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おげぇええぇえぇえぇ……

 







「…………うっぐぇ……ここ、は……?」



 目が覚めるとそこは、とにかくだだっ広い空間でございました。


 全体的に薄暗くて、独特の生温かさを感じられます。


 おまけに肌に張り付くようなぬめーっとした湿気に、ほのかな男臭さに溢れている質感は……っ。



「……帰って……来られたんですわよね……?」


 やたらと高い天井にも見覚えがあります。

 そこまで不安になる必要はございませんでしたの。

 

 ここはアジトの玄関的な場所、転移室です。

 どうやら無事に戻って来られたようで何よりです。


 天井が仰ぎ見えているということは、今は私、床に寝っ転がされているみたいですわね。


 となれば今すぐにでも身体を起こして、周囲の状況を確認しておきたいところなんですけれども……!



「……あら? 身体が、動かない……?」


「美麗ちゃんっ! よかった目ぇ覚めたっ!?」


「……んっくっ……その声、茜ですの……?」


 トタトタという足音の後に、視界の端っこに少しだけ顔を青ざめさせた茜が映り込みました。


 心の底から心配そうな顔でこちらを覗き込んでいらっしゃいます。


 とはいえこの様子であればメイドさんも帰って来られておりましょうね。あの人が軸となって強制転移を発動したのですから。


 何にせよ窮地から抜け出せたみたいでよかったです。


 それでは、すぐにでも総統さんの元へ報告しにまいりませんと。この目で見てきたこと、この体で味わってきたこと、山のようにあるのでございます。


 ただ、身体を動かせないのは厄介ですわね。


 今回の戦闘は血を流しすぎたわけではありませんし、もう少し休めば多少は良くなるとは思いますけれども……。


 今は一分一秒が惜しいんですの……っ!



「えっと、すみませんの。どうやらまーた身体を動かせなくなってるみたいで。身体を起こすの手伝っていただけまして?」


「それは構わないけど……」


 ふぅむ? どうしてそんなに渋るんですの?


 何か別の問題でも? と。


 心から問いかけて差し上げようとした、その刹那のことでございました。



 急に、あのいつもの(・・・・)感覚がやってきたのです。



「うっ……ぐっ……ぐぇぇえぁッ……!?」

 

 まるで感覚器官が忘れていた仕事を思い出したかのように、本当に一気に、強烈な不快感が襲いかかってきましたのッ!


 たちまちに全身から脂汗が噴き出し始めます。


 それどころではありません。


 ふ、震えがっ、身体の震えが止まりませんのっ。


 猛烈な吐き気のせいでおかしくなりそうなのですッ!



「あー。なぁんだやっぱり美麗ちゃんもか。むしろ、美麗ちゃんがならないほうがおかしいもんねー。人よりずっと酔いやすい体質みたいだし」


 何故か茜がホッと胸を撫で下ろしていらっしゃいましたが、そんなことはどーでもいいのですッ!


 マジも大マジメにキツイんですのッ!


 胃腸を直接に巨大なハンマーでブン殴られてしまったかのような、耐え難い気持ち悪さがぁぁッ!?


 もももももうダメですのッ!


 でっ、でで出ちゃいますのぉおおッ!



「ってなわけではいコレ、バケツ」


「ナイス準備うっぷ。おげぇええぇえぇえぇ…………」



 あえて具体的な説明は省かせていただきましょう。


 ただ一言だけ、簡単にお伝えしておくとすれば。


 朝ご飯を抜いていたおかげかとってもスムーズにリバースすることができましたの。


 きっと慣れもあるんでしょうね。

 常日頃から呑んだり吐いたりを繰り返しておりますから。


 酔い慣れに、吐き慣れに……。


 こうして何も知らなかった乙女も、少しずつオトナになっていくんでしょうね。


 あーあっ、成長するのって恐ろしいですの。



「お疲れ美麗ちゃん。ミネラルウォーターも備えてあったよ。とりあえずうがいしとく?」


「ゔぇぇ……もぢでずの……ガラガラじだいでずの……」


 手渡されたペットボトルに唇を付け、口一杯に含んでは綺麗さっぱりに洗い流します。


 何回か繰り返して、ようやくスッキリできましたの。



「……茜は平気だったんですの? グロッキーなのは私だけでして?」

 

「まさか。さすがの私も今回のはムリだったよ。ほら、あそこ。意味深に置かれたもう一つのバケツ。先に言っとくけど中は絶対に見ちゃダメ」


「だーれが好き好んで他の方の吐瀉物なんて」


 転移室の壁際に、じんわりと湿った金属バケツがポツンと置かれておりました。


 顔を青ざめさせていたのはこれが理由でしたか。

 哀愁漂うその佇まいに全てを察してしまいます。



「とにかく、お互い大事に至らなくてホッとしましたの」


 興味よりも心配のほうが大きくなるくらいには、私だってヒトの心を残しているんでしてよ。


 まして親友のことであれば尚更ですの。


 アブノーマルなプレイにもちょっと耐性があるだけであって、性癖や嗜好があるわけではございません。


 他人の吐瀉物など、見なくてよいなら見ないに越したことはないのです。


 って乙女に何を言わせるんですの。

 まったくお恥ずかしい。



「……あ、でも。これで茜もゲロイン(・・・・)の仲間入りってことですわよね。ようこそ、こちら側の世界へ」


「あっはは、その二つ名だけは欲しくなかったんだけどね……仕方ないか」


 けらけらとバツの悪そうにお笑いなさいます。


 私たちはもう、ちょっとやそっとのことでは動じません。ましてお互いにもっとずっと、羞恥的な行為を見せ合っているわけなのですし。


 うふふ。なんだか吐いてしまったら楽になりました。


 もう少しだけじっとしていたら、身体を動かせそうな気もしてまいりましたの。


 すーっふーっと深呼吸を繰り返します。



 ……ちょっぴり空気が酸っぱいですの。

 

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