あれ多分
「ほーれむにむにぃ〜。そーれふにふにぃ〜。肉体労働とはまさにこのことでしょうね。いやはや精が出ますの〜。いえ、私からは出ませんのっ。出すのはいつも殿――」
「「……っ……」」
「――おっと。今のはちょっと凄かったですわね」
もうそろそろ十数分はくすぐり続けておりますでしょうか。
いつのまにかどの分身体もびくんびくんと痙攣するだけになってしまいましたの。まだまだ序の口だといいますのに。あと破の口と急の口が控えているといいますのに。
まな板の上の鯉のほうがまだ元気ではないでしょうか。
私の秘術を味わう前に脱落なさるとは勿体ない限りですのっ! 気持ち良さの真髄はこの先に存在するんですのっ!
「ふぅむ。ま、今回はこの程度にして差し上げますか。いきなりハードなおプレイというのもお辛いでしょうし」
じわりじわりと蠢かせつつ、気持ち的にはほんのしばしの休憩を挟んでおきますの。
少しだけ退屈になってしまいました。
手持ち牝豚さんですの。いえ冗談ですの。
先ほどから一人ノリツッコミを何度繰り返したことでしょうか。
ついつい感じてしまう不完全燃焼みを抑えるため、むむぅーと口を尖らしていた、ちょうどそのときでございました。
突如として、スポポポパパンッ、と。
「ふぅむッ!?」
まるで火にかけた直後のポップコーンのように、取り押さえていたはずの分身体が全て弾けて消え去ってしまったのでございます!
もしや一瞬の隙を突かれて逃げられてしまいましたの!?
私が油断した姿を見せてしまったせいで!?
と、思ったのですけれども。
「……そういうわけでもなさそうですわね」
どうやら事態が悪転したわけでもなさそうなのです。
キョロキョロと辺りの様子を窺っているうちに、やや離れた位置にふぅと息を吐いて汗を拭うレッドの姿が目に入りました。
私と目が合ってすぐ、どこか安心したような表情で彼女のほうから駆け寄ってきてくださいましたの。
確かな笑みが戻っていらっしゃいます。
けれども……あらら?
少しだけ不思議そうな色も残していらっしゃるようです。
「あのさブルーちゃん。アイツに何かした?」
「ふぅむ? 何かって何でして?」
「例えばほら、ちょっと刺激強めなコトとか。っていうのもね。ヤツってば戦ってる最中にいきなり顔真っ赤にしてしゃがみ込んで、そのまま動かなくなっちゃったモンからさ」
「あ、ふ〜ん、ですの。うふふふふ」
あえて言葉を濁しておきましょう。多分その身に受ける快楽に耐えきれなくなっちゃったんでしょうね。
身体の数が8倍に増えているのなら感度も8倍になるって寸法ですの。小学生でも分かる簡単なお算数です。
どこかのタイミングで緊張の糸が解いてしまって、分身体が溜め込んでいた〝圧〟を一度に吸収してしまったのかもしれません。
何か刺激的なコトをしたかと問われたらもちろんその通りなんですけれども。わざわざ詳細に言及するつもりはございません。
私が身動きの取れない者のお身体でナニを楽しんでいたかなど、この状況では些末事でしかありませんからね。
すべて悪戯心と遊び心の表れですのっ。
戦闘力では敵わなくとも、それ以外の分野でしたら勝てるコトがあるってのを証明して差し上げたまででしてよっ。
「ぅおっほん。私の大手柄ということでここはお一つ。それはさておき、こちらにレッドが戻ってこられたということは」
「うん。ちゃんとタッチできたよ。最後呆気なさすぎてちょっと面食らっちゃったけど」
「それはよかったですの〜。やっとお胸をさらりと撫で下ろせますの〜」
「そっ。勝ちは勝ちだもんね!」
素敵なサムズアップを向けてきなさったので、私も自身ありげに返して差し上げました。
この勝負、私たちの勝ちですの。
茜が分身トリックに気付いてくださったおかげではありますが、私だってことキチンと貢献いたしましたの。
トリモチ拘束スペシャルくすぐり大作戦が功を奏したようで何よりでしたわね。
実際のところは燻っていた加虐心を満たしておきたかっただけ……というのは私だけの秘密にしておきましょう。
「それで、狐面女は今はどちらに?」
「主さん方のすぐ後ろに居りんす」
「「ひぅぃっ!?」」
背後から声が聞こえてまいりました。
咄嗟に身を翻してこの場から跳ね除きます。
警戒のために黒泥杖を生成いたしました……が、どうやら杞憂で終わりそうですの。
「ご安心なさいんし。わっちから条件を示した手前、今更反故にはいたしんせん。……く、ふぅ」
彼女からは、今はもう殺意や敵意の類いがほとんど感じられなくなっておりました。
キチンと賭けの失敗を認知してくださっているようです。ひとまず安心できそうです。
むしろほんのりと頬を赤らめて、今も恥ずかしそうに目を逸らしている辺りなんかは敵ながら小動物的な可愛らしさまで覚えてしまいます。
はだけた着物に高揚させたお肌。
未だに荒い息遣い。女性的な身体つき。
場所が場所、時が時なら即事案モノでしたわね。
私たちだけしかこの場に居ないことをラッキーに思ってくださいまし。
花魁風な話し方をなさるわりには意外なほどにウブでしたの。さすがはおカタい連合のご所属って感じですわね。もっと自由を謳歌なさったらよろしいですのに。
ともかく、私たちは賭けに勝ちました。
背中を3回地に付ける前にアナタの本体に触れることができましたの。さっさと約束を守ってくださいまし。この出口のない迷路から私たちを解放するのです。
ふんすとドヤ顔を見せ付けつつ、ガッツリと腕を組んで威圧して差し上げます。
「今からこの場に施された幻術を解きんす。決して驚かれんよう」
「ほいきたですのっ。わっくわくっですのっ」
狐面女の声に呼応するかのように、段々と吹き始めた風が草原を靡かせます。
その後、どこからともなく湧き現れてきた木の葉がふわりひらりと宙を舞い始めましたの。
いずれも空高くまで舞い上がって、少しずつ集まって巨大な輪っかを形成していくのです。
「………………そういえば」
ここからは私の中のちょっとした疑問です。
分身体のほうは思わず解けてしまった感がありましたのに、この空間全体の幻術には少しも綻びが出なかったんですのね。
この空間術式のほうがより複雑かつ強固な幻術だったのか、それとも分身体を解いたのはあくまで彼女の手加減的な意味合いを含ませた故意だったのか……。
もしかしたら、本来であれば片手で捻り潰せるような私たちの頑張りを少しは認めてくださるおつもりにでもなったのでしょうか。
バトルは終わりましたので、今はもう私と茜に真実を知る術はございませんが、ともかく望んだ結果にはなったので無問題と思っておきましょう。
一面の草原が、どこまでも澄み渡る青い空が、少しずつ少しずつ歪んでいきます。
一見では転移のスタートに似ておりますが、こちらはあくまで視覚だけに来るぐんにゃり感です。
内的な気持ち悪さはございません。
何もなかったはずの空間にうっすらと影が見え始めました。草原だった一面が整備された無機質な道路へと切り替わっていきます。
遠くに見える丘の上に何か建物が建っているようです。
……私、あの建造物に見覚えがありますの。
あれ多分、私の実家のお屋敷ですの。