天啓
「なん、なんですの、その光……は……ッ!」
「そっか。お姉ちゃんは知らないよね。魔法少女の、本当のチカラの使い方」
中学生くらいの私の顔で、まるで魔性の女のように妖艶に微笑みなさいます。
眩い光に目を細めて堪えておりますと、彼女の手に握られていた黒泥が……そんな……嘘ですの!
立ち上る湯気と共にホロホロと崩れて塵と化していくのでございますッ!?
茜の最大出力にも耐えてみせた私自慢の黒泥が、こんな、複製さんなんかに呆気なく消されてしまうだなんて……っ。
「ん、ぐぅ……ッ!?」
くすり、と。
手のひらの上に何も無くなったタイミングで、彼女は子供のように無邪気に微笑みなさったのです。
「全てを圧倒する正の光。邪なモノを消し去る絶対の光。それが〝消滅の光〟なんだよ。
これで分かった? 私こそがヒーロー連合の結晶で象徴で総意なの。お姉ちゃんはもう要らないの。私がいればそれでいいの。チカラの差、充分に伝わったよね? 次は、アナタの番だよ」
「くっ!」
向けられた圧に思わず距離を取ってしまいます。
けれども移動してから思い返しましたの。
あれだけ強い光を持っているのです。
きっと威力に近いも遠いも関係ありませんでしょう。
かつて私が愛用していた浄化の杖ブレードであればともかく、あの子の光は間違いなくレーザー照射型の遠距離武器ですの。
別にその場から動かなくても、超高速かつ超高火力な攻撃を放つことができるのです。
誰がどう見たって私のピンチですの。
なるほど、お父様が完全なる上位互換と称するだけのことはありますわね。
あんな光を浴びてしまったら、私の黒衣装なんてほんの数秒で霧散してしまいますの。完全な生身の裸となってしまえばさすがに勝ち目はありません。
というより、本体自体の馬鹿力と、魔法少女としての光の強さの両方を持ち合わせているのって、私に勝ち目は残されているんですの!?
絡め手を用いた不意打ちだって、そう二度や三度思い付けるものでもありませんし、たとえ思い付けたとしても上手くハマるかも分かりませんし。
かと言って真っ向から攻撃をぶつけようものなら、あの光を当てられて一発アウトですし。
「……くぅ……思ったよりもやっばい状況ですの。手の打ちどころがまったく見当たりませんの……!」
今更降参からのすっとぼけトンズラ戦法が通じるとは思えませんし、それこそお父様の前で無策で無様な姿を晒すわけにもいけませんし。
……ふぅむ。本当にどうしましょう。
私の額や首筋からどんどんと冷や汗が流れていっております。ホットな身体を冷ましてくださるのはありがたいのですが、無意味な時間だけが過ぎていってしまいますの。
たじろぐ私を他所に、複製さんが大きくあくびをなさいました。
酷くつまらなそうなご表情で、部屋の隅のお父様のほうを向かれます。
「あーあー。なーんかもう、張り合いなさすぎて飽きてきちゃったかもー。そろそろお遊びは終わりにしちゃっても、いいかな?
ねね、いいよね? お父様?」
「……ああ。だが、美麗にはまだ利用価値がある。消し炭にはするな」
「ちぇーっ。了解ー。それなら頑張って手加減するねー」
余裕そうなお顔がチラ見で確認できます。
マジのガチでピンチなんですの。赤子の手を捻るよりも簡単に、今まさにあの子の手のひらの上で転がされてしまっている気がしてならないのです。
せめて一矢報いる必殺技を、今この場で思い付ければ何とかなるのかもしれませんけれども……ッ!
焦りと緊張のせいでうまく頭が回りません。
淡く発光する手のひらがコチラに向けられるのが見えました。咄嗟に機械の影に飛び込みます。
その場に止まっていては格好の餌食ですの。
転がるようにして物陰から物陰へと移動いたします。
「どしたのー? 今度は鬼ごっこか隠れんぼ?
あんまり芸がないとホントにイライラして手加減できなくなっちゃうよー?」
「うっさいですのっ。芸ならたくさんありますのっ。今に見せ付けて差し上げますからもう少しだけ我慢していてくださいま――んひぃッ!?」
機械と機械の隙間、私の顔のほんの数センチ前を、眩い光の線が照らし抜けていきました。
当たったところが色を失って白くなっていきますの。浄化を超えてもはやまっさらに漂白ですのッ!
やっぱりあんなのに当たってしまったら、ただでさえ短くなってしまったスカートが、もっと短くなってしまうのではありませんでしてッ!?
それどころか私の身体もろとも真っ白に……ッ!?
とにかく直撃だけは避けませんと。
しかしこのままでは完全にジリ貧です。
いつ彼女の気まぐれで、矛先が茜やメイドさんに向けられてしまうか分かりません。
お二人には具体的な〝穢れ〟は含まれていないはずですが、何の変哲もない機械が真っ白に染められてしまったくらいなのです。
予想もできない不幸な結果が待ち受けていても、何の不思議も有りはいたしません。
こうして思考を張り巡らせている間にも、今度はすぐ真上を光線が突き抜けていきました。
今アホ毛アンテナに掠りましたの。
そして毛先の一ミリが完全に消え失せましたの。
今ので確実に分かりました。
脱色とか白染めとか、そんな表面的な話では絶対に終わるわけがありません。あんなのに当たってしまってはお陀仏間違いなしですのっ!
くぅぅぅう……! 本当に本当にどうすれば、マジでどうすれば盤面をひっくり返せますの……ッ!?
魔装娼女が魔法少女に打ち勝つことができるんでして……ッ!?
どうか、どうかお願いいたしますの。
総統さん方に助けていただいてからはあんまり神頼みはしないようにしておりましたが、今だけは、一雫の天の恵みを、私の元に下ろしてくださいましぃ……ッ!?
ランダムに放たれる光に怯えながら、天井のその先のお空に向けて必死に祈りを捧げた、その瞬間でございました。
『――れい、美麗ッ! だから言ったポヨ! あの子に勝てるわけないんだポヨッ! 打開策なんてどうでもいいポヨからッ! 今はとにかく逃げることだけ考えろポヨッ!』
「はっ!? ホントのホントに今のは天啓!? ……いえ、絶対違いますの。その声はまさかポヨですの!? アナタ今どこにいらっしゃいまして!?」
今度ばかりは空耳なんかではありませんでした。
間違いなく、この胸の直接声が届けられてきたのでございます。
かつて私が現役だった頃にたくさん聞いてきた、まるでプリンかゼリーに口が付いたかのような潤み透き通った声……。
そうですの。今のは絶対にポヨの声ですのッ!