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蒼井家の人間は〝人より優れて当たり前〟

 


 社長室に入って、今一番に驚いてしまいます。


 お偉い方のお部屋というのはどこも似たような造りになっているのでしょうか。


 お高そうな革製ソファに壁一面に取り付けられた棚、部屋の中央に設置されたシック調のエグゼクティブデスク……つまり社長机を見てしまえば、どうやったって同じようなおカタい空気を感じてしまうのも無理はないと思います。


 もちろん書類の束が連なってゴチャゴチャしているか、それともキチンと整理されているか、多少のちがいはございますけれども。


 きっと連合側には優秀な秘書さんがいらっしゃるのでしょうね。


 ウチのワンマン運営な総統さんとは違いますの。


 あの人ったら肝心な部分は何でも自分で抱え込んでしまうタイプなんですもの。



「……あ、あの、お父様」


 社長室の中には、お父様の姿しかありませんでした。一階で感じたような外部からの監視の気配もございません。


 ただただお父様がお一人、手すり付きのオフィスチェアに腰を下ろして、眼前のノートパソコンを静かに操作なさっているのです。


 私たち三人とも部屋に入り終わって扉も閉めたといいますのに、こちらを一瞥もしてくださいません。


 部屋に入れと仰ったのはご自分ですのに、まるで私たちをあえて無視しているかのような……!?


 そんな重たい雰囲気を感じてしまいます。



「……お、お父様! 統一郎(とういちろう)お父様! 私、美麗ですの。美麗が帰ってまいりましたのっ!」


「…………帰って、きただと?」


「そ、そそそうですのっ!」


 心の底から大きな声を出したら、やっと反応してくださいました。


 ほんの一瞬だけ目が合います。

 凍えるような、冷たい目をしていましたの。


 お父様が静かにお続けなさいます。



「……はぁ。まったくどの口がモノを言うのか。勝手に居なくなったのはお前のほうだろう。帰ってきたと宣う前に、お前には言うべきことがあるんじゃないか?」


「うぅっ……」


 吐き捨てるように仰ったのち、目の前のパソコンに視線を移してまた黙々と業務にお戻りなさいます。


 部屋の中に無機質なカタカタ音が響き渡ります。



 ついつい、言葉を失ってしまいました。



 机腰に見えるその眉間には深い皺が刻まれていて、襟のしっかりとしたビジネススーツがより厳格そうな雰囲気を増長させていて……。


 愛の鞭なんて言葉とは程遠い、まるで仕事のできない部下に対してのような冷徹さを感じてしまったのです。


 実の父親だといいますのに、近寄りがたいオーラが増し増しなんですの。取り付く島もございませんの。



 なんだか、お父様が遠い(・・)のです。



 記憶の中の彼よりもほんの少しだけ白色の混じったお髪が、私たちの間に流れてしまった空白の(とき)をより顕著に表しているように感じられてしまいます。


 思い返してみれば、こうして面と面を向かい合わせて会うのは本当に久しぶりなんですの。


 おおよそ五年ぶりか、もしかしたらそれ以上なのかもしれません。


 私がまだ子供の頃、つまりは全寮制の小中一貫校に通っていた頃は、実家に帰れたのも長期休暇のときだけでございました。


 おまけにお父様は日頃から世界中を飛びまっていらっしゃる関係でほとんど会うことが叶いませんでしたの。


 会えたときに少しでも良い報告ができるよう、人一倍に勉学に励んでいたことを覚えております。



 蒼井家の人間は〝人より優れて当たり前〟。



 二重丸ばかりの成績表を見せるその度に、お父様は言葉と共に頭を撫でてくださいました。


 認めてくださっているような気がして、また蒼井家の一人娘として誇らしく思えて、それだけで嬉しかったのでございます。



 けれども。中学生に上がった際には、その短い面会時間すらも無くなってしまいました。


 ひだまり町にお引越ししたからですの。


 一応、定期の報告自体はメイドさんが行ってくださっていたようですが、お父様からのお言葉が直接私の耳に届くことはございませんでした。


 ……もしや、あまり芳しくないお言葉をいただいていたのでしょうか。


 最後のほうは魔法少女業のほうが忙しくて、授業中に居眠りばかりを繰り返しておりましたし。


 テストの成績自体はなんとかキープしておりましたが、模範的な学生の態度とは言えなかったと思います。



 ……ひだまり町を去ってからはもう、何一つ言えることなんてございません。


 メイドさんもずっと寝たきりの状態のままでした。


 報告なんて皆無の一言ですの。

 音信不通もいいところですの。

 むしろ安否不明をまっしぐらにしてましたの。


 地下のアジトに匿ってもらうようになってからは、それこそ三年と余月、とにかく日の光に当たらないように過ごしてきましたし……。


 命の危険に晒されていたも同然でしたし……。


 それでも生存報告の一報くらいはしておくべきだったのかもしれません。


 ご心配なさらずとも、私はひっそりと生きておりましてよ、と。


 秘密結社にお世話になり始めた頃はまだ、お父様が連合と繋がりがあるとは知らなかったのですから。


 ただの、父と、娘として。

 そして、蒼井家の一人娘として。


 最低限の礼節は尽くしておくべき、だった、かと……っ……今、思えば……っ。



「……その。長らく連絡もせずに……大変、申し訳ありませんでした。お父様には多大な心配をお掛けいたしましたこと、この場をお借りして、お詫び申し上げます」


「何をしていた」


「この数年間、私はずっと秘密結社さんのところに居候をさせていただいておりました。見ての通り、一応は五体満足のままですの。だからご安心くださいまし」


 慰安業務を行う都合上、ほんの少しだけカラダを弄っていただいてはおりますけれども、


 何かが特別に変わったわけではございません。


 その辺はデリケートな部分ですから伏せさせていただきます。


 基本的には今も至って普通な女の子のままなのです。誤差や些末事の範疇として片付けられましょう。


 深々と頭を下げさせていただきます。

 私の思慮が足りておりませんでしたの。


 私を心配していてくださったからこそ、今はこうして冷たくあしらいなさってい――



「誤魔化しの言葉など必要ない」


「ふぅ、むっ……?」



 まだ、お父様の目は冷たいままでございました。


 それどころか、より凍えてしまうような雰囲気さえ感じてしまったのでございます。

 

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