倫理を先とするか効率を先とするか
比較的自然豊かな庭園エリアを通り過ぎますと、今度は打って変わって道の周りには少しずつ人工物が増えてまいりました。
一定間隔でゴツゴツした見た目の電波塔が立っていたり、遠目には理路整然と並べられた団地のような建物群が見えていたりと、明らかに後から後から建て増しされていった感が満載ですの。
巨大な正門を通り過ぎる前に見た、あの無機質で真っ白な街並みに近いのです。なんだか冷たくて嫌な感じです。
実家の邸宅は確かに見覚えがありますが、この辺の無機質な建物群は私の記憶には一切ございません。
殺風景すぎて逆に息が詰まってしまうような……妙ちくりんな狭っ苦しさに今にも押し潰されてしまいそうな違和感バリバリですの。
「新築にしてはあまりに無骨すぎまして……」
始めは敷地内で住み込みで働く方々に向けたアパート的施設かとも思いましたが、御多分に洩れず辺りには人の子お一人見えませんし。
招かれざる客の気配を感じ取って、執拗に隠蔽されているのかもしれませんの。
ここまで誰も居ないと不安になってきてしまいます。
私の第六感的な本能がコレは何かおかしいですのと騒いでおりましてよ。
「あのぅ。この辺っていつもこんな感じなんですの? それとも活気がないのは今日だけでして?
こんなに人がいないのであれば、パトロールも随分と楽チンなのでしょうね。キュウビさんの担当エリアなんですの?」
「いンや、わっちの本業はですくわーくにありんす。基本、出不精の遠隔保守管理人でありんすから。居ても居なくてもあまり変わりんせん。まして特に最近は人員の手も必要なくなってきんしたゆえ」
「ふぅむ。私たちが現役のときなんて、それこそ昼夜問わず駆り出されていたっていいますのに。大々的な方針転換でもされまして?」
あの頃は寝不足も発熱も全然お構いなしな命令ばかりされましてよ。西に東に大忙しで、本当にブラック企業もいいとこでしたの。
おかげでテスト勉強もロクにできませんでしたし、不甲斐なさに何度枕を濡らしたことか。
きっとあのままの生活を続けていたら私の心が壊れてしまっていたことでしょう。茜への強制洗脳の件もございます。
むしろ犯罪紛いの行為やらやりがい搾取やら、黒もドス黒真っ黒けっけ、ヒーロー連合は一方的に吸い込むだけのブラックホール企業でしかありませんでしたの!
……けれども、キュウビさんや葬り去った馬男や鳥男を見た感じでは、そこまで搾取されているようには見えません。
地方の最低賃金格差的なアレでしょうか。
それとも幹部は色々と待遇がよろしくて?
見習いの魔法少女だけが割を食う悲しき構図があったりいたしますの?
あの頃よりも少しは改善されているようなら、既に部外者と化した私はもう何も言いませんけれども。
「時代は変わりましたのね。魔法少女が特に必要とされない未来、ですか」
それにしても人員の手が必要なくなってきた、とは妙に引っかかる言い方をなさいますのね。
私が初めて魔法少女になれたときなんて、それこそビックリ仰天レベルでしたのに。
人手不足どころか希少価値でしたの。
変身の素質がある者はほんの一握りしか存在しないはずで、己に隠された才能に一喜一憂していたくらいですのに。
それがいつの間にか花園さんや翠さんのような簡易変身ができる即席魔法少女が誕生するくらいにまで手軽なモノになっておりました。
それからまた更に月日が経っているのです。
まして常に時代の最先端をゆくヒーロー連合や悪の秘密結社ですの。
末端の私たちでは想像もできない新たな技術が生まれては消えて、実験の果てに実用化されて、世の貢献の為の準備をされていることでしょう。
ともなれば案外変なコトでもないのかもしれませんわね。私の中だけの勝手な納得ですの。ぶっちゃけどーでもいいですけれども。
一人勝手に結論付けてしまった私を他所に、キュウビさんが終始声色静かに続けてくださいます。
「……そう遠くない未来、一般卒の変身装者は一人も要らん世の中にもなりんしょう。
ある意味ではわっちもその波に呑まれつつある旧き者の一人。なまじ便利な幻術を有していたが故に、今も辛うじて居場所が残っているだけに過ぎんす」
「あんなにお強いのに窓際族候補とは、さぞかし新技術とやらは画期的なんでしょうね」
「……倫理を先とするか効率を先とするか、その辺はちょいと灰色なところでありんしょうな。ねぇ、青の主さんや」
「ふぅむ?」
なんでそこで倫理が出てくるんですの?
そしてどうして私単体に話しかけなさいまして?
お話を聞いているとなんだか連合も秘密結社もあんまり変わらない気がいたします。不届き者への拷問とか洗脳とか、志願者への手術とか、合法か非合法かと問われたら間違いなく後者ですもの。
突拍子もないお話ってどうしてこうもロマンが溢れているんでしょうね。
決して理解の及ばないおーばーてくのろじぃな物事って、なんだか聞いてるだけでテンションが上がってきてしまいますわよね!
よく分からないからこそ無性にカッコイイって思っちゃいますの!
私の中の少年心をビリビリ刺激させられてしまいますのー!
いえ、私は生粋の乙女ですけれども。
ただ少々の機械音痴を自覚している分、小難しい話をされたところで理解できるはずがないことも分かっておりますの。
コアなお話は専門家の皆さま方にお任せいたしましてよっ!
私は触りだけ表面だけ、勝手に楽しませていただくのでございます!
「――言っておきんすが、青の主さんはあながち無関係な内容ではありんせん。せいぜい覚悟をしておいておくんなまし」
「へ、あ、はえ?」
だからなんで私にだけ釘を刺すんですの?
私は既に正義の味方を引退した身です。
むしろ茜のほうが今も魔法少女の力を行使しておりましてよ。
ともかく詳しい判断は見てからになりますわね。
私の元来の直感力にプラスして、魔装娼女的な感知アンテナも張っておきましょう。
私、なんだかんだで運は良いのです。
今まで間違った判断には至っておりませんの。
全部結果論ですけれども。
……そうでも思っておかないと、今の自分を愛することなんてできませんもの。