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いちいち凹んでいないで



 キュウビさんがドアを小気味よくノックなさいました。



「件の客人をお連れしんした。扉を開けなんし」


 そうして胸の前で腕を組んで待機なさいます。


 近くにインターフォンなどは見当たりませんが、わりと声を張りめにしてどなたかに話しかけていらっしゃいましたの。


 弊社でいう転移担当のスタッフさん的な役割の人がいるのでしょうか。もしくは建物の管理人や受付のお姉さん的な存在でして? 少なくとも私のメイドさん以外にもそれなりの数を雇っているのでしょうし。


 しばらくその場で待っておりますと、扉の向こう側から(かんぬき)のようなモノが外れる音が聞こえてまいりました。意外にアナログなんですのね。


 まもなくしてゴゴゴゴと仰々しい音を立てて扉が開いていきました。身を震わすような地響きがいたします。開き終わるまでに数十秒掛かりましたの。


 見た感じでは鉄扉でも石扉でも何でもなさそうでしたが、連合の本拠地なだけあって牽牛な造りになっているようです。


 開いた先にはどなたの姿もございませんでした。

 実際のところ自動ドアだったようです。


 やっぱりデジタルだったんですのね。

 ややこしいですの。全然知りませんでしたの。



「……外庭で遊ぶときはいつもメイドさんが案内してくださいましたものね。まして幼い頃に自力で開けることなんて出来るわけもなくて……」


 いつも誰かに頼ってばっかりでしたの。


 あ、そういえば中庭か裏口みたいなところもございませんでして?


 そこから忍び込めたら、何も今みたいに真正面から乗り込む必要もなくて、いつも通りこっそりと潜入気分で入っていけた――のでしょうけれども。

 

 今回の訪問に限っては取らぬ狸、もしくは砂上の楼閣でしかない空論です。


 キュウビさんが先導役を務めていらっしゃるからですの。やはり牽制役も兼ねていらっしゃるのでしょうか。



 今一度ドレスの裾を整え直しつつ、私もまた先を歩む彼女の後に続きます。


 それにしても、実際に目に映してから分かる……我が家の財力と広大さ、そして末恐ろしさですわね。


 玄関ホールだけでさえも圧巻の一言なのです。

 豪華絢爛さについつい目が泳いでしまっております。


 だってほら、まるで舞踏会でも開くのかというくらいに広々と、そして煌びやかな装飾が施されているんですもの。


 正面には童話のシンデレラを思い出すような左右対称の登り階段が。

 踊り場に設置されたアンティークの壁時計が。

 足元には金色の幾何学紋様が刻まれた真っ赤な絨毯が。

 頭上にはガラスか金属かもよく分からない巨大なシャンデリアが燦然とぶら下がっておりまして……!


 天井には何やら天使やら神様やらの壮大な絵が描いてありますし、それを支える柱も……一本一本が大理石の彫刻になっておりませんでして? 


 目に映る全てにマネーの香りがいたします。



「……はぇー……私、トンデモないところで生まれ育ってきたんですのねー……。地下暮らしになって初めて分かる実家の太さですのー……。さすが財閥の名は伊達ではありませんでしたのー……」


 この光景を知っていたはずの私でさえ、思わずお口をあんぐりと開けたままになってしまうレベルなのです。


 それにお掃除もよく行き届いているようですの。


 足元から壁際まで、それどころかちょっとした物陰にさえもチリ埃の一つとして見当たりません。全てがピッカピカに光り輝いて見えますの。


 この空間一帯がそのまま飾り物であるかのような、面で攻めてくる圧力につい言葉を失ってしまいます。


 私でさえ黙りこくってしまうということは。


 おそらく一般ぴーぽー出身の茜にとっては、もっとずっと強い重圧に感じられてしまうのではないかと思われます。


 というわけですので、振り返ってみたところ。



「………あ、え、うそ、ふぇ……。み、みみ美麗ちゃ……あ、いや、私もお嬢様って呼んだほうがいいのかな。それともアレかな、名前を呼ぶのもおこがましいレベル?

もしかして今すぐ床に平伏したほうがいい? でも、そしたら絨毯が汚れちゃうよね……ああ、どうしよ。今すぐにでも宙に浮きたいぃ……」


「ああもう気をしっかりなさいまし。別にいつも通りに振る舞えばいいんですの」


 お友達に貴賤の差など関係ありませんし、まして私はもう実家を出た身分のつもりなのです。


 イコールただの蒼井美麗も同然ってお話ですのっ。


 初めから猫背になってしまってはいざと言うときに動けませんでしてよ。貴女のようなスレンダーなご体型なら尚のことですの。


 それにほら、すっかり緊張に身を縮こませている貴女でも、ほんのりとは感じられていらっしゃるのでしょう?



 この、突き刺すような数多の視線を。



「5……いえ、最低でも10人は隠れておりますわね。さすがにキュウビさんほどではないでしょうが、それなりの手練れさんを、よくもまぁこんなに律儀にお集めなさいまして」


「……うん。見事に囲まれちゃってるみたいね」


 それはもう周囲の至る所からビシビシと感じてしまうのでございます。


 複数台の監視カメラが隠されているのか、はたまた集団で隠れ身の術でも行っているのか。方法は不明ですが、少なくない人数が現在進行形で私たちのことを見張っておられるのでしょう。


 醸した気配自体はあまり隠す気がないらしいのです。


 もしくはあえて存在を晒すことで私たちの行動を牽制していらっしゃるのでしょうか。


 何にしたって気持ちのイイ状態ではございませんわよね。



「手出しはしないよう言ってありんす。もちろん、主さん方の態度次第とはなりんすけんども」


「私たちだって野蛮で脳筋なお猿さんではないのです。分別くらいは弁えているつもりでしてよ。まったくぷんぷんですのー」


 どちらにせよ下手な動きは出来ません。

 もちろんするつもりもありません。


 茜やメイドさんをむざむざ危険に晒すわけにはいきませんし。



「で、まさかあのやったら長い階段登るんですの?」


「いンや、最上階に向かう用のエレベーターがありんす。黙って着いてきなんし。なお、ところどころに幻術を施しているゆえ、道順を暗記したところで意味はありんせん。悪しからず」


「別に後からコソコソ攻め込むつもりなんかないですの。忍法悪しからず返しを即発動ですの」


 ドヤドヤとニンニンポーズをお見せして差し上げましたが、かなりキツめの睨み顔を向けられただけでお返しの言葉はございませんでした。


 美麗が華麗にスルーされてしまいましたの。


 ちょーっと冷淡すぎではありませんでして?

 愛想笑いの一つや二つくらい見せてくださってもよさそうですのに。


 茶化しは心の焦りと不安を誤魔化したいが為ですの。別に律儀に受けを狙っているわけではございません。


 うおっほん。いちいち凹んでいないで黙ってキュウビさんの後に続きます。


 

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