何やらも確かめなきゃいけないんでしょう? 私の方で待ってるよりはって」


「ありがとうございますの。ベストなご対応ですの」


 どのみち抱き抱えているだけでは事態は好転いたしませんし。


 例え一番最初に目を覚ましていたのが私であっても、きっと同じことをご依頼していたかと思います。


 ポヨと思しき物体の強奪が成功したとはいえ、これがどの方向に転ぶのかは時が経ってみないと分かりません。


 彼がパンドラの箱を開けてしまう嫌鍵となるのか、それとも未来という名の錠閂を解き放つ好鍵となるのか。


 解析の結果を心よりお待ちしております。



「多分……なんだけどさ。あの中にポヨが入ってるんだよね? だから持って帰ってきたんだよね?」


 茜が不安そうなお顔で私の目をお見つめなさいます。

 

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