オトナの鬼ごっこ
頭の真上に疑問符を浮かべる暇もなく、鍔迫り合いを繰り広げていたレッドが杖もろとも突き飛ばされてしまいました。
咄嗟ながらに落下地点に黒泥クッションを生成し、彼女の身体まるごとを受け止めて差し上げます。
我ながらナイスキャッチでしたの。
泥使いゆえに衝撃吸収ならお手のモノなのです。
「レッド! ご無事でして!?」
「ありがと。おかげで無傷だよ」
急いで駆け寄って、尻から突っ込むレッドを引っ張り上げて差し上げます。
そうして改めて二人で狐面女に対峙いたしますの。
どうやら実力的にはだいぶこちらが不利のようですが、どこかで隙を見つけてキツイ一撃を捩じ込んで差し上げませんと。
その為にもまずは情報収集から始めたほうがよいかもしれません。
見て聞いて実際に体験して、そこから攻略法を練っていくのが最短の正道となりそうです。
ふぅむ。スピードと手数に特化したレッドが弾き飛ばされてしまったということは、ここはパワー重視で攻めたほうが効果的なんでして……?
というよりもそもそものお話、つい先ほど狐面女の発した〝合格〟って単語だって、いったい何のコトなんですの?
疑問はいくらでも思い浮かんでまいります。せっかくですから私のほうから質問をぶつけて差し上げようかと思ったのですけれども。
「今回はただの様子見とからかいのつもりでありんしたが気が変わりんした。なるほど確かに興味深い。もう少し遊んでいきんしょう。ここはお一つお遊戯でもしていきやせんか?」
「はぁん? お遊戯ですって?」
こちら動くその前に、狐面女のほうから自ら口を開いてくださったのです。
それどころか発言するだけに留まらず、まるで傘の舞でも踊っているかのようにくるりくるりとその場で優雅に回り始めましたの。
チラチラと垣間見えるその表情には、かなりの自信が満ち溢れているように感じられます。
ヒーロー連合幹部ゆえの余裕でしょうか。
私としてはむっしょーに腹立たしいのですけれども。
ぶっちゃけすぐにでもその顔を苦痛に歪めて差し上げたいくらいなのですけれどもっ。
今は黙って続きの言葉を待って差し上げますの。
「るぅるは至って簡単。この後一度でもわっちに一撃を入れられたら主さん方の勝ち。さすればこの場のまじないも足止めも、すべて綺麗さっぱり解いてしんぜやしょう」
「ってことは、やっぱりアナタの仕業だったんですのね。この気持ち悪い草原、おかしいと思いましたのっ」
幻術とかまじないとか、先ほどからとにかくまどろっこしい言い方をなさっているようですが、要するにこのキュウビが私たちを惑わしている張本人なのでしょう。
草原が無限に続いているはずがございませんもの。
狐につままれる、という慣用句が世の中には存在いたしますが、きっとまさにそんな感じだったと思うのです。
この女に勝負に勝てば草原から抜け出せますの。
永遠の足踏み状態から一歩前に踏み出せますの。
私たちも随分と舐められたモノですわね。たった一発ぶん殴って差し上げるだけでよろしいんでして!?
おまけに条件だって決して難しくはありません。
どうにかして格上のお相手を地面にぶっ転がして差し上げなければいけないと思っていましたゆえに、一撃だけでいいとはまさに破格の条件なのです。
おまけにタブーな行為も定められていないご様子。
これなら今後に玉砕覚悟で挑む必要も、倒れても倒れても何度でも起き上がるような無益なゾンビ戦法を駆使して差し上げる必要もございません。
茜と上手いこと連携して、文字通り一瞬の隙を突いて差し上げればよろしいだけなのです。
言ってしまえばコレは〝オトナの鬼ごっこ〟ですの。
目の前のキュウビとやらをとっ捕まえてフン縛って、そのいけ好かない横顔にキツぅいビンタを食らわせて差し上げられるのです。
ふっふん。分かりましたの。スタートの合図と同タイミングで一撃ぶつけて差し上げますから、せいぜい今のうちから歯を食い縛っておいてくださいまし。
「よろしいですのっ! そのお遊戯、乗って差し上げ――」
「いやちょっと待ってブルーちゃん」
「むぐぅぬぅっ」
胸を張ってそう答えて差し上げたかったのですが、突然レッドに口を抑えられてしまいました。
思わず舌を噛んでしまいそうになりましたが、ギリギリのところで引っ込めて正解でしたの。
まったくもう。
レッドったらまだ何かあるんでして!?
確かに情報収集から始めたほうがと思ったのはこの私ですが、相手がここまで譲歩してきたのであればノータイムで行動に映るべきなんですの。
この世は善は急げならぬ悪戯は急げでしてよ!?
先手必勝こそが常勝無敗の秘訣なんでしてよ!?
抗議の目もレッドに向けつつも、彼女の意見を尊重して渋々黙っておいて差し上げます。
どこか訝しげな表情を顔に貼り付けたまま、レッドが落ち着き払った様子で続きのお言葉を紡ぎなさいますの。
「えっと、キュウビさん? アナタに一応聞いておきたいんだけどさ。逆に私たちの敗北条件は何なの? 負かしたらどうするつもり?」
ほほう。確かにデメリット側を聞いていなかったですの。聞いてなるほど、納得いたします。
負けたら連合の元で一生タダ働きをさせられるとか、問答無用に今ここで死を受け入れさせられるとか。そういう理不尽な敗北条件だったら呑んではいけませんものね。
二人して狐面女を見つめて差し上げますと、意外なほどにぽけらかんとした表情をお返しなさいました。
「なかなかに慎重な娘でありんすねぇ……。それでは、主さん方の負け条件は自ら匙を投げるか、もしくはその背中を三回地に付けるかにいたしんしょうか。
そしてわっちの欲する罰はただ一つ。主さん方のアジトの場所でも教えてもらいんしょう」
「おっけー了解」
「はえっ。了解でいいんですの!?」
アジトの情報公開なんて、特に私たちが勝手に決めてよい内容ではないと思うんですけれども!
それともアレでしょうか。
私たち、実はアジトの〝所在地〟自体は存じ上げておりませんゆえに、あまりデメリットには成り得ないということでしょうか。
分かりましたの。茜がイイなら私もイイのです。
とにもかくにも勝負に負けなければ済むお話です。
背中を付けるの意味がまだよく分かっておりませんが……始まったら自ずと理解できるものなのでしょう。
よぅし。それでは早速――
「――って待ってくださいまし! そうでしたの! もう一つ忘れちゃいけないお願いがありましたの! そちらも聞いていただいてよろしくて?」
こればっかりは蔑ろにするわけにはいきません。
私たちが伸び伸びとお遊戯をこなすためには、どうしても守っていただきたい条件があるのでございます。