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青色の光

 



 お父様に合流してからというもの、一緒にエレベーターに乗り込んでからも重力を感じ始めてからも、私たちの間にはどこか澱んだ空気が漂い続けておりました。


 彼の発する威圧感をダイレクトに受け止めてしまったせいですの。ついつい萎縮してしまいますの。


 場の雰囲気を和ませられるような、そんな気の利いた言葉の一つさえも浮かび上がってまいりません。


 おまけにエレベーター内の天井やら壁やら、先ほどよりも更に強く青色に発光しているのです。

 より鮮明に異質さを感じ取ってしまうんですの。


 私でさえもこんな不安定な心持ちなのですから、茜やメイドさんはもっとしんどいはずですの。


 重苦しい空気に今にも胸が張り裂けそうなのだと思われます。


 キュウビさんとご一緒していたときのほうが何倍も気が楽だったことでしょう。


 きっと高所で密室なのもよろしくない要因ですの。

 だから早く、早く地下に到着してくださいまし。


 胸の変身装置(ブローチ)を握り締めてしまいます。


 ああ、この黒く輝く宝石が、私たちの胸を覆う不安を綺麗さっぱり吸い取ってくださればよろしいですのに。


 温もり溢れる黒泥に包まれたいですの。


 その中で泥の眠りこけてしまいたいのです。

 何にも考えず、ただただ安らかに……っ。

 


 とはいえ、ちょっとばかり念を強めたところで状況は何一つ変わったりいたしません。もちろん念が届いたりもいたしません。


 このブローチはポヨとは違うんですもの。

 意思や感情の類いは一切備わっておりませんの。


 単なる小道具(ツール)でしかないのです。


 機能を無くしてくれと頼んだのは私ですが、無いなら無いでちょっぴり寂しいときもあるんですのね。


 ただし、嘆いたところで意味はありませんの。


 道具なら道具らしく、せめてアジトとの通信機能くらいはオンにしておければ……とも思ったのですけれども。


 ココは敵地のど真ん中ですの。どこのどなたが傍受しているか分かりませんし、下手に逆探知を謀られては本当に目も当てられない状況になってしまいます。


 ただでさえリスクを孕んだ行動をしているのです。

 今更余計な危惧は増やしたくありません。


 つまり、頼れるのはいつだってこの身一つということですわね。今も昔も何一つ変わらぬ事実、改めて再実感してしまいます……!



 と、そんなユラユラと揺れる乙女心に。

 独り喝を入れ始めていたところでございました。



「……ふぅむ? 今、何か……?」


 ほんの一瞬、耳鳴りがしたかと思えば。



『……メ……ポ……。……麗……まだ……に合う……ヨ。今……お前……勝……な……ヨ。……す……ぐ……帰…………ポ……』


「はえ? また、ですの?」



――再び、あの幻聴が聞こえてきたのでございます。


 極度の緊張が引き起こしているモノなのでしょうか。


 けれどもそんなありきたりな言葉では片付けたくないほど、今回のはハッキリと聞こえてきたような気もいたします。


 内容自体は半分も聞き取れませんでしたけれどもっ。

 それでもっ。聞こえたのは事実なんですのっ。


 間違いなくこの耳に、もしくは胸の奥底に直接向けられているような気がして、ただならない様子の声色にドギマギしてしまったのでございます。


 ふぅむぅ……どこかで絶対に聞いたことがある独特な声ですの……。しかしながら、今まで一度として感じることのなかった意識思念のような声ですの……。


 いったい何を意味しているのでしょう。


 キョロキョロと周りを確認してみましたが、やっぱりお父様にも茜にもメイドさんにも、特に変わった様子は見られません。


 特に後者のお二人は、終始変わらず気まずそうに眉をひそめていらっしゃるだけですし。



「ん? どしたの? 美麗ちゃん」


「あ、いえ、なんでもありませんの」


 振り返りざまに疑問符を折り混ぜた視線を飛ばしてみましたが、ほとんど同じ顔を向けられてしまうだけでした。


 ふぅむ。やっぱりコレは私だけの幻覚なんでして?


 せめて私のほうからもアプローチを示すことができれば、少しは検証の余地が出てくるとは思うんですけれども。


 現段階では一方通行かつ偶然に受信できているようなモノなのですし……もしかしたら本当の本当に幻聴なだけかもしれないのですし。


 薄暗いエレベーターの中、青色の光だけが私の視界を支配し始めております。


 青とは広い空と深い海の色ですの。

 しかしながら悲しみの色でもあるのです。


 ブルーな気持ちやら、冷たさの象徴やら……。


 先ほどの声にもそんな悲観とも後悔とも、また不安とも取れるようなニュアンスが込められていたような気がいたします。


 私の杞憂で済めばよろしいのですけれども。


 どうしてかは知りたくもないですが、こういうときの直感ほどド直球に当たってしまうモノなんですのよね。


 厄介な状況が引き起こる前触れであったり、マイナスイベントが既に始まっていたりと散々な結果に繋がりやすい気がいたしますの。



「…………ぅおっほん。ですがご心配なく。私、これまでも沢山のピンチを乗り越えてきましたから。蒼井美麗の愛され天運力を舐めないでくださいまし」


「今、美麗ちゃん、なんか言った?」


「言いましたけれども言ってないですの」


「う、うん……?」

 

 混乱させてしまって申し訳ありませんの。

 今のは完全な独り言ですのでおきになさらず。



 と、ここでようやくエレベーターが到着してくださったようです。最下層を知らせる表示がみえましたの。


 一瞬の縦揺れを感じたのち、その後ゆっくりと扉が開いていきました。


 視界の開けていた最上階とは全く異なっておりまして、地下の部屋はもっとずっと薄暗い造りになっているようです。


 胸の高さほどの機械が沢山設置されております。

 横二列になって歩くことさえままなりません。


 まるで通路の迷路ですの。


 機械が煩雑にブロックごとに固められているせいか、いくつもの曲がり角が形成されているのです


 おまけにどれも細いケーブルが何本も繋がっていて、そこかしこから赤や黄色の光が漏れ出ていて、足を踏み出していいところが分かりにくいんですの。


 視覚だけに収まらず、面倒なのは聴覚まで……っ!


 辺りからは絶えずピコピコピロピロといった電子音が聞こえてきております。


 それ以外にも何かのモーターの駆動音やら排気ファンの回転音やらが絶えず鳴り響き続けておりまして……っ!



 視覚と聴覚の両方を封じられてしまった気分です。

 

 つい呆気に取られてしまった私でございましたが、対するお父様は少しも振り返らずにそそくさと先へ先と進んでいってしまいました。


 胸のうちから沸き立ってくる苛立ちを気合いで飲み込み直しつつ、早足でその後ろ姿を追って差し上げます。

 

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