アナタ何者なんでして!?
手間をかけた甲斐がありましたの。
この無傷の芝エリア、間違いなく私の無差別攻撃を防いだ証拠なのでしょう。ここに奴さんが隠れていらっしゃるらしいのです。
「うぉっほん。今更隠れたって無駄でしてよ。私とレッドの前では全てお見通しなんですの。黙って姿を現しなさいましっ!」
別に何も言わずに次の攻撃をぶつけて差し上げてもよろしかったのですが、私の黒泥雨を完璧に防いだ以上、相応の実力があるお相手とみて間違いはないでしょう。
念には念を入れておきたいんですの。キチンと相手の姿を確認してから対策を練ったほうが結果的に安全を得られやすいのです。それにほら、対象が接近型か遠距離型かを見極める必要もありますし。
それによって私が出るかレッドが出るかが決まりますし。
「聞いてますの!? 何か仰ったらいかがでして!?」
威勢の良さとは裏腹に、場合によっては逃げるという選択肢も残してありますの。この場に居るのは私と茜だけではありませんからね。
車の縁を通じて、ぶち撒けた黒泥たちを少しずつ集め直し始めておきます。特に私の黒泥は攻防両方に使うんですもの。量がそのまま手数にも繋がりますの。
今のうちから第二ラウンドに備えておかなければ動きたいときに動けないのでございます。
ふっと息を吐いたのも束の間。
見つめていた先の空間が、ぐんにゃり、と。
蜃気楼のように揺らめき始めましたの。
その付近からは声も聞こえてまいりました。
「――さすが、ダンナから目を付けられているだけのことはありんすね。少々品がありんせんけども」
「ふぅむッ!?」
それはどこか潤いを感じる……私たちなんかよりもずっと大人びた印象のある、女性の声でございました。
発言に呼応するかのように、徐々に空間の揺らめきが強くなってまいります。まるで静かな水面に広がる波紋のように、ある一点からじわりじわりと周囲に広がっていくのです。
「ま、この程度は軽く見破ってもらわんと困りんす。仮にも主らが里抜けの女豹であるのなら」
段々とその姿が明らかになっていきましたの。やけに派手目で鮮やかな……これは赤いお花の着物でしょうか。
結構大胆にはだけさせておりますの。
ただでさえ大きめのお胸がよりボリューミーに見えてしまって、ほんの少し目のやり場に困ります。
このお肌の露出感は私の黒泥弾によって引き起こされたというよりも……元からこのデザインだったかのような、そんな気がいたします。おそらくは好きで脱いでいるような気が……。私と同類なのかしら。知りませんけれども。
「わっちの居場所を突き詰められただけ、まずはお若い主さん方を褒めてあげんしょうかねぇ。コレを幻術と気付けたのは、おそらくそちらの赤いお嬢さんだけありんしょうが」
「ふん、知らないヒトに誉められたってちっとも嬉しかないよーだっ。なんだよヘタに着崩したりなんかしちゃってさっ。公共良俗に反してるよっその格好」
「お構いなく。ここは私有地ゆえに」
「っていうか待ってくださいまし! 今私のことを小馬鹿になさいまして!? 失礼しちゃいますのっ! 私だって気が付いておりましたのーっ!」
幻術って蜃気楼的な揺らぎのコトですわよね!? やっぱり眼精疲労なんかではなかったですの。最初から違和感を覚えておりましたのっ!
蚊帳の外な空気についつい取り乱してしまった私ですが、ここでようやく敵さんの全身を目に映すことが叶いました。
無傷の芝生の上に立っていたのは……顔を狐面で覆い隠した、妙にオトナな雰囲気を放つ女性でございましたの。
手に持った紅の和傘が殊更に面妖さを際立たせております。
女の私でさえも思わずゴクリと息を呑んでしまうレベルですの。着崩した着物が実に艶かしいのです。
普段からえっぴぃ要素に慣れている私たちでなければ一心目を奪われてしまっていたことでしょう。
あるいは恥ずかしさのために直視できなかったかもしれません。
「ンなことどーでもいいですの! さっさとお答えなさいまし! アナタ何者なんでして!?」
どちらかといえば秘密組織の女幹部のような独特なオーラを放っているのです。完全に強者のオーラですの。それがまた更に異常に感じられてしまいまして……!
キチンと聞いておかねば不安は解消されません。
ふと、くるくるり、と。
手に持った和傘を余裕ありげに掲げなさいました。
そうして、とってもスローな動作で顔を覆っていた狐のお面を後頭部側にズラしましたの。
むむ。悔しくなるほどの美人さんですの。
ぷりっとした唇がとにかく扇情的で凄いのです。
おまけにお肌の色も白くて、まつ毛も長くて、何と言いますか、私の憧れるオトナの女性像そのものなんですの……ッ!
こちらをからかうように一度だけウィンクなさいます。
「わっち、名をキュウビと申しんす。以後お見知りおきを。総一郎のダンナの側近とでもいいんしょうか。これでもヒーロー連合のお目付け役でありんす。先日に屠られたユニコやおフェニよりも遥かに〝格上〟の存在と申せば、若人二人にもなんとなくは伝わりんしょう?」
「「なッ!?」」
鋭く睨んだだけで、辺りの低い芝がブワリとなびきました。突如として飛んできた圧に思わず身体がこわばってしまいましたの。
構えた拳にじっとりと汗が滲みます。無意識のうちに黒泥リターンのスピードを早めてしまったくらいです。
ちらりと横目に見てみるとレッドも私と同じようなご様子でございました。無言で短杖を生成して、グッと逆手に構えて来たる一撃に備えていらっしゃいます。
なんと、まさか初っ端から強敵を相手にしなければなりませんの!?
ただでさえ一角獣男と不死鳥男にさえ手こずってしまった……いえ、正確にはぎりぎり太刀打ちできなかった私たちなのですから、それよりも強い存在など、できれば相手にはしたくありませんでしたの。
あの日以降もずっと特訓を重ねてきたとはいえ、倒せそうなレベルには限界がございますの。これでも己の実力は理解しているつもりです。
あくまでこちらが優位なときだけ前に出て、不利なときは隠密気味に立ち回るような、多少ずっこいやり方でも確実性のある方向で進みたかったですのに。
いきなりの無差別攻撃は浅はかだったでしょうか。
お隣のレッドが杖に光を纏わせ始めます。
攻撃用の光をチャージしているのだと思いますの。
っていうか待ってくださいまし!?
ちょちょちょっと、レッド!?
アナタどうして杖先を狐面女に向けなさっておいででして!?
それどころか少しも中身の伴っていない、勝ち気な微笑みまでを浮かべていらっしゃるんでして!?
まさかいきなりおっ始めるおつもり!?
「で? 連合の幹部さんが直々に出向いてきて何の用? まさか私たちを足止めするためだけってわけじゃあないよね。それともホントにただの人手不足だったりしてー。抜けて正解だったかもね、そんなブラック企業なぁんて」
正直目と耳を疑いましたの。この子ったら挑発的な微笑みをお顔に貼り付けて、目の前で弄ぶかのように杖をクルクルと指先で回しておいでなのです。
マジのガチのリアルに怖いモノ知らずなんですの!?
「あ、あの、ちょっとお待ちなさいまし! あんまり刺激しないほうがよろしいのではありませんでして!? 今からでもほら、安全第一をベースにッ!」
「こっちから先に手を出しちゃってるんだし、今更何言ったってあんまり変わんないよ。多分。
……大丈夫。絶対に隙作ってみせるから。タイミング見計らって、ブルーはメイドさんと一緒にアジトに逃げて」
「んもう、レッド!」
アナタはまたそうやって自分で背追い込む!
私もアナタも自己犠牲ばっかりを選んできたから今まで失敗してきたんじゃありませんの! 勝手にお一人で抱え込もうとしないでくださいましっ!
共に地に堕ちたあの日から一蓮托生ですのっ!
くっ。分かりましたの。
格上の敵がなんですのっ!?
肌を刺すような殺気がなんですのっ!?
全部自慢の黒泥でいなして差し上げましてよっ!
震える心を無理矢理奮い立たせます。
「……ふぅぅ……大丈夫ですの。私たちならイケますの。
馬鳥決戦のときとちがって初手から二対一なのです。二人でチカラを合わせれば敵無しですの。初っ端からフルスロットルでまいればよろしいんでしょう!?」
「分かってるじゃん。背中は任せてるからね」
「もっちのろんの了解ですのッ!」
呼吸を合わせ、あえて私たちに注目させるように大げさにジャンプして、リムジンから離れて差し上げます。
このままでは確実にメイドさんを巻き込んでしまいますからね。少なくとも狐女の直線上に居るのだけは避けておきたいんですの。
辺りに飛び散った黒泥のほうもだいぶ身体に戻ってまいりました。いつでも絡め手を仕込めますの。ですからお好きなタイミングで合図を送ってくださいまし。
コクリと頷いたレッドが勢いよく駆け出します!
今まさに狐面女に肉薄して、その手に握り締めた杖で刺撃を加えようとした――そのときでございました。
「若いモンはとかく血の気立っていていけねぇでありんすねぇ。たった一つのおいのち、そんなに削り取られたいんで?」
もう一度……いえ.今日一番に身が凍り付いてしまうほどの殺気を、今度は直に具に感じ取ってしまったのでございます。
見てみれば、目にも留まらぬスピードで振り抜かれたはずの杖は、狐面女の手に持つ傘の柄によってガッチリと受け止められておりました。
それどころか次の瞬間には器用に絡め取るようにして抜き取られて、軽くはたき落とされてしまったのです。
一瞬にして無防備になってしまったレッドの首元に、鋭く尖る和傘の先端が突きつけられてしまいます。
「ん、ぐっ……!」
「ブルー!? ご無事で!?」
「はぁ。べつにわっちはアンタらの実力を確かめたかっただけゆえに。術を見破っただけ、まずは合格だといいんすのに。まったく」
ふぅ、む? 合格?
今、なんと?
どういうこと、ですの……?