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よく分かる緊縛アート 〜猿でも分かる縛り縄のススメ20選〜

 

 部屋の外に出る手前、ドアの傍らに綺麗に畳まれたネグリジェがございました。茜が着ていたものとは色が異なりますので、おそらくはご主人様の仕業でしょう。手に取って見てみるとシワ一つない綺麗な新品のようです。


 私が寝ている間に届けてくださったのでしょうか。昨日言質をいただいたフワフワもこもこの寝巻きは見当たりませんので、こちらは一旦の補填ということなんでしょう。まったく律儀なお方ですの。


 せっかくですので着させていただきます。ふむ、やっぱり新品は肌触りが違いますわね。とにかく全てがスベスベのマンジュウガニですの。


 余談はこれくらいにして、私はドアに手をかけつつ振り返ります。


「茜。私はちょっと外出してきますが、あなたはどうぞお好きにお寛ぎなさってて」


「ううん。美麗ちゃんが居なくなるなら私も出るよー。どこ行こっかなー」


 そう言うと彼女もベッドから立ち上がりました。


「あら、お気遣いどうもですの」


「こちらこそ。また一緒にお昼寝しようねー」


 とててと私に駆け寄ってきましたので反射的に頭を撫でてしまいました。彼女の顔を見る限りまんざらでもなさそうな表情なのでよしとしましょう。


「それでは、また」


「うん」


 一言返事の後、茜はエレベーターとは反対の方向へを歩みを進めていきました。鼻歌まじりに歩く彼女を背に、私は思いに耽ります。


 あの子と一緒に居られるだけでいいと満足していたはずの私ですが、この頃はもっと欲深くなってしまっているのです。


 きっと今の茜もこの生活には十分満足していることでしょう。けれど許されるのであれば、私がありのままの気持ちで不自由の中の自由を満喫しているように、あの子にももう少しくらい仮初の世界で自由に生きられる心を返して差し上げてもよろしいのではないか、と。


 あの苦肉の策が最善だとはとても思えないのです。もしかしたら今以上の選択肢は存在しないのかもしれませんが、少しばかり見直す機会はあってもよいはずです。


 これは私の独善で押し付けがましいことなのでしょうか。



 私が過去を見つめ直すことは根本の解決にはなりません。しかし、今の生活をより向上させる手がかりにはなるかもしれませんの。


 お互いの心の闇を隠すのではなく、心の闇と共に共存する方法を、心の外側から見つめ直すのです。


 過去を振り返るのは正直あまりよい気分ではありませんが、あの子のためなら頑張れる気がします。そうやって私は一度失敗しているのですが、今度はあのときとは違って何にも追い込まれてはおりませんからね。


 嫌になってしまったとしても、また全てを投げ出してしまえば現状維持はできますの。これ以上の改善策がないのであれば必要以上に足掻くこともいたしません。都合の良い話なのです。


 はてさて。ここまでよく分からないような話をして困惑させてしまったかもしれませんが、ようするに、あんな夢を見てしまったのも何かのきっかけ、ということで私の深層心理を紐解いてみようかという話です。




 いつのまにか私の体はエレベーターに乗り、通路を渡り、独房エリアの前へと到着しておりました。先日までそこそこ通い詰めておりましたからね。今では目を瞑っていても歩幅の感覚で辿り着けるかもしれません。いえ、さすがにそれは過言でしょうか。


 立ち並ぶ檻々を通り過ぎます。

 相変わらず陰気くさい場所ですわね。どいつもこいつもここに囚われている連中は沈んだ顔ばかりですの。いつまでもそんなままでは人生楽しくありませんわよ。と、かつては彼らと同じ顔をしていた私が言えたことではありませんが。


 その心境を思えば少しは同情してあげる気にもなりますが、したところで大してメリットはございません。華麗にスルーが安定でしょう。

 第一に今の私の目的は捕虜ではないのです。



「ローパー怪人さん、いらっしゃいまして? 遊びに来ましたのー」


 挨拶もそこそこに、エリアに入ってすぐ近くの管理人室を覗き込みます。


「オウ。ぶるーカ。何ノ用ダ」


 いらっしゃいました。椅子に腰掛け、眼鏡をかけて何かの本を読んでいらっしゃったようですが、私の声に手を止めてプルルンとこちらに振り向いてくださいました。


 大事な読書中にお邪魔して申し訳ありませんの。そこまでお時間は取らせませんので。


 ちなみにその手に収まる本のタイトルは……ほほう、『よく分かる緊縛アート〜猿でも分かる縛り縄のススメ20選』ですか。勤勉な方ですね。是非私にも貸していただきたい逸品ですの。

 大変興味深い内容なのですが、本日の用事を忘れてはいけないのでございます。



「えっと、洗脳調整室をお借りしたいのですが」


「誰カ染メ直シタイ奴デモ出テキタノカ?」


「ええ。あー、正確にはちょっと違うといいますか、強いて言うなら……対象は私でしょうか」


「ウン???」


 表情にはてなマークが見えます。


「というのも、ちょっとばかり記憶を整理しておきたいなーなぁんて思いまして。ほら、確か洗脳装置の中に丁度いい機械あったじゃないですか。対象者の過去の記憶を無理矢理引き出す系の、アレです、変な液体の中で変な被り物を装着させる……」


「アア、精神(せいしん)掌握装置(しょうあくそうち)ノコトカ。とらうまヤPTSDヲ無理矢理引キ起コサテ、精神ヲ不安定ニサセル洗脳器具ダナ。……アレヲワザワザ自分ニカ? ドMヲ軽ク通リ越シテ、モハヤきんぐおぶどまぞト呼ブニ相応シイ女ダナ」


「ちがいますっ!」


 確かに被虐嗜好なのは認めますが、過度な精神的苦痛は苦手なのです! 心からは楽しめませんもの!



「あれって何も嫌な記憶だけではなくて、当然普通の記憶なんかも思い出させられるんでしょう?」


「アア。洗脳スル際、コチラニ都合ノ悪イ記憶ハ改竄ヤ上書キガ行エルヨウ設計シテアルカラナ。マタ過去ト矛盾ガ起キナイヨウ、細カナ内容マデ掘リ下ゲラレルヨウニナッテイル」


「であれば、私が覚えていない様な些細なものであったりとか、もしくは既に忘れてしまったような内容であっても、その装置があれば無理矢理引っ張り出すことができますわよね?」


「無論、可能ダナ」


 やっぱり! 私の思ったとおりです。

 これはチャレンジしてみる他に選択肢はございません。



「私がやりたいのはあくまで過去の記憶の閲覧と整理だけですの。他にどうこうするつもりはございません」


「ホウ。デアレバ……マァソコマデ準備ノ手間ハカカランカ。イイダロウ。着イテコイ」


「ありがとうございますの!」


 さっすが話の分かる男ですの!

 ぬるぬると滑る様に歩く彼の後に続きます。


 トントン拍子に話が進んで一安心ですの。変に理由を勘繰られて無駄に疑われたりしてしまうかとも思いましたが、別に何もありませんでしたね。


 お互いにやましいことはないと思っているからこそ、スムーズに話が進んでいるのです。これは二人の信頼関係が織りなす技なのでございます。


 ほら、だってもしかしたら私の知り得ないところで、私も茜の様に都合よく洗脳やら改竄やら修正やら、色々調整されてしまっている可能性は否めませんの。


 例えもし以前に私の記憶に何か施していたのなら、過去の閲覧など到底許してくれる事由ではないのでしょう。


 また改竄ができるということは記憶の修復も可能なはず。もし私が重大な改変に気づいて、それを元に戻してしまったのなら、今の私のままで居られる自信はありません。


 もしやこの私の人格でさえも偽りの器である可能性が……? そう考えるとちょっと怖くなってしまいますわね。



「フッ。オ前ガ何ヲ考エテイルカハ大体分カル。安心シロ。少ナクトモ俺ハ、オ前ノ自由意思ニ反スルヨウナ改竄ヲ行ッタ記憶ハナイ。マア多少ノ封印ヤ差シ止メハアッタカモシレンガ……ソレデモ根本カラ覆ルヨウナれべるノ隠蔽工作ハ無イト断言シテヤッテモイイダロウ」


「それなら一安心です」


 ですが彼の口ぶりからはそんな様子は見受けられません。これまでの私があって、今の私がここにいる。これは紛う事なき事実なのです。




「ホラ、着イタゾ」


ローパー怪人さんがぬるりと立ち止まられました。

 

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