微睡みの世界に
眼前にあったのは実に大掛かりな装置でした。大小様々な機器がケーブルで繋がれていて、物々しい雰囲気を醸し出しておりますの。
その中でも一際目を引くのは中央に鎮座した巨大なカプセルでしょうか。成人一人が立ったまま入れるくらいの大きさで、中をジェル状のドロドロが所狭しと満ち満ちております。
何と言いますか、マッドな研究所で得体の知れない奇生物を培養してそうなカプセルですわよね。潜入調査に入った主人公の目の前で割れて、中から奇声と共に襲いかかってきそうなあの感じです。
「デ、ドコマデ記憶ヲ遡ル気ナンダ?」
「そうですね……では、せっかくなので茜と出会った頃からで」
あの子に出会ってから私の世界が変わりました。最初は単に昔を懐かしむ形から入ってもよろしいでしょう。
「フム。数年単位の記憶トナルト、ソレナリニ駆動サセル時間モ長クナル。相応ニ脳ニ負担モ掛カルカラ、何回カニ分ケサセテモラウゾ。ソレデモ構ワンナ?」
「ええ。問題ございませんの」
「ヨシ。ナラ早速ダガ中ニ入ッテモラオウ。服ヲ脱イデ装置ノ後ロヘト回リ込メ。梯子ガ有ル」
はいですの。思えば最近はやたら着たり脱いだりで忙しいですわね。
っていうかやっぱりあのカプセルの中に入るんですのね……予想はしておりましたが。最近長らくぬるぬるローションプレイをしておりませんので肌がビックリしてしまわないかしら。
ローパー怪人さんの仰る通り、裏手に回ってみると、カプセル上部へと続く梯子がございました。あまり手入れが行き届いていないのか所々錆が気になります。まぁそこまで頻繁に使うものではございませんからね。それにちゃちゃっと洗脳を済ませたいなら頭に電極流してビリッとやってしまえばいいのです。
それに比べたらこちらはだいぶソフトと言いますか、正直に言ってしまえば色々遠回り過ぎてまどろっこしい気がしますの。
「登りましたわ。お次は?」
等身大カプセルの上側ともなるとそれなりに高さがありますね。中々の眺めです。高所恐怖症の方には少々お辛いことでしょう。私は平気ですの。
「上蓋ヲ開ケテミロ。中ニ電極しーとトばいざーガ取リ付ケラレテイル。しーとハ両方ノ顳顬ニ貼リ付ケロ。ソノ上カラばいざーヲ装着スルンダ」
「了解ですの」
えっと、電極シートとバイザー……ああ、これですわね。確かに言っている通りのモノがございます。
カプセル上部の蓋は片開きの扉状になっておりまして、その裏側に細いケーブルで繋がった湿布のような物が二枚と、そしてゴツメの近未来的なサンバイザーのような被り物が一つ。こちらはまるでVRビューアーのような感じですわね。
私はそれぞれを手に取り、言われた通りに装着いたしました。
バイザーを被ってみても目の前は真っ暗で何も見えません。これ、もしかして装置が起動したらビリリと電源が入る感じでしょうか。
「足ヲ滑ラセナイヨウニ注意シロ」
「はーい。おっとっと。あ、これって酸素ボンベとか呼吸用のプラグは必要ないんですの?」
蓋を閉めたら密閉されて溺れてしまいません?
「安心シロ。中ハ液体呼吸用ノじぇるデ満タサレテイル。最初ハ不安ダロウガ直ニ慣レルサ。俺自身デ実証済ダ」
ならいいですけど……。ローパー怪人さんってその見た目で肺呼吸なんですの? 皮膚呼吸ではなくって? 他の人間でも人証実験してることを祈りますわよ、これ。
「コチラノ準備モ完了ダ。イツデモ入ッテイイゾ。終ワッタラ引ッ張リ出シテヤル」
「わ、分かりましたわ……」
うだうだしていても仕方ありませんね。
こういうのは思い切りが重要なんですの。ごくり、と息を呑み、思い切って中へ飛び込みます。
ドプリという重めな着水音と共に、徐々に体がジェルに沈んでゆきます。思ったよりも生温かく、ぬるめのお風呂に浸かっているような感覚ですわね。
思い切ってジェルを鼻からも口からも吸い込んでみます。
……あら。別にむせたりしませんのね。喉元を通り過ぎ、胃の中だけでなく肺の中まで液体が満ちてゆくような奇妙な感覚がございます。意外と苦しくはありません。
悪の秘密結社の不思議技術なのでしょうから、原理についてはあまり考えないでおきましょう。
「ドウヤラ大丈夫ソウダナ。ソノママりらっくすシテ心ヲ落チ着カセロ。ばいざーガ自動起動シタラ夢見ノ合図ダ」
「ごぼびばびばば」
「別ニ返事ハシナクテイイ」
「ぶぁい」
やっぱり喋れはしませんのね。
予想はしておりましたが。
今更ながら思ったのですが、ついさっきまで眠っていたのにまたすぐに夢見なんて出来るのでしょうか。まぁそこはトンデモ技術がなんとかしてくれることを祈ります。きっと顳顬に貼り付けた電極シートがいい感じに脳を刺激して、すぐにでも微睡みの世界へと誘ってくれるでしょう。
ええ。こういう思考が邪魔なんですのよね、分かっていますとも。言われなくとも静かにいたしますの。
どろりとした液体に身を任せ、身体の力を抜いていきます。足にも背中にも、どこにも負荷の掛からない、まるで無重力空間にいるかのような不思議な感覚です。
目の前の真っ暗さと相成って、一瞬自分が何処にいるのか分からなくなるような錯覚さえ感じてしまいます。
むしろ、この何の負荷の掛からない感覚が、今はとても心地がいいですわね。何時間でもこうしていられるような気がいたしますの……。
ブゥン、と、バイザーから音が鳴ったような気がしました。
しかし、たかがそれだけのこと。
他に何か気になるようなものはなく。
まるで胎児にでもなったような心持ちで。
やがて私は精神の奥底にある、深い深い微睡みの世界に堕ちていったのでした――
これにて【導入編】終了です。
別に物語が終わるわけではありませんが
区切りとして章を分けておきましょうか。
次ページより【過去編】にまいります。
やっと魔法少女モノ的な雰囲気に出来ますね!
至るまでが実に長かった……(当社比)
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