――ちゃ……メ……ヨ。……る……ポ……
ここはエレベーターホールでしょうか。
先ほどまでの荘厳な雰囲気とは打って変わって、床も壁もどこか近未来的な装飾に見えてしまいますの。
人工的な青色光を発するケーブルが壁から床下に向かっていくつも伸びているようです。
エレベーターの両開きの扉も、テッカテカと派手な金属光沢を放っております。
とてもではありませんが普段使いされているモノとは思えませんわね。それこそ幹部クラスか、重要なお客が来たときにしか使わないモノかと……!
にしてもこの仰々しさ、ほんの少しだけ嫌な記憶が蘇ってしまいますの。
茜が緊急入院したり、メイドさんが拐われたりしたあの病院の記憶です。
あそこにもやたらと仰々しいエレベーターが設けられておりましたわよね。確か連合の関係者専用のモノだったはずです。
メイドさんの血痕の道が出来ていたり、内部がほんのり薄気味悪かったりと……できればあの病院での出来事はあんまり思い出したくありません。
まさかエレベーターで既視感を感じてしまうとは。
トラウマとは実に恐ろしいものですの。
ただ、この綺麗さだけは地味ぃに羨ましいのです。
ツヤ感や照り感など、ビジュアルから得られる高級感はピカイチと言えるでしょう。
弊社もデザイン的なところは少し見習ったほうがよろしいのではございませんこと?
オンボロとまでは言いませんが、揺れの具合だったり中の広さだったりも完全に負けていそうですからね。
私どもの設備は一般戦闘員さんも上級幹部の皆さまも全員が使うモノですから、どうしたって高級感よりは機能性や修繕性を重視されているのも、分からないでもありませんけれども……!
しゃーないですの。何も言わずに呑んで差し上げますの。
「旦那は最上階におりんす。わっちの仕事は部屋の前に連れていくまで。以降は自力で何とかしなんし」
「りょ、了解ですの」
つまり面会自体は親子水入らずになるということですのね。
……いや、それはそれで困りますの。せめてメイドさんと茜にはご同行いただけませんと、不安で心の臓が萎れてしまいそうなのです。
今一度口を結んで待っておりますと、足元から重たい振動を感じました。どうやらエレベーターが到着したようです。
キュウビさんに続いて私も茜も乗り込みます。
最後にメイドさんが乗り込みますと、勝手に扉が閉まって、そして上昇し始めました。
ああ。重力を直に感じますの。
胃がすぅっとふわふわし始めております。
そうして30秒、1分……2分が経ちましたでしょうか。
やたらゆっくりとした進み方だと思ってしまいました。
むしろほとんど進んでいる気がしませんの。
別に何十階も昇るわけではございませんし。せいぜい四、五階程度、すぐに終わるものだと思っていたのですけれども。
とはいえピッタリ静止しているのであれば胃のふわふわは感じませんでしょうし……まだほんのりと違和感を感じるくらいには微速で進――
「ふぇぁっ!? ゆ、揺れっ!?」
――ガタンッ! と。
一度、かなり大きく揺れましたの。
途端に胃のふわふわ感も無くなってしまいます。
どうやら完全に止まってしまったようなのです。
「あの、もしかして到着なさいまして?」
「いンや。まだでありんすけんど……」
「それなら、まーた幻術とかナントカを駆使して時間稼ぎしていらっしゃいますの? さすがにもう飽きましてよ」
どのみちココまで乗り込んでしまっては簡単には逃げられませんでしょうし。私たちは背水の陣の体現者なのです。
まさか今更、連合側の準備が出来ていないとは言わせませんわよ。私たちだって朝早くから結構激しめのお遊戯に付き合って差し上げたのですから。
時間は沢山ございましたでしょう?
「……よう分かりんせんが、先程から〝何か〟が邪魔をしておりんすよ」
「はぁ? 何かって何なんですの?」
「分からないから〝何か〟なんでありんす。今から機能復旧の申請を送りんすゆえ、少々お待ちなんし」
「ふぅむぅ……」
キュウビさんが不機嫌と訝しみをちょうど二で割ったようなご表情を浮かべていらっしゃいました。
嘘を付いていそうな顔ではありません。
そうして何やらカタカタと階層ボタンをご操作し始めなさいましたの。多少の苛立ちも含んでいるのか、目にも留まらぬ速さでボタンを連打していらっしゃいます。
お言葉のニュアンスから察するに、ただの故障や不具合とも異なるようなのです。原因不明の、不思議な現象ってことですの?
……にしても、何か、つまりは何者かによる邪魔が入るとは、それもまたおかしなお話ですわよね。。
だってここはヒーロー連合のど真ん中なのでございましょう?
謁見の妨害を企てるような方が、この施設内のどこにいらっしゃると仰るんでして?
まさか連合も単なる一枚岩ではないのでしょうか。
世の中の政治の世界よろしく、穏便派と革新派のような内部分裂が起こっていたり?
例えそうであったとしても、私とお父様の面会を阻止することにそこまでのメリットがあるとは思えませんけれども。
派閥の問題でなければ、それ以外に思い付けるのは敵対勢力の介入でしょうか。
しかしながらその説もだいぶ薄いはずなのです。
ここに来るまでが結構大変な道のりでしたからね。
突破できる人材だってかなり限られてしまうはず……!
少なくとも弊社所属の方でもないと思いますし。
悪の秘密結社の皆さま方も、今回ばかりは快く私の背中を押してくださいましたからね。ヘタに横槍を入れてくるような不埒な方は、弊社の中には一人も該当いたしません。
彼らの誠実さは私が一番存じ上げておりましてよ。
普段から心と身体をぶつけ合っているのですからっ。
それよりねぇねぇまだですの?
まーだエレベーターは復帰いたしませんの?
独りブー垂れて拗ねようとした――ちょうどそのときでございました。
どこからか〝どなたかの声〟が聞こえてきたのでございます。
『――ちゃ……メ……ヨ。……る……ポ……』
「はぇ? 今なんて? メイドさん? それとも茜? 何か仰いまして?」
「いえ、私めは特には」
「同じくだよー」
ふぅむぅ。私の気のせいだったのでしょうか。
もし茜も耳にしていたのであれば少しは怪訝に思ってくださったでしょうし。そんな素振りは一ミリも見えませんの。
お二人とも特に変わったご様子はございません。
今の声、かなり遠くのほうから聞こえたようにも、その逆、すぐ耳元で囁かれたようにも聞こえましたの。
一番近い印象のモノで言えば変身装置を介した遠隔通信のときみたいな。
頭の中に響くあの独特で奇妙な感覚に似ていたのでございます。
まるで心に直接、しかも一方的に感情だけをぶつけてきているような……?
まぁ別によろしいのです。
よく分からないことをずっと考えていたところで全く埒が明きませんし。きっと緊張によって生じた空耳か勘違いだったのでしょう。再発もいたしませんし。
「そろそろ復旧し終わるようでありんす」
「むむ。了解ですの」
ほほう。中々に仕事が早いですわね。
連合連中のエンジニアも侮れませんの。
弊社の技術屋の皆さまともイイ勝負しておりましてよ。
また重力を感じ始めました。
さっそく胃がソワソワいたしますのっ。
どうやらエレベーターが無事に再起動したらしいのです。