どんなイリュージョン師でして……?
私、完全にかわせたと思いましたの。
けれども攻撃を受けてしまっておりますの。
なんで!? どうして!?
さっきから不可解なことが起こりすぎなのですッ!
今まさに重力を感じながら、必死に対策を練ります。
とにかく理由の解明は後回しにいたしましょう。私たちの敗北条件は背中を地面に付けてしまうことです。
こんな初っ端からレッドの足を引っ張るわけにはまいりませんもの……ッ!
「偽装! - disguise - 」
咄嗟に胸のブローチを掴んで詠唱いたします!
元から半液状化させていたならまだしも、一度に、そして多量の黒泥を操作するにはいつもの文句を呟くのが一番手っ取り早いのです。
衣装と化していた分を一旦全解除して、背中側に大きな黒泥塊を再形成いたします!
かなり無理矢理な能力行使ですの。即座に素っ裸に近い格好になってしまいましたが背に腹は変えられません。
訳も理屈も分からないまま一方的に転がされてしまうなど、私の脳内辞書にも今後の経験にも、一度たりとてあってたまるものですか!
真っ先にお尻が黒泥クッションに浸かりました。ぽむんという優しげな水音が私の耳に届いてまいります。
背中の感触も固い地面のソレではなく、慣れ親しんだ黒泥のトロトロ感そのものです。
「……ふぅ。まさに間一髪、でしたの」
背中と地面の間に障害物を設けてしまえば、少なくとも床に転がるようなことはありませんでしょう?
「ふ、ふっふんっ。ルール的に考えてっ! この体勢はぎりセーフなんですわよね!?」
傍目から見れば拙いリンボーダンスのような格好をしているだけです。
もしくは人をダメにするソファにどっぶりと背中を預けているような体勢かしら。
決して床に寝っ転がっているわけではありません。
代償として私のすべっすべのお腹を、そして発育のよろしいお胸を前面に強調する形になってしまっておりますの。
相応に恥ずかしさはございますが、気にしたら負けです。
むしろマジマジと見つめてお見惚れしてくださいまし。そのほうが背徳的でご褒美的なのです!
「ほう。ちぃと反則気味ではありんすが、確かに主さんの言う通り地面には付いていない。今回はのーかうんとといたしんしょう」
「いよぅし、ですのっ!」
大きくのけ反ったままガッツポーズいたします。
ふうぅっと安堵の息も吐きますの。
視界には青いお空が広がっておりました。
私の咄嗟の策を祝福してくださっているのでしょう。
とはいえいつまでもこの体勢でいるわけにもいきませんの。
体操でいう跳ね起きの要領で一気に立ち上がり直します。勢いに応じてお胸がぷるんと揺れました。
夜のお遊戯前であればこの格好のままでもよろしいのですが、おあいにく、今はお昼前の大事なお遊戯です。
防具的な意味でも肌は隠しておいたほうが安全でしょう。急いで黒泥を纏い直して、イービルブルーの衣装を再形成しておきます。
「にしてもアナタ、二人に分裂するなんてどんなイリュージョン師でして……?」
私の視界では今もなお茜ともう一人の狐面女が戦っているように見えるのです。
しかも茜が圧倒的に有利に見えますの。
両杖を縦横無尽に振り回して、勢いに任せた一撃によって和傘を弾き飛ばして……!
更には腕を伸ばして、狐面の身体に触れようとした、そのときでございました。
「分裂ではなく分身でありんす。わっちのは実体の伴うちぃとばかし特殊な幻術でありんすけんど。ちなみに今回の話で言えば――」
言い切る前に言葉をお止めなさいました。
続きの代わりか、周囲に響き渡らせるように指をパチリと鳴らしたのです。
「――赤いお人と戯れているほうが、嘘偽りのまやかしでありんす」
その動作とほぼ同タイミングのことでございました。
ポフンという気の抜けるような音を発したかと思えば、向こう側の狐面女の身体が一瞬で煙と化して消えてしまったのでございます……!
残念ながら決死のタッチは空を切ってしまっておりましたの。
「はっ!?」
さすがの茜も呆気に取られているようです。
何事かと辺りをキョロキョロとしておりますの。
こちら側の視線に気が付いたのか、悔しそうに眉間に皺を寄せながら駆け寄ってきなさいます。
その気持ち、痛いほどよく分かりましてよ。
絡め手使いの私だって今しがたにマンマとしてやられたって感じなんですもの。
半裸状態の私を見て、うーむと小さく頷きなさいます。こちらもこちらで一悶着あったことを察してくださったようです。
「なるほど、してやられちゃったって感じかな。確かにおかしいと思ったんだ。さっきと違って弱すぎるなって。ホントに……厄介だね」
「ええ。私も一杯食わされかけましたの。せめてどちらが本体か、事前に見分けが付けばよろしいんですけれども……」
もう一度黒泥針飛ばし的な無差別攻撃を放って差し上げてもよろしいんですけれども、初見で完璧に防がれてしまっている以上、効果は薄いものと思われます。
レッドも分身相手ならいい勝負になっていたことですし、出現し次第に撃破していくか、もしくは分身を作り出す隙さえ与えないようにするか……!
どちらにせよ、今は二人で同じ場所で戦っていたほうがリスクは低そうです。
改めて狐面女に対峙し直します。
「ちなみにわっちの幻術は一体や二体の話では収まりんせん。主さん方のと望みとあらば」
「ふぅむッ!?」
狐面女の周りに無数の木の葉が舞い始めました。
それらがふらっと風に流されたかと思いますと、私たちの周囲から、瓶のコルク栓を抜いたときのような小気味よい発泡音が連続で鳴り響きます。
まさに四方八方からでした。
「「「この通り、八人までは分身できんす。今度はこちらで遊んでみんしょうか?」」」
東西南北に斜めをプラスして、まるで山彦かと聞き間違うほどにヤツの声が聞こえてまいりましたの。
見てみれば、全く同じ顔をした八人の狐面女に取り囲まれてしまっていたのでございます。