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うぇ、はっ、はいですのッ!

 

 こちらのエレベーター、やっぱり故障していたのではありませんでして?


 だってほら、今はこんなにもスイスイと昇っていくんですもの。さっきから身体に掛かるGが物凄いのです。


 早くも三半規管が悲鳴を上げているくらいです。

 胃も腸も絶えずキリキリ舞いしておりますの。


 地に足を付ければ少しは落ち着くこともできましょうか。ですからしばらくの辛抱でしてよ、蒼井美麗。



 グイと喉と膝に力を入れて耐えること十数秒。


 身体に掛かっていた負荷もだいぶ薄れて、最後の最後にほんの少しだけ揺れを感じさせた、その直後。



「……大変長らくお待たせしんした。最上階に到着いたしんす」


 キュウビさんのご発声と共に、やたらと勿体ぶるような動作でエレベーター扉が開かれていきます。


 ゆーっくりとその先が露わになっていきますの。



 ……またしても言葉を失ってしまいました。


 何がどうなっておりますの。


 エレベーターホールがとにかくトンデモなく広かったのです。一階の比ではありません。おそらくは奥のお部屋部分とダイレクトに繋がっているのではございませんでして?


 これだけ広ければフットサルもできてしまいそうです。両端に観客席を設けたってまだ十分に余裕があるくらいでしてよ。


 だだっ広いこの空間で目に映る家具といえば、それこそ空間のド真ん中に設置された高級そうなアンティークソファくらいでしょうか。


 二対がドドンと申し訳程度に存在しているのです。


 ホント、ここまでの広さが必要な理由を勘繰ってしまいます。


 もしかして朝礼や集団ミーティング用のスペースなんですの?


 中央のソファは朝礼台か何かに使用していたり?


 やたらと床や壁が牽牛そうなのも多人数を安全に収める為〜とか、万が一のときを備えた安心の為〜とかキチンと理由があるんでして?



 この部屋に入ってからというもの、私の疑問が頭の中で生まれては消えをずっと繰り返しておりますが、さすがに誰かにぶつけるまでのことでもありません。


 朝礼の説も冗談の範疇ですの。わざわざこんな不便な場所に集まるのって、かなりおかしなお話だと思うんですもの。大のオトナがお屋敷の最上階でスポーツをするわけだってございませんし。


 第一に人数的にエレベーターに乗り切れないでしょう。


 そ!に社長の業務スペースの目と鼻の先でヤイノヤイノされたら毎朝毎晩お邪魔でうるさいだけでしょう?


 っていうかさっさとその業務場所に連れていってくださいまし。ここが最終目的地ではないのでしょう?


 現にお父様の姿がどこにも見えませんもの。



 そんな私の疑問符状況を知ってか知らずか、キュウビさんが静かに歩みを進ませ始めなさいました。


 今は黙ってその背中を追わせていただきます。


 彼女の進む方向を薄目を凝らしてよく見てみると、どうやら向かいの壁側に、この先へと続くらしい扉が取り付けられているのが分かりました。


 後に続いてカツコツと周囲に足音を響き渡らせて近寄ってみれば……ああ、ようやく……!


 ようやく目的地に辿り着けたことを実感できるのでございます。


 というのもアレですの。


 ドアの真上に目立つように〝社長室〟と書かれた金プレートが掲げられていたからなのです。ここが今日の旅の終点であることを願うばかりです。


 

 扉のすぐ目の前でキュウビさんが立ち止まられます。

 


「コホン。わっちの役割はここまででありんす。あとは主さんのお好きのように。中に旦那様がお待ちゆえに、くれぐれも粗相のないようご注意しなさんし」


「道案内どうもありがとうございましたの。機会が有ればまたお会いいたしましょう。次も絶対負けませんの。せいぜい今のうちから首をキレイキレイにしておいてくださいまし」


「……その次とやらが来れば、是非に」


 そうぶっきらぼうにご返答なさった後、彼女は静かに踵を返して私たちから離れていきました。エレベーターに乗って、一人サヨナラしてしまったのでございます。


 すれ違いざま、ニヒルめに口角がほんのりと上がっていることに気が付きましたの。私からのお遊びへのご勧誘、満更でもなかったことを祈るだけです。


 実は私、キュウビさんにはそこまでイヤぁな雰囲気は感じていなかったんですのよね。もちろん連合に所属しているヤツらの中では、という枕詞付きにはなってしまいますけれども。


 私の現役の頃に、ああいう不愉快の少ない方々がもっと沢山動いてくだされば、こうして今、正道から足を踏み外すことも無かったかもしれませんが……。


 今更何かを言ったところで過去は変わりませんけれども。今の私自身を否定するつもりもございませんし。


 下フロアへと下降(くだ)っていくエレベーターを見届けたのち、改めてドアの前まで近付かせていただきました。


 そして。


「すぅ……ふぅー……いよぅしそれではお二方、準備はよろしくて? 私、今から扉をノックしてしまいましてよ!? 今すぐにでも中に足を踏み入れてしまいますのよ? 今日一番に満を辞してっ! お父様に謁見してしまうんですのよッ!?」


 口から緊張そのものを吐き出しておきます。 思いの丈を測るには単なる電尺メーターでは枯れません。


 今のうちに手の震えも発汗も、すべて、軒並み、曝け出しておきますの。メイドさんと茜ならこの気持ち、きっと受け止めてくださると思います。


 二人ともある意味では私の一番の良き理解者かつ家族同然の存在なんですもの。


 今一度お二人のお顔を視界に映します。



「お嬢様。まずは落ち着いてくださいませ」

 

「美麗ちゃんは美麗ちゃんのペースでさ、何も考えずに真っ正面からぶつかってあげればいいだけなんじゃないのかな。

美麗ちゃんのお父さんがどんだけ偏屈で頑固者かは知らないけどさ。人間なんだから話せばきっと分かってくれると思うんだよ。お嬢様さんに猫背は全然似合わないよっ!」


「うっ。おっけですの……っ!」


 分かりましたの。私覚悟を決めましたの。

 コクリと大きく頷きます。


 ドアの前に仁王立ちして、拳をギュッと握りしめて、手の甲を数回打ち付けるようにしてノック音を響かせます。


 コン、コンと。


 まるで面接がスタートしたときのようです。


 私は中学中退者ですので就職試験などは一度も経験しておりませんけれどもっ。


 そんなことどーでもいいのでございますっ!

 ごくりと息を呑み込みます。


 静かに、お父様の出方を伺いますの。




「――入れ」


「うぇ、はっ、はいですのッ!」



 ドアの向こう側から低い声が聞こえてまいりました。


 バリトンボイスで放たれた言葉には確かな重みが乗っかっております。ドアの隙間からはプレッシャーがビリビリバチバチと送られてきておりますの。


 恐れ多くも、私にとってはコレが酷く懐かしい父の印象なのです。幼い頃から少しも変わってはおりません。今思えばいつも眉間に皺を寄せているような方でございました。


 ビビリな心を必至に奮い立たせながら、ゆっくりとドアノブに手をかけて、そして扉を開かせていただきます。

 

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