目の前であっかんべーして
青と紫の煌びやかなドレスが次第に色と輝きを失ってまいります。
肩口の辺りからドロドロに溶け始めて、タール状の黒粘液へと変化していくのでございますッ!
もはや第二の手足のように扱える黒泥が、私の体表面をぴっちりと覆い直し始めましたの。
もにゅもにゅめにゅめにゅと艶かしく肌を撫でていきまして、擦れる感触が少しだけもどかしくて、胸もお尻もキュンキュンと疼いてしまいます。
けれども今だけは我慢ですの。
全部綺麗に片付けて無事にアジトに凱旋して、その後に皆さまにたっくさん愛していただきましょう。
しっぽりだけでも満足してしまえるのです。
ご褒美の愛というモノはッ! じぃっとお預けしておけばお預けしておくほど、熟成してねっとりと熱を帯びて、熱く激しく燃やし尽くせるんですのッ!
ぅおっほん。
意気込みと我慢はほどほどに、ようやく衣装の再生成が終わりました。
もはやネグリジェと同レベルで着心地のしっくり来るイービルブルーの正装にチェンジさせていただきましたの。
肩出しヘソ出しは自信の証、申し訳程度に短いスカートを履きつつ、照り輝く黒のスパッツ越しにポップなヒップを強調して差し上げれば、お待ちかねの最強魔装娼女が爆誕ですのッ!
くるりとその場で縦にも横にも一回転して、溢れんばかりの美魔女ボディを余すところなく全面にご披露して差し上げます。
胸の揺れは心の気合いを表しておりましてよ。
ビシッと指差して宣言いたしますっ!
「最強の名を賭けていざ勝負ですのッ!
降参宣言以外に判定無しッ! おまけに時間が無期限なら戦法も無制限ッ!
ただ先に負けを認めたほうが負けという、超絶シンプルなルールでよろしくてッ!?」
つまりは最後まで立っていたほうの勝ちですの。二人っきりで行うラストマン・スタンディング・デスマッチです。
地面に背中を3回付けるとか、そんな柔で甘っちょろいモノではございません。
身体も心もボロボロになるまでやりあって、どちらがが身動きひとつ取れなくなってしまったら終わりですの。
ただし、これはエンターテインメントショーであるプロレスとは違います。セコンドもバディも控えてはおりませんし、レフェリーなんかも一切存在いたしません。
本当に、ズルでも卑怯でも何でもアリですの。
「はっはーん。もしや私の経験から造られた複製さんは、正々堂々なバトルしか経験したことがございませんでして? されど現実はそんなに甘くないんでしてよ。不都合こそが常ですの。私が手取り足取りねっとりと教えて差し上げますのっ!」
自称最高最強さんのことですから、きっと逃げも隠れもなさいませんのよね?
こんな些細な条件で怖気付いたりなど、まさかするわけありませんわよね?
「別に何でもいいよ。お姉ちゃんに負けるわけないんだし」
「むっ。今のうちにほざいていらっしゃいましッ! 確かに言質をいただきましてよッ! 後で後悔したって遅いんですのッ!」
何でもアリの泥沼戦。時間にも場所にも期限なし。
……つまりは〝逃げるが勝ち〟も、一応の視野には入れてもよいということですの。
勢いに乗せて、この胸の内の不安を包み隠します。
……保険を打っておいて何が悪いのです。
五体満足に勝るものはございません。
茜とメイドさんを守らなくてはなりませんし。
私の辞書には正々堂々なんて大層な言葉は載っておりませんの!
そちらが何も言わずに承諾なさったからには、私だって手段を選ばずにありとあらゆる策を練り練りさせていただくだけですの!
泥沼以上に泥沼な戦法も、セコくてみみっちぃ卑怯も、乙女らしからぬ悪あがきさえも、柔軟に繰り広げさせていただきましょう。
魔装娼女の私なら可能なのでございます!
「それではまずはこちらからッ! 一撃入れされていただきましてよッ!」
いつもながら狙うは先手必勝です。
攻撃は最大の防御ってヤツですの。
元来より受けを得意とする私ではございますが、最初から様子見感覚で戦っていては、流れや勝機を逃してしまいます。
自ら掴み取りに行ってこそのチャンスですの。
「……偽装 - disguise - 」
もう一度、今度は口の中で小さく呟きます。
履いているヒールの底を素早く軟体化させて、スケートシューズのように変形させますの。
設置面の黒泥を素早くうねうねと動かし続けることで、床と足裏との摩擦を限りなくゼロに近付けるのです。
爆発的に早い戦闘スピードをこの手に、正確にはこの足に実現させますのッ!
いの一番に私の複製さんの懐に飛び込んで、鳩尾に向けて強烈なボディブローを捩じ込んで差し上げま――
「ふん。そんなノロマな攻撃、当たるわけないじゃん。舐めてるの?」
残念ながらヒラリと体を逸らされて初撃を避けられてしまいます。
ただ拳が甲高い風切り音を奏でるのみでしたの。
けれども渾身の正拳突きだけが私の狙いではございません。もちろんのこと二の矢、三の矢を控えております。
というよりそちらこそが大本命ですのッ!
「まったく舐めてなどおりません。むしろ、そんなノロマと称する私に当てられてしまうのが――アナタの痴態と傲慢の表れなんでしてよ」
「んぐっ!?」
勢いを殺すことなく、すぐさま回し蹴りを放って差し上げます。
本来であれば、拳の一撃よりもずっと大振りかつ見破りやすいこの足技など、簡単に避けられてしまったことでしょう。
されども私、早速のリベンジ達成ですのッ!
キチンと複製さんの体にぶち当ててやりましたのッ!
ざまぁ見なさいまし。思わぬダメージに顔を歪めて、今にも距離を取ろうとなさっております。
しかしながら、それは叶いません。
私が絶対に叶わせませんの。
「なんで、動け、なッ!?」
「ぷーくすくす。昔の私は黒泥なんて操ったことはありませんでしたからねぇ。粘体のホントの怖さ、とくと味わいなさいまし。さぁほらほら、絡み付いたら離さない、私自慢のトリモチのお味はいかがでして? ねぇねぇ、鳥籠の小鳥さん?」
「ぐッ!」
どうやら咄嗟に足を上げられなかったようですの。
バランスを崩して前方に倒れかけていらっしゃいます。
満足に動けなければ、私の攻撃を避けるのだって容易ではないことでしょう。
もちろん私の秘策のせいですのっ。
「ふっふんっ。ほれ見たことか、ですの」
さっき靴を変化させるついでに、少量の黒泥をこっそりと床に散らしておきました。
たったの数滴でも侮るなかれ、うっかり踏んでしまったら最後、靴裏に貼り付いたガムよりもしつこく強靭にまとわりつきましてよ。
さすがに全力で剥がそうとすれば取れないモノでもございませんでしょうが、毎度毎度全力で足を上げるというのも相当なストレスになるはずです。
このバトル、一瞬の出遅れが命取りとなりましてよ。
「くっ。さすが地の底に堕ちただけのことはあるね。こんな初っ端から汚い手を使って、恥ずかしくないの?」
「おあいにくっ。私、アジトではもーっと屈辱的で扇情的な行為を嗜んでおりますのでっ。こんなのはまだまだぜーんぜん序の口でーすのーっ」
目の前であっかんべーして差し上げます。
……ただ、言っててちょっと悲しくなりますわね。
けれども仕方ありませんの。それもこれも、全ては彼女に勝つ為なのでございます。