あとは私がヘマをしないだけ……ッ!
複製さんから言質を獲得することができました。
これで安心して作戦会議に励めそうです。
なにしろ彼女は〝正義〟の魔法少女なのです。
まさか背後から不意打ちするなどという卑怯な手は使ってきませんでしょう。
思わずるんるんスキップをしてしまいそうな心境でしたが、軽快な素振りをしたせいで私の戦略を悟られてしまっては元も子もありません。
あくまでガチンコのピンチを演出いたしましょう。
あえてバーゲンセールに走る主婦さま方よりもハイスピードに、ドバッビューンと風を切りながら茜とメイドさんのところに駆け寄って差し上げますの。
幸いなことにお二方は部屋の隅っこに待機していらっしゃいます。ここまで閉ざされた場所であれば盗み聞きされるようなポカも起こり得ませんの。
秘密の会合には打ってつけの場所なのです。
まずは目立たずしゃがみ込むようにジェスチャーでお伝えいたします。
お二人とも神妙な面持ちでコクリと頷いて従ってくださいました。
「ぅおっほん。それでは緊急会議を始めたいと思いますの。議題そのイチ、あの子マジでやっべぇ存在ですの。勝ち目もカの字も見当たりませんの。完全に打つ手無しの崖っぷち、ホントにどういたしましょう」
「あー、やーっぱりそんな感じだよねぇ。でも実際どうするつもりなの? あんな規格外な子に勝つ方法なんて三分かそこらで思い付けると思えないんだけど。
もしかしてコレも回復の為の時間稼ぎだったり?」
始めに茜が尋ねてきてくださいました。
さすがは戦える女子ですの。話が早くて助かりますの。
こんな短い時間で〝勝利の為の策〟を見出すなど、それこそ天から知恵の雷が降ってこない限り無理だと断言できます。
つい先ほどの私も全く同じことを思っておりましてよ。
だからこそ、ググっとサムズアップを見せつけながら続けさせていただきますの。
「多少回復したところで状況は一切変わりませんの。となれば今の私たちに出来るのは、ズバリッ! 〝とんずら〟一択しかありませんでしてよッ!」
「とんずら……ってことは逃げちゃうってコト!?」
「しっ! 声が大きいですのっ!」
いくら部屋の隅っことはいえあの子に怪しまれたら即終わりですの。
あくまで今は静粛に、そして隠密のままに。
私たちの今日の勝利条件を再確認しておく必要があるのです。
「茜、よろしくて? あんな頑固なお父様と私の上位複製さんをまとめてこの場で分からせて差し上げるだなんて、まず間違いなく夢のまた夢ですの。日を改めて準備したほうが遥かに現実的だと思うのです」
「それは、確かにそうなんだけど……」
腑に落ちない理由も分からないでもありません。
貴女は善なる魔法少女のままなのですから。
おそらく出来る限り真っ向から立ち向かいたいのでしょう。
けれども、さすがの私でもあんな秘密兵器が出てくるとは思いませんでした。
ましてただ私を模しただけの存在ならまだしも、全盛期の頃よりもずっと強大なチカラを有する魔法少女に調整されているだなんて……一切想定しておりませんでしたの……っ!
黒泥のチカラを真っ向から打ち消してしまうほどの圧倒的かつ絶対的な光を持っていらっしゃいます。
まるで呼吸をするかのように自在に操っていらっしゃるのです。
こんな調子では命がいくつあっても足りませんの。
毎度毎度ヒーローが遅れて登場してくださるわけでもございません。自分の身は自分のチカラで守る必要があるのです。
勝てそうにないのであれば、第二の手段ですの。
「負けたら即座に終わりですの。けれども逃げればその先にはまだ勝ちが残ってますの。
となれば、今こそスペシャルな脱出アイテムの使い所さんではありませんでして? 私たちはまず、何よりも安全に、そして確実に、アジトに情報を持ち帰らなければならないと思うのです」
「……うん、まぁ、美麗ちゃんの言うことも分かるよ」
「なるほど。そこでこの強制転移装置の出番、というわけなんですね? お嬢様」
「ふっふんナイスアシストですのっ! さすがは私のメイドさんですのっ!」
私の言葉裏を読んでお察しくださったのか、メイドさんがすんなりと答えてくださいました。
白くてキメの細やかな細指を、その首に巻いたチョーカーにあてがいなさいます。
撫でるようにして表面の感触を確かめなさっておりますの。
そうですの。総統さんから託されましたこのマジックアイテム――使い捨てのどこでも強制転移装置のチカラを借りるときがやってきたのです。
使ってみればあら不思議、迫りくる追っ手を気にする必要もなく、すぐにでもアジトに帰還できるはずです。
九死に一生を得られましたわね。ラッキーでしたの。
「それじゃどうする? 今すぐ逃げとく? それともギリギリまで戦ってみて、少しでもあの子の弱点を探してみる? 私も変身して、今度は2対1で攻めてみよっか」
茜のその前に進もうとする気概、私は大好きですの。
そう仰りたい気持ちも大いに分かってしまいますの。
退路を気にせずともよろしいのであれば、もう少しくらい無理をしても問題ないのではないか、と。
何事もなければそう思ってしまいますわよね?
けれども私は既に〝命を大事に〟をモットーに切り替えておりますの。
ダメージ覚悟のハイリターンまでは望みません。
しかし、単なるローリターンで満足しておくつもりもありません。
狙うは最大多数の最大幸福、つまりはミドルリターン一択なのでございます。
真っ向からは相手にせず、あくまで今日の第二目標、ポヨとの接触のほうをクリアしておこうと思っているのです。
せめてふんぞり返ったままの連合重鎮のお二人に、小指ほどの小さな一矢でも報いておいて差し上げませんと。
やられたままでは私のお腹の虫もおさまりませんからね。
「戦うのはできるだけ避けておきましょう。あの自称最強の魔法少女さんのことですの。まだどんな奥の手を有しているか分かったものではないのです。
……とはいえ今すぐにこの場から逃げ去るわけでもありません」
「他に、なんかあるの?」
「といいますのも私、実は先ほどからこの近くにポヨが居ることを察知していたのです。おまけにだいたいの居場所の目星も付いておりますの。攻撃を避けつつポヨを拾いつつ、くらいなら不可能ではありません。帰るのはその後にいたしませんこと?」
「そっか。ポヨに会うのも今日の目的だったよね」
おそらくは、最初に蹴飛ばした円柱状の機械の中ですの。
幸か不幸か、少し頑張れば小脇に抱えられそうなサイズ感ではございます。手に取ることさえできれば、
複製さんの真後ろに転がっていたのは大誤算でしたが、どうにかしてゲットしなければなりません。
「今からお父様と複製さんの隙を突いて、必ずポヨを奪取してみせますの。ですからメイドさんは、私が合図を出したらすぐに発動文句を唱えてくださいまし。茜はそれまでひたすらに守って差し上げてくださいまし。
私、詠唱が完了するまでには何が何でも合流してみせますの。もちろん失敗するわけにはいきませんもの」
「……かしこまりました」
言葉とは裏腹に、撫でていた指が止まっておりました。
それに見るからに不安そうな表情になっていらっしゃいます。
んもう。そんなに見くびらないでくださいまし。
私が弱音を吐いたことはあっても、後ろめたさからくる嘘を吐いたことがありまして?
「たしか、装着者の身体に触れていれば、まとめて一緒に転移させられるんだったっけ。おっけ了解だよ。任せて」
「ええ。茜のこと、とっても頼りにしてますの」
手始めにこの胸にしかと誓わせていただきます。
お二人を無事にアジトに送り届けて、私はこの場に残って悪あがきを続けようとか、そんな無責任かつ荒唐無稽な自己犠牲に走るつもりは毛頭ありません。
そして同じく、あなた方を囮にして自分だけ逃げ帰ってしまうような、そんなヒトとして情けない振る舞いをするつもりも一切ございませんの。
帰るのは皆、誰一人として欠けることなくですの。
それ以外は最初から選択肢に含まれてはおりません。
いつでも何度でも言わせていただきます。
私は誰よりも傲慢でワガママなのです。
今から行うのは映えある勝利への布石ですの。
紛うことなき戦略的撤退の一手なのです。
ポヨも含めた、私たち全員の無事が絶対条件なのでございます!
「それでは私、まもなく接近戦を始めようと思いますの。肉薄するだけちょっぴり危ないかもしれませんが、その代わりにさっきのような消滅の光は飛んでこないはずです」
至極冷静に言葉を続けさせていただきます。
「ですからお二人は、その隙を突いて少しずつ近付いてきておいてくださいまし。私の想定が正しければ、お二人が近寄れば近寄れるほど、脱出の成功率も高まると思っておりますの」
「おっけおっけ。いざというときは私が体を張って頑張るからさ。やっぱりプリズムレッドに変身しておこうか?」
「いえ、下手に注目を集めても逆効果ですの。あくまで自然に、そして慎重に。身の安全を第一に、生身のままで動ける範囲で構いませんの」
まして茜はプニから身体強化の恩恵を受けていらっしゃるんですものね。普通の人よりはずっと丈夫な身体と化しているはずです。
お二人とも私の言葉にしっかりと頷いてくださいました。
これで脱出までの認識合わせが完了できましたの。
ちなみにポヨの想定場所を具体的にお伝えしないのは、戦っている最中の目線から、複製さんに目的を悟られないようにする為なのです。
詳しいところは戦況から察してくださいまし。
茜とメイドさんなら充分に推察可能なはずです。
「よし。そろそろ約束の時間が経ってしまいますの。それでは頼みましてよ、お二方」
「美麗ちゃんも。気を付けてね」
「お嬢様。どうかご武運を」
愛情のこもった視線に、もう一度サムズアップを見せつけて差し上げます。
ご安心くださいまし。皆様のご期待に応えるのが蒼井美麗の使命なのですから。ましてお二人の祈りを身に受けてしまったら、失敗なんてできるわけがないですの。
確たる決意を胸に、踵を返してスペキュラーブルーさんの元へと駆け戻ります。
あとは私がヘマをしないだけ……ッ!
くぅぅ、やってやろうではありませんのぉ……ッ!