げぇむすたぁとでありんす
私からのお願いはたった一つだけです。
今日は戦いに没頭するためにココに足を運んだわけではありませんの。
これから行うのがただのお遊戯であってほしく、なおかつあくまで相手に触れるだけでよいというイージー条件ではございますが、実際のお話的に何が起こるかは分かりません。
「よろしゅうござりんす。話してみなんし」
少しばかり鋭い目力を残しておりましたが、特に裏表を感じさせない微笑みを向けてくださいます。
私、先に予防線を張っておきたいのです。
「お遊戯の最中であっても後であっても、どうかあのお車には手を出さないでくださいまし。とても大事な人が乗ってるんですの。どうか、この通りですの」
心からの最敬礼をいたします。
深々とお願いさせていただきますの。
横の茜も一緒に頭を下げてくださいました。
ここが敵地のど真ん中だとしても、叶うのであればまずはメイドさんの安全を第一に考えておきたいのです。
彼女には私たちと違って戦える力はありません。
そもそも戦場に巻き込んでよい方ではないのです。
話題に上げなければ狙われることもないかもしれませんが、適当な囮目的や流れ弾で攻撃されたらたまったものではありませんもの。
狐面女……キュウビとやらの顔色を伺います。
「なるほど分かりんした。主さん方の誠意次第にはなりんすが、ヒーロー連合に誓って約束いたしんしょう」
「ありがとうございますの。恩に着ますの。
であれば私も全力を出しきって、アナタを存分に楽しませて差し上げられるってモンでしてよッ!」
ひとまず話の分かる方でよかったですの。敵である彼女のご発言をどこまで信じてよいのかは正直分かりませんが、所属元に誓うと宣いなさった以上、ある程度の信用は向けてもよいと思われます。
私自身が秘密結社に何度も命を救われた身ですの。恩を仇で返そうとは思いませんもの。
私のほうも誓わせていただきましてよ。
戦術としてのワナや騙しは使わせていただきますが、一人のヒトとして卑怯なことはいたしません、と。
これで胸のつっかえは取れました。
前向きな気持ちでお遊戯に臨めそうです。
レッドと顔を見合わせて頷き合います。
大丈夫ですの。いつでもおっけーでしてよ。
ほんの一瞬、長らく静かだったこの地に、少しだけ暖かな風が通り抜けます。
それが開戦ならぬ解遊の合図となりました。
「それでは赤のお人と青のお人。これよりげぇむすたぁとでありんす。どうぞお好きに手を出してきておくんなまし」
わざわざ肩口を晒け出して、そのまま片手を突き出して指を曲げてチョイチョイ、と。
不敵な笑みを浮かべたままこちらを挑発なさいます。
「大した余裕だね。それじゃあ遠慮なくッ!」
最初に動いたのはレッドのほうでございました。
滑るように一気に駆け出して距離を詰めなさいます。
道中、一瞬にして短杖を両手に生成して、真っ向から突っ込んでいくのです!
対峙する狐面女は少しも動じた様子を見せません。
閉じた傘を後ろ手に構え、ラフな居合切りのような体勢になっております。
なるほど早速の接近戦というわけですわね。
つい先ほど傘と杖とで鍔迫り合いをしていた茜のことですから何か勝算があるのでしょう。あるいは隙を見つけて手首でもおっ掴んでみるおつもりなのでしょうか。
何にせよ、上手くいけばそれで終了なんですもの。
となれば私のほうはひとまず様子見させていただきます。
あとを追うように駆け出しこそいたしますが、一直線に向かうようなことはせず、どちらかといえば大きく弧を描くようにして背後に回らせていただきます。
そうしてやや離れた位置から隙を伺いますの。
茜に気を取られているそのうちに、こっそりと忍び寄って脇腹の辺りをツンツンして差し上げましょうか。
思わずあふんっと声を上げさせてやるんですのっ!
ある程度の距離まで近付きましたら、足裏の黒泥を半液状化させて、なるべく足音を立てないようにして移動いたします。
気分はお屋敷に忍び込んだ忍者のソレですの。
ガキンバキンという杖と和傘とが奏でる戦闘音を耳にしつつ、姿勢を低く保って彼女らを見守ります。
いい感じですの。さっきとは打って変わってレッドが押してますのっ! このまま決めちゃいなさいましっ!
思わず拳をグッとしてしまいます。
「――はてさて。いきなり油断されるとは、わっちも随分と舐められたモンでありんすねぇ」
「ん、へぁっ?」
え、あ、どういうこと、でして?
視界の端っこで、今もレッドと狐面女とがバチバチと火花を上げている真っ只中だといいますのに。
女の声がすぐ耳元から聞こえてきたのです。
不思議と思ってゆっくりと振り返りま――
「いや、はぁっ!?」
振り返ってみたところ、なーぜーか。
ワケが分かりませんのッ!
何かが絶対におかしいんですのッ!
「どうしてこちらにもアナタが!?」
たった今戦闘中の狐面女が私の背後に立っていたのでございますッ!
アナタ今の今までレッドのほうにおりましたでしょう!?
っていうか未だに杖と傘とがぶつかり合う音が聞こえてきているんですけれども!?
つまりは、狐面女が、二人……ッ!?
「あっちのわっちもわっちでありんす。同じくこっちのわっちもまた等しくわっちでありんすゆえに」
「ちっちちっち意味分かりませんのッ!」
後ろを取られていたどころのお話ではありません。
この狐面女ったら、話している最中に今まさに和傘を大きく振りかぶっていらっしゃいましてぇ!?
けれどもぎりぎりラッキーでしたの!
この予備動作なら間違いなく横薙ぎですのッ!
私の上半身を狙っているであろう一撃です。
渾身のトップスピードならッ!
なんとか回避が間に合いますわねッ!
素早く身を後ろに逸らして攻撃をかわしま――
「それでは最初の一回目。まずは青いお人から地に転がっていただきんしょう」
「は、えっ、なん、でっ!?」
ふわり、と。
気が付けば私の足が地を離れていたのです。
おまけに視界が上下に反転しておりましたの。
理解に至るまでにコンマ数秒ほど費やしてしまいました。
これまさか、身体丸ごと宙に舞ってしまっているんでして……ッ!?
まるで足を掬われてしまったかのようにッ!?
遅れて鋭い痛みが太ももの裏辺りに走り始めます……ッ!
歯を食い縛って耐えつつも、とにかく空中で必死に思考を巡らせますの……ッ!