答えは向かう先にありんしょう
「一応ご紹介しておきますの。こちら、ヒーロー連合所属のキュウビさんです。つい先ほどまで私たちと死闘を繰り広げておりましたが、なーんやなんやで負けてしまった哀れな女狐さんでいらっしゃいましてよ」
別に嘘偽りは言っておりません。
多少の誇張は挟んでおりますけれどもっ。
バックミラーに不安そうなお顔が映っております。
この際ですからグイグイと念押ししておきましょう。
「とりあえずご安心くださいまし。今はただの道案内役と成り果てていらっしゃいますの。同乗したところで大した害はございません。メイドさんは大船に乗ったつもりで安心して運転してくださいまし」
「は、はぁ」
「あっはは。美麗ちゃんのその地雷原を裸足で駆け抜けてくスタイル、私は嫌いじゃないよ。……いや、結構背筋凍っちゃったけど」
「――ふぅむッ!? 今日一番のお殺気ッ!?」
なんとまぁ奇遇なことでしょう。
私もたった今凍えるような殺気を感じてしまいましたの。
殺気の出所は分かっております。
……さすがに冗談が過ぎましたかしら。
恐る恐る振り向いて、件の狐面女さんのお顔色を伺ってみますと。
とっても怖いお顔をしていらっしゃいました。
「……コホン。わっちが本気を出したら主さん方など片手で捻り潰せんす。されども手を出さんは慈悲と命令ゆえに。今更無益な血なんぞ流したくありんせんしょう?」
「ももももっちろんですのっ。分かっておりますのっ。ほんの少しの乙女ジョークを挟んでみただけですのっ」
単なるイライラレベルではありませんのッ! いかにも不機嫌感MAXなキュウビさんがいらっしゃいましたのッ!
今もなおムスーっとした顔のまま突き刺すような視線を送ってきていらっしゃるのですッ!
自ら撒いた種ながら実のところかなりビビってしまっております。下手したらこの狭い車内で再戦のご案件に発展してしまいそうな……そんなギリギリのお空気を感じます。
ただでさえ真っ向から真面目にやり合ったら、それこそお競馬でいう15番人気の単勝馬券が当たるくらいの確率しか勝ち目がないんですのっ!
買い込むにはかなりの勇気が必要な、博打な穴馬爆弾美麗ちゃんになっちゃうこと間違いなしでしてよッ!?
それだけはホントに勘弁させていただきたいですのッ!
「……すみませんの。調子に乗りましたの」
急いで頭を下げてごめんなさいいたします。
もし仮に彼女が本気でヤる気であれば、この思考を走らせている最中に、既に無傷では済んでいなかったことでしょう。
あくまで放たれた殺気は一種の警告であって、キレのいい牽制球として送ってくださったのだと察しております。
けれどもやっぱり、メイドさんに余計な心配をかけてはいけませんわよね。反省いたしますの。そして真摯に振る舞い直しますの。
「ぅおっほん。というわけで改めまして、こちらヒーロー連合幹部のキュウビさんですの。何だかよく分かりませんけど今から道案内をしてくださるそうです。
これが罠なら悲しいですの。もう勘弁してほしいですのー」
「分かればよろしんす。主さん方に罠に嵌めるだけの価値があればようござりんすけんど、ソレはわっちの決めることではありんせんゆえに」
少しだけ微笑まれて、ふっと小さく息をお吐きになりました。どうやら事なきを得られたようです。
その後は特に何も仰らずにただ背もたれに身を預けなさいましたの。更には狐のお面でお顔を隠してしまわれます。
ますます表情が分からなくなってしまいましたが、仕方ありません。
私が招いてしまったこの重たい空気、打破するのもまた私の仕事といえましょう。このキュートでプリティなお尻はスラリと伸びた自らの手で拭うしかないのでございます。
「ではでは気を取り直してのご質問ですのっ!」
「……ほう?」
「キュウビさんだってただの気まぐれ一つで私たちにお遊戯を仕掛けたのではございませんのでしょう? アレっていったいどなたからの差し金でして? やっぱりお父様? それとも別のお上司の方?」
今のうちに話題をすげ替えておきます。
ついでのついでに核心にも迫っておきますの。
先ほど命令とか何とか仰っておりましたが、その辺りが大いに関係しておりますのよね?
ねぇねぇ気軽に教えてくださいましぃ。同じお車に乗り込んだ仲、ましてや同じ黒泥に包まれて、身体の隅々まで確かめ合った仲だといいますのに。
仮面で覆い隠したそのお顔、今はどんなご表情を浮かべていらっしゃいますの?
「…………そう焦らんでもジキに分かりんす。答えは向かう先にありんしょう。運転主。疾くと城まで車を走らせなんし」
「んむぅ。キュウビさんのいけずぅ」
戦っている最中はやたら楽しげで饒舌でしたのに、車内に移ったら打って変わって冷たいご反応なさいますのね。
もしかしなくてもこちらが元来の性格なんですの?
それともとにかく戦闘大好きさんなだけでしたの?
分からんちんのままではモヤモヤいたします。
とりあえずこじんまりと座り直しておきます。
意識を向けられたお返事の代わりか、ほんのり苦笑を浮かべたメイドさんがリムジンを動かし始めなさいました。
少しずつ景色が流れていきます。
ソファを通して細かな振動が伝わってまいります。
しかし空気はどこか澱み留まったままなのです。
答えはこの先にある、ですか。
ホントにそうだとよろしいのですけれども。
微妙な気まずさと緊張感から逃れるため、自然と窓の外を眺めてしまいます。
街路樹のすぐ脇を通り抜けて、ツツジの蕾がたくさんついた植え込みを遠目から眺めて、噴水の煌めきを意味もなく見つめ続けて……。
しばらくの間、ただ無言で心を落ち着かせることに専念させていただきました。
私も茜も戦闘衣装からドレス姿に戻るまでそんなに時間は掛かりませんでしたの。
図らずも生着替えの披露となってしまいましたが今更減るようなものでもございませんし。
既に身バレしてしまっているのも同然ですし。